第42話 開拓おじさん


 国王さんへの返事は「いまは開拓が忙しく、ひと段落ついたら改めてこちらから連絡する」という当たり障りのないものにした。

 もちろん、他の貴族たちにも同じ返事だ。

 ひとまず、これで一安心である。


「問題を先送りにしただけなのです。すぐに次の矢が送られてくるのですよ」


 と、ラティーシャちゃんには即座に斬り捨てられたが。


 ともあれ、返事の作成をなんとか終えた俺は、ファビと共に『大鍛冶城1』へ向かった。

 領主としてのたくさんの仕事から逃げているわけではなく、『大鍛冶城1』でしかできない仕事があるのだ。

 ラティーシャちゃんが『地ならし』で作り上げたまっすぐな街道のおかげで、往復はかなり簡単になったが、それでも一日程度はかかる。帰りは明後日になるだろう。

 俺がいないあいだ、ザルツオムではラティーシャちゃんががんばってくれている。

 俺も、俺にしかできない仕事を頑張るとしよう。


〈ねえ、相棒。クラフトのたびに『大鍛冶城1』に行くのは面倒だよ、どうにかしようよ〉

「俺は馬にもグリフォンにも乗れないからねェ……」

〈それじゃ、相棒が扱える乗り物を用意しないと〉


 そう、俺にしかできない仕事とは、クラフトである。

 クラフトポイントがほぼ枯渇したこともあって、『大鍛冶城2』には『魔女窯』や『生命価圧縮装置・極』を設置できていない。

 本気でクラフトするときは『大鍛冶城1』に行くしかないのだ。


「乗り物なァ……。自転車とかなら、端材で作れるかもしれないな」

〈自転車いいじゃん! トレーニングにもなるし〉

「向こう着いたら、試しに作ってみるかね」


 そんな会話をしつつ、えっちらおっちら道を往く。


 さて、『大鍛冶城1』で俺たちを出迎えてくれたのは、イザヨイ領ティリクの森開拓団所属の護衛剣士、金髪碧眼の美女――テシウス・アドレウスである。


「お待ちしておりました、ケンゾー殿、ファビ殿。一休みなさいますか?」

「いや、すぐに鍛冶場に入る。開拓団はどう? 順調?」


 挨拶もそこそこに、城郭都市に入る。

 布製のテントが張られ、それなりの人数の冒険者たちが火を炊いたり、洗濯物を干したりして生活していた。

 第一陣の開拓団に応募してきた冒険者たちだ。

 みんな、こっちを見ると立ち上がり、一礼してくれる。


「みな、粉骨砕身の思いで働いております。必ずや、ケンゾー殿のご期待に沿う結果をお見せいたしましょう」

「そんなに無理しないでね。怪我した冒険者とかいたら、あとでポーション作るから、配布しといてくれるかい」

「は! お任せください!」


 テシウスくんは、このように『大鍛冶城1』でバリバリ働いてくれている。

 枯葉人になった彼らのパーティーを雇い入れたのが良かったらしい。

 パーティーといえば。


「テシウスくん、ほかの三人は?」

「お姉様たちは、冒険者たちに指示を。ですが、ケンゾー殿のご到着とあらば、すぐにでも飛んでくるはずです」

「仕事優先でいいからね? 俺、鍛冶しにきただけだし……」

「そういうわけにはいきますまい。領主たるもの、堂々と私たちを従えているくらいでなければなりません」


 そういうもんかねェ。

 ま、着いてきてくれるならちょうどいい。

 城の鍛冶場まで歩きつつ、ここ数日の開拓の進展を聞く。

 ……ふむ。

 『大鍛冶城1』近くでの魔石等の採掘はおこなえているものの、森の深部には入れていないらしい。


「森の深くに潜れば、別の鱗主の縄張りに入りますから。そちらのほうに、より高純度な魔石や薬草があると見ております」

「鱗主を相手できるレベルの、装備の拡充が必須だな。魔石のサンプルは?」

「確保してあります」

「ありがとう、テシウスくん」

「もったいなきお言葉……!」


 ……うん。人間、変わるもんだなァ。

 もともと強者と認めた相手には従う人間だったが、この変わりようは異常だ。

 『断罪剣十八番“禁”夜想曲』の隠された効果で改心した――わけではなく。


「あ、ご領主様。ご到着と聞いて、魔石をお持ちいたしましたー」


 鍛冶場では、女僧侶さんが木箱を抱えて待っていた。中に魔石が入っているらしい。

 俺は、彼女を含む三名のお姉様主人こそが、テシウスくんを真面目な好青年(青年?)に、変えたのだと思う。

 俺がラティーシャちゃんやファビのおかげで、少し前に踏み出せたように、だ。

 奴隷契約によって歪んでいた関係が、少しずつ、まともな形に――。


「テシ子、ご領主様に失礼を働いていないですよね」

「はい、お姉様。すべて滞りなく」

「そうですか。……自信満々なところがムカつきますね。今夜のお仕置きは『お人形』です……♥」

「は、はい、お姉様……♥」


 ――いや別の方向に歪んでいるだけだなコレ。

 『お人形』がどんなお仕置きなのかは気になるが、詳細を知るのも怖い。

 知らぬが仏というやつだ。

 聞かなかったことにして、木箱を受け取り、中身を見る。

 中にぎっしりと詰まっているのは、一見すれば、様々な大きさの石だ。

 大昔の樹液の化石、琥珀のようにも見えるが……ただし、その色は琥珀のオレンジ色ではなく紫だったり、緑だったり、多種多様。

 いくつか手に持って、クラフトレシピを解禁し、いまある設備と素材で作れそうなものを確認していく。

 最優先は、街道を保護する魔除け系アイテムだ。

 それがあれば、商人だってあの道を通れるようになる。


〈相棒、どう?〉

「……うん。なんとかなりそうだ」


 よし。久々の、クラフトタイムである。


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