二章 おじさん領主編

第41話 お仕事おじさん


 領主になって三か月も経てば、仕事にも慣れてくる。


 ……仕事ができるようになる、という意味ではなく、忙しさが日常化するだけなのだが。

 仕事はできておりません。日々勉強でございます。

 今日も、他領の貴族へ送る手紙を書くのに、四苦八苦している。


「いえ、ケンゾーさん。この世界の平均から考えれば、仕事はできるほうだと思うのです。文字をおぼえるのも早いですし、算術も一般平均よりかなり高水準なのです」


 と、執務室の秘書机で、書類の山をスパスパ捌いているラティーシャちゃんが言ってくれた。


「いやァ、日本は義務教育のレベルが高かったからねェ……」


 中学高校で学んだ算術については、知識無双できるほどではないが、役に立っている。

 この世界の文字は、どうやら既存の文字に加えて、地球人が持ち込んだ日本語やアルファベットなどが文化的に取り込まれているらしく、なじみ深い文脈も多いのが救いだった。

 地球人たちも、最初の何人かは学校教育で知識無双できたんだろうか。それとも、この世界でもやっぱりピタゴラスやアルキメデスのようなすごい数学者がいて、無理だったのだろうか。

 ううむ、この世界の歴史についても勉強したいところだが……領地経営にかかわる勉強が最優先。

 領民の生活が懸かっているしねェ。

 ……もっとも、その領民たちからの受けは、いまいちよくないのだが。


 住民たちからは「金級冒険者をタイマンで潰して女体化させ、兵団を一蹴する白金級の魔女を従え、一瞬でデカい城を作り上げて前領主を屋敷ごと吹き飛ばしたヤバいやつ」だと思われているらしく、なかなか踏み入った交流に進まないのだ。

 街の子供たちは気安く「ケンゾー! お菓子くれ!」「俺にも武器くれ!」と話しかけてくれるのだが、近くに親がいると「やめなさい! ご領主さま申し訳ございません、どうか息子の性別だけは……!」と平伏されてしまうのである。


「ねえ、ラティーシャちゃん。領民さんたちが俺を怖がるの、なんとかならない?」

「あー、常時、ファビさんを着用していますからね。この世界では珍しい……グソクというのでしたっけ? 異国風の全身鎧は、怖がられても仕方ないのですよ」

「なにを言うんだ、ラティーシャちゃん。ファビはかわいいだろ」

〈相棒、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、とってもとっても嬉しいんだけど、ちょっと親バカ入ってきてるよね……?〉


 トレーニングや護身も兼ねて、執務中もファビを着ている俺である。

 それこそ礼服で国王に謁見するときでもなければ、脱がない。

 だが、親バカじゃないのかと聞かれれば、否定できないかも。


「……すまん、ファビ。家族そのものに、慣れてないもんでさ」

〈じゃ、これから慣れていこう。でも、ファビは血のつながりがない家族で、しかも相方だから……娘というより伴侶だね。よし、相棒ダーリン。ファビのことをお嫁さんだと思ってみて?〉


 え? その条件なら、別に義娘でもいいんじゃないの?

 と思って首をかしげていたら、ラティーシャちゃんが「オッホン」とデカい咳を打った。


「ファビさん、いまはお仕事中ですので。ね?」

〈む〉

「ああ、あと――」


 ラティーシャちゃんが、思い出したようにポンと手を打った。


「――血のつながりと言えば、ケンゾーさん。アゾール国王から、親書が届いているのです」

「国王さんから親書? え、なにそれ。大事な用事じゃないの?」


 血のつながり、で思い出す親書、中身が恐ろしい。

 戦々恐々とする俺に、ラティーシャちゃんはちょっと不機嫌そうな顔で手紙を差し出した。


「大事ではあるのですが、急用ではないので、後回しにしていたのです」


 ラティーシャちゃんが仕事を後回しに? 珍しい……。

 とうぜんながら現地語で書かれている手紙を、目を凝らして読み解く。


「ええと……? 『可能、なら。王族、の、ひとり、が……孫を? お姫様、で』、ええと……この単語なに?」

「娶る、なのです」

「『娶る、ほしい』……娶ってほしい、かな? 繋げると、『国王さんの孫のお姫さんをひとり、娶ってほしい』か。ほォーん。……えェッ!?」


 びっくりして椅子から転げ落ちてしまうおじさんであった。


「孫……って、国王さん、五十代だろ!? 何歳なのさ、孫!」

「十二歳だったかと」

「若すぎる……! 捕まっちまうよ、おじさんが!」

〈いや、権力の側が娶れって言ってるんだから、捕まりはしないでしょ〉


 それもそうだ。

 いや、しかし、いいのか? フェミニストに怒られたりしないか……?


「そもそも国王さん、孫を俺みたいなおじさんに……てのは、どうなんだ?」

「アゾール国王は、ケンゾーさんのことを高く評価しているのですよ。長らく不可能だったティリクの森の開拓を、ものすごいスピードで進めているのですし。血のつながりを作っておきたいのでしょう。……チッ」


 舌打ちはやめなさい。はしたない。

 どうやら、ラティーシャちゃんはこの話が気に入らないようだ。


「ラティーシャちゃん的には、よくない話なの? 王族との結婚って、なんかヤバい曰くがあったり……?」

「いえ、領地経営にかかわる秘書として、王族の姫は最高の相手だと断言するのです。……が、お姫様を娶れば、必然、その姫が第一夫人となるのです」

「……それ、問題なの?」

「大問題なのです」〈大問題だよ〉


 お、おおう。ふたりが声を揃えてそう言うなら、そうなのだろう。

 ラティーシャちゃんが、深く溜息を吐いた。


「というか、実はここ何日か、いろんな領地から『うちの娘どう? 妾でもいいよ』的な便りが届いているのですよ。ティリクの森の開拓がうまくいっていることや、ケンゾーさんの鍛冶技術を聞きつけて、恩恵にあやかりたいのでしょう」

「いやいや、妾でもいいよ、て。親としてどうなの、それ」


 まあ、この世界の倫理観と、日本の倫理観を比べて語るのも、おかしな話ではあるんだけどさァ。


「ケンゾーさんは、子供が――ファビさんはいるのですけれど――いない上に少しばかり年齢が高いので、余計『狙い目の相手』に見えているのでしょう。嫁でも妾でも、子供を産ませてしまえば、次のイザヨイ領主になれる可能性があるのですから」

〈ワンチャン、領地を乗っ取れるかもって企まれてるわけ?〉

「積極的な乗っ取りまでは考えていないのでしょうけれど、利権に食い込みたいのはたしかかと」


 政治だ。うわァ、めんどくせェ。


「こういうの、どうすれば穏便に断れるかなァ……。断っても、次から次へ来るだろうし、ラティーシャちゃん、なんかいいアイデアない?」

「簡単なのです。実際にお世継ぎを作ればよいのですよ。イザヨイ領の継承者がキチンと決まれば、あわよくば利権に食い込みたい領土からのラブコールは減るでしょう?」


 ラティーシャちゃんはにっこり微笑んだ。


「ネオンプライム家の者からもお手紙が来ていたのです。『借金返済なのですが、例えばケンゾー殿がネオンプライム家の家族になれば、返済義務がなくなるので、ラティーシャを娶るのはいかがなのです?』とのことで」

〈ラティーシャ、自作自演はズルいよ!〉

「嘘は言っていないのです、ボクもネオンプライム家の者なので」


 ファビとラティーシャちゃんが〈ズルい〉「ズルくない」の舌戦を始めたので、俺もいったん仕事の手を止めて休憩しよう。うん。


 ……実際、ラティーシャちゃんの「世継ぎを作るべき」という意見は、真実なのだろう。

 俺は三十五歳で、正太郎くんのような特別な年齢システムを持っていない。

 いざとなれば『最高級回復ポーション』があるから、病や怪我で死ぬことはないだろうが……寿命は、ある。

 とすると、俺が死んだあとも持続可能なイザヨイ領経営の方針が必要で、そのためには、やっぱり信頼できる跡継ぎがいる。そして、領主にとって跡継ぎとは、実の子に他ならない。

 役員のひとりから次の取締役を選べばいいってものじゃないのだ。

 はー、と思わずデカい溜息が出てしまう。


 どこの世界でも、立場ある大人ってのは大変なんだなァ。


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