第44話 帰ろうとしたら事件が起きたおじさん


 翌日、ザルツオムに帰る準備をしていると、王様部屋(城でいちばん広い寝室)にテシウスくんが慌てた様子でやってきた。


「ケンゾー殿! 宝物庫の中で、なにかが起こっているようなのですが!」

〈相棒、なにしたの。怒らないから言ってみて?〉

「俺がやった前提なのね……?」


 もちろん俺はなにもしていない。

 思い当たる節もない。

 『魔除けの石灯篭』があるからモンスターが入り込めるわけがないし、『大鍛冶城1』内を自由にぽよぽよ跳ねまわっている軟体生物のスライムくんたちですら、宝物庫には入れない。

 鍵(というか、開閉の認証権利)を持っているのは、俺とラティーシャちゃんだけなのだ。

 うろんな気持ちで、とりあえず見に行ってみると、宝物庫のデカい扉の前には、武器を構えた冒険者さんたちが緊張の面持ちで待っていた。

 女狩人さんと女戦士さん、女僧侶さんもいる。


「大旦那! アンタ、宝物庫にどんなバケモンを閉じ込めてたんだ!?」


 女狩人さんが、俺を見るなり言う。だから俺じゃないって。

 あと、バケモノって……うわ!

 『次元クラフト合金』製の分厚い扉が、変形している。

 よっぽど強い力で内側からぶん殴ったみたいに。

 『次元刀』レベルの攻撃も耐えきる宝物庫だぞ……!?

 唖然としているあいだに、ドゴン! と轟音が鳴って、さらに扉が変形する。

 が、いるのだ。


「ファビ」

〈あいよ〉


 最近、領主の仕事に押されて訓練の量が減っていた俺だが……それでも、この場ではファビを着た俺が、いちばん強い。

 『次元刀』の鞘に手を当て、構える。

 本気の五秒で、対応できる相手であることを祈ろう。


「テシウスくん、いざというときは、ザルツオムまで走ってラティーシャちゃんに報告して」

「いいえ。いざというときは、我が身に替えてもケンゾー殿とファビ殿を逃がしてみせます。……お姉様方、よろしいですね?」


 女狩人さんが、弓を構えてうなずいた。


「眠り毒のときに、一度。枯葉人に落ちたあと雇ってもらって、もう一度。二度も救われているんだ、次は私たちの番だろう」


 イケメンなことを言う。

 女戦士さんと女僧侶さんも、それぞれ盾やメイスを構えて、覚悟の面持ちだ。

 た、頼りになる……!

 テシウスくんを教育して遊んでいる淫蕩義理姉妹とは思えないくらいだ。

 負けていられないな。俺も気合いを入れて、扉を睨みつけた。


 ドゴンッ!


 と、一際大きな破壊音が鳴り響き、扉が内側からズシンと倒れる。

 そして――ついに破壊された扉の残骸を「よいしょ、よいしょ」と踏み越えて現れたのは。


「あ」

〈あ〉


 俺とファビが、同時に間抜けな声を上げた。

 そこにいたのは、褐色の肌と銀色の髪を持つ、耳の長い女性だ。

 ばっちり、見覚えがある。


「あら、皆様おそろいで。ごめんなさいね、お騒がせしてしまったようで。でも、外に出る方法がわからなかったもので……」


 ほんわかと、頬に手を当ててそんなことを言う。

 完ッ全に、忘れていたのだが――。


「そういえば、ファオネムと話し合いに行く前に、宝物庫にしまってたんだっけ」

〈忙しすぎて、すっかり記憶が吹き飛んでたね、相棒〉


 ――氷塊に閉じ込められていたダークエルフさんが、どうやら解凍されたらしい。

 警戒を解かないテシウスくんたちを尻目に、ひとまず一礼して挨拶する。


「ええと……どうも、領主のケンゾーです」

〈その鎧のファビです〉


 ダークエルフさんも、ぺこりと頭を下げた。


「あら、ご丁寧にありがとうございます。わたくしはモルンの娘、ドゥオルンのそのまた娘、コルンと申します。ごめんなさいね、どうしても早くお外に出たくて、つい扉を……」


 そこで、ぐう、とダークエルフさん――コルンさんのおなかが鳴った。

 ぽ、と頬を染めて、恥ずかしそうに微笑む。


「……わたくし、あまりにお腹が空いてしまったものですから」


 まあ、その。

 宝物庫は破壊されてしまったが、悪いひとじゃないんだろうな、というのは、なんとなくわかった。


 ひとまずコルンさんを食堂に招き、焼きもろこしを提供する。

 コルンさんは、俺やテシウスくんたちに見守られながら、お上品に焼きもろこしを手に持ち、艶やかな唇で触れ、整った歯で粒をこそいで、食べる。

 その一連の動作が、やけにこう……。


〈なんか、エロいね〉


 ファビが小声で呟く。こらこら。

 俺にしか聞こえないくらいの声だからいいものの。

 ……しかし、実際、たわわな肉体は思わず見とれてしまうほどだし、目じりの下がった顔立ちはおっとりとした印象で、いかにも若奥様っぽい外見。

 正直、めちゃくちゃタイプです。

 身の回りに自分より若い子しかいないから、なおさら良さが際立つというか。

 俺に足りないうるおいがなにか、理屈ではなく感覚で理解できたというか。

 おっぱいがデカいお姉さんって最高だなっていうか。


「うふふ。とってもおいしいトウモロコシですのね。わたくし、つい食べ過ぎてしまいそう。これ以上、お肉がついてしまったら、どうしましょう」


 お肉、もっとついていいと思います、ハイ。特に体の一部に――じゃない。

 いかんいかん。オッホン、と咳を入れる。


「ええと、コルンさん。俺は、氷漬けになっていたあなたを、ゴブリンの巣穴で見つけたんですが……ご家族とか故郷とか、おわかりになりますか? 良ければ、お送りしたいと思うのですが」


 いちおう、保護した身だ。

 最後まで責任を持って対応したい。

 そう思って聞いたのだが……コルンさんはおっとりと首をかしげた。


「あら、ゴブリンの巣穴ですか。それは、それは……。ところで、どなたか教えていただいてもよろしいでしょうか」


 ……冷や汗。

 ものすごく、こう、既視感のある会話というか……。

 映画とかであるあるなやつ。

 テシウスくんが「統一歴一三〇〇年だ」と答えると、コルンさんは「あらー」と困ったように眉をひそめた。


「では、わたくし、三〇〇年も眠っていたのですね」


 うわー! やっぱりそのパターンか!


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