第43話 ロマンチストおじさん


 使うのは『魔石・中級』と『魔除けのお香』と『鱗主の鱗』。

 それらを鍛冶場の『魔女鍋』に放り込み、ぐつぐつ煮込む。


「そういや、弟子には『魔女鍋』の作り方も教えないといけないんだよな」

〈いま使ってるコレは、ポイント交換で出したよね。どうやって作るの?〉

「そんなに難しくない。ええと……」


 素材は『鉄インゴット』『蜘蛛の目』『兎の血』『薬草』だけで済むから、簡単なはず。

 だが、作業工程を思い浮かべて、ちょっと苦い事実に気づく。


「……ゲームならクラフトボタン押して待つだけだったのに、『蜘蛛の目』『兎の血』『薬草』を混ぜた溶液入りの鉄鍋を魔法陣の中心において、満月の光に一晩当てなきゃいけないらしい」

〈うわ、魔女っぽい。てか、めんどくさいね、それ〉


 まったくだ。

 次の満月の夜がいつか、確認しておかなければ。

 ……あんまり意識して夜空を見上げてはいないが、この世界には満月がない、なんてことはないよな?

 話し合いつつ、壁際に積まれた石材でフレームとなる石灯篭を作成する。

 クラフトレベルが高いからか、雑談しながらでも余裕だ。

 そうこうしているあいだに、ポンッ、と『魔女鍋』が鳴り、『中間素材:破魔結晶』が完成。

 以前に作ったものと同じ名前だが、出来が若干悪いようながする。

 職人の勘というやつだ。素材が『エナジーコア』ではなく『魔石・中級』だからだろう。

 性能的には問題ないはずだ。『設備:魔除けの石灯篭』の完成。


「テシウスくん、この石灯篭をいくつか作っていくから、一定間隔で街道脇に置いてほしいんだ。冒険者さんたちに手伝い頼めるかい? 城に近い側からお願い」

「城壁上にあるものと同じものですね。了解いたしました。すぐに手配を」

「まだ、ちゃんと動くかどうかはわからないけど、ね」


 設備は、基本的に鍛冶場施設から生み出されるクラフトエナジーによって稼働する。

 城の内部であれば、自動的に分配されるが……城の外になると、どう分配されるのか、あるいはまったくされないのか、未知数だ。

 稼働のためのクラフトエナジーを、街道に通さなければならない可能性が高く、俺はまだクラフトエナジーについての研究を進められていない。

 今回のクラフト出張で、さわりだけでも理解できればいいのだが。


 その後、『魔除けの石灯篭』を十個ほど製作した俺は、エナドリ代わりの『低級回復ポーション』と焼いたコーンで休憩することにした。

 無限のコーンは、冒険者さんたちにも評判がいいとか。


「家に持ち帰るのだ、と袋いっぱいに詰め込む者もおります。勝手に持ち出すのはやめろと厳命しておりますが」

「あー、まあ無料で持って帰って売りさばく、みたいなのはやめてほしいかなァ」


 テシウスくんも片手にコーンを持って、生真面目な顔でうなずいた。


「無断持ち出しは厳罰に処します」

「常識的な量で、家族に持って帰ってあげるとかなら、別にいいから。あんまり厳しくしすぎないでね」

「は!」


 『玉蜀黍小惑星』で無限に生み出せるから、どれだけ持ち出されても痛くもかゆくもないのだが、無限に生み出せるがゆえに、この世界の農業をたやすく崩壊させ得るポテンシャルを秘めている。


「持ち帰って栽培を試すにしても、まずはザルツオムの近辺での試験栽培からだしなァ」

「なるほど。ケンゾー殿、ザルツオムのほうは、お変わりありませんか。ラティーシャ殿がおりますから、心配する必要もないでしょうが」

「あー、まあ、順調だけど……困ったこともあって」

「困ったこと? お命じくだされば、私が万難を切り捨てておみせしますが」

「そういうのじゃなくて……」


 跡継ぎ問題と婚活メール攻勢について話すと、コーンをはもはもしていた女僧侶さんが「ハイ!」と元気よく手を挙げた。


「知らない相手がイヤなら、私が産みますよ! ご領主様なら全然アリです! あ、ついでにテシ子も孕ませときます?」

「恐ろしいこと言わないでくれる……?」


 なんでそんなに気軽に孕むとか言えるんだろうか。

 テシウスくんも、腰をくねらせて「なんと」と頬に手を当て、まんざらでもない様子で、非常に恐ろしい。

 三人の主人から日々いろんな教育(マイルドな表現)を受けているから、倫理観のハードルがバグってきているのかもしれない。


「しかし、お姉様。たしかに私どもの胎は空いておりますが、ラティーシャ殿が許さないのではないですか」

〈ファビも許さないよ〉

「胎が空いてるって言い方やめない? 怖いんだけど」

「ああ、そうですね……。ラティーシャさんも、他の貴族様たちもいますから、私たちは十番目くらいに控えておきましょう」


 俺の話を聞いてくれよ。

 なんかこう、めまいがするような会話だ。

 というか。


「なんでみんな、そんなに気軽に子供産もうと思えるわけ? 子供って、愛の結晶だろ。もっと慎重に考えて、関係性を育んでだな……」

「……あー、その、ケンゾー殿は、ロマンチストなのですな」


 テシウスくんが、割と言葉を選んだ様子で言った。なんだよ。

 むっとする俺に、女僧侶さんが、へにょりと眉を下げて微笑んだ。


「もちろん、ロマンスが悪いわけではありませんが……。例えば、地方の農村じゃ、子供作れる歳になったら、とりあえず近い年齢の男女で結婚させるのです。子供が大人まで育つかどうかは運ですから」

「運て」


 でも、そうか。言われて、はじめて気づく。

 地球だって、戦前の日本の子供の生存率は決して高いものではなかったはず。

 ……現代でも、地域によっては、そういう場所はまだまだあるだろう。


「……この世界では、子供たちは、どれくらい死ぬんだい?」

「六人産んで、怪我も病気もなく育つのは、よくて半分かと。子供たちが愛の結晶であることは、否定しませんが……。最低ふたりは子供がいないと、家の畑を守ることもできませんから。良い相手を見つけたら、とにかく余裕があるうちに産み、育てたいと思うひとが大半でしょうね」


 だから、女僧侶さんもテシウスくんもアグレッシブなのか。

 ……いや、テシウスくんがアグレッシブな理由にはならないな?

 キミ、元男だろうに。


〈あのさ、言い方が悪いかもしれないけど、みんな育って、全員の食い扶持が足りなくなったら、どうするの?〉

「私たちみたいになる子が多いです。つまり、家を追い出されて冒険者になる子が。私は一度僧院に入ってから、洗礼を受けた戦闘僧侶として冒険者に転職したクチですが」


 ははあ。

 ……考えてみれば、子供を産むという行為は、本来、野生動物にとって生存競争の根幹で――恋愛感情をベースにした日本社会の倫理、概念で語れば、そりゃ型破りなロマンチストにも見えるか。

 俺の方が、この世界の出産観について、勉強しなければならないな……と思っていると、ファビが〈相棒、相棒〉と声を上げた。


〈ね、相棒。相棒にとって、子供は愛の結晶なの?〉

「うん? まあ……俺にとって、というより地球の一般論って感じだとは思うが」

〈……そうなんだ〉


 ファビは呟いて、そのまま黙った。


「ファビ?」

〈ううん、なんでもない〉


 どうしたんだろう。なんでもない様子ではない。

 子供や愛について語り合いたいのか――と思ったが、ファビも深掘りされたくなさそうな雰囲気だし、俺も愛について語るのはこっぱずかしい。


「無駄話はやめて、仕事に戻ろう。はい、休憩終わり!」


 だから、俺はわざとらしく立ち上がって、会話を打ち切った。


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