第40話 領主になったおじさん


 その後の数週間は、とてつもなく忙しかった。


 アゾール王国と話し合い、旧グランバル領をイザヨイ領として統治するための交渉、近隣の領地や国家との遣り取りなど……元貴族の才媛ラティーシャちゃんがいなければ、とてもじゃないが、乗り越えられなかっただろう。

 言われるがままにクラフトした、おじさんには似合わないピシッとした礼服を着て王都に行き、アゾール国王に謁見したときなんか、緊張で吐くかと思った。

 ちなみに国王は、ぱっと見は気の弱そうなおじいさんだったが、話してみると聡明なひとだった。ああいう歳の取り方をしたいものである。

 正式に領主として認めてもらったあとは、ザルツオムの住民たちに「どうも新領主です」って挨拶もした。受け入れられたかというと……うん、まあ、これからだ。


 領主としての、ひとまずの目標は、借金返済である。

 ファオネムがほうぼうから借りまくった借金を――なぜ俺が、と思わなくもないが――返さなくてはならないのだが、これはラティーシャちゃんの実家、ネオンプライム家が一本化してくれた。

 ようは、借金を肩代わりして返してくれて、そのぶん新たにネオンプライム家に借金している形である。しかも無利子でいい、と。

 王都に赴いた際、お父さんお母さんにも挨拶をしてお礼を言い、粗品ではあるが俺の作った鱗主のフィギュアをお渡しした。

 ティリクの森で採れた魔水晶を加工して作ったもので、ラティーシャちゃん曰く「コレ見ればたいていの貴族はケンゾーさんに好意的になるのです」とのこと。

 実際、ネオンプライム夫妻もかなり好意的だった。

 ……どれくらい好意的だったかを要約すると「借金は気にしなくていい。超越者と知り合えて光栄だ。ラティーシャと仲が良いらしいな。ちなみに長女夫婦の子供はもう五歳だけど、ラティーシャにもいいひといないかね」だった。圧がすごい。

 ラティーシャちゃんの『借り』を返すために、協力したいのはやまやまだが、娘みたいな年齢差なので、なかなかそう言う相手としては見れず……うん。この件は後回しで。


 そういうわけで、イザヨイ領は金を稼ぐ必要がある。

 ティリクの森の開拓事業と、加えて鍛冶等の工業を推していくことになった。

 前者は、順調にいくだろうと見ている。

 『大鍛冶城1』という拠点があるし、鱗主も――足を延ばせば、ほかの個体の縄張りもあるらしいが――倒してある。

 とはいえ、危険なティリクの森。しかも作業員に払う金がない。

 屈強な冒険者たちを中心に格安で依頼を出し、『開拓中に採れた素材を自分のものにしていい』ことにして、開拓を進めていく予定だ。

 ……そうそう、結局、脅されていたとはいえギルドの規定に反して枯葉人になってしまったテシウスくん……テシ子ちゃんたちは、現在イザヨイ領に住んでいる。

 ちょうどいいからイザヨイ領の戸籍を与えたのだ。実力はあるし、ティリクの森の開拓団を護衛する要員として雇ったのだ。しっかり働いてくれるだろう。

 いつの間にか、元奴隷さんたちを『妻』ではなく『お姉様』と呼ぶようになっているのだが、そのあたりの変化は気にしないでおこう。


 鍛冶産業は、俺が弟子を取って教えていくつもりなのだが……肝心の弟子が、まだいない。

 ラティーシャちゃんが王都で見せた『次元刀』の噂が広まったことに加え、ネオンプライム夫妻に贈ったガラス細工の鱗主が好評なようで、各地の貴族が「ぜひ!」と弟子入りさせたいお抱え職人の履歴書を送ってきて、山積みになっている。

 書類審査と面接を予定しているが、これもまたなかなか時間がかかりそうで、難航中である。


 俺が個人的にクラフトしなきゃいけないものも、溜まってきている。

 ラティーシャちゃんが魔術で工事した、ティリクの森の『大鍛冶城1』とザルツオムを結ぶ道。

 あそこを馬車が通れるくらいしっかりと整備して、『魔除けの石灯篭』を設置したいのだが……クラフトポイントが残り少ないため、ポイント交換では設置できない。

 開拓団のために工具や武器も、俺が一から作らないといけないのだが……『エナジーコア』等の、結局なんなのかよくわからない中間素材がネックだ。

 代わりになりそうな、この世界由来の素材を、いろいろ試していかないといけない。

 個人的には魔石が怪しいと踏んでいる。

 あと、『大鍛冶城2』で生み出されるクラフトエネルギーを、ザルツオム全体にいきわたらせて、インフラ整備とかもしたい。クラフトエネルギーの研究もしないと。


 そんな風に、あとからあとから仕事が湧いて来て、まるで地球でのブラック労働のような忙しさなのだが……不思議なことに、充実していた。

 『大鍛冶城2』の執務室で、書類の山と格闘しながら敏腕秘書ラティーシャちゃんにそう言うと、眼鏡をくいっとして「当然なのです」と言った。


「他人にやらされる仕事と、自分がやりたい仕事は、満足度がまるで違うものなのですよ。……とはいえ、無理は禁物なのです。開拓事業が軌道に乗ってくれば、多少は余裕ができるはずなので、そうしたら長めに休暇を入れるのですよ」

「ありがとう。ラティーシャちゃんも、お休みは取ってね? ……まだまだ手伝ってもらわないと、にっちもさっちもいかないんだけどさ」

「はいなのです。いくらでもお手伝いするのですよ。……しかし、領主のいちばん大事な仕事と言えば、世継ぎを作ることなのです。これはなかなか時間がかかるので……」


 ラティーシャちゃんは、ペンを持つ俺の手に、そっと自分の手を重ねてきた。


「……それこそ今夜からでも、ボクがして差し上げたいのですが、いかがなのです?」

「いやァ、今日はホラ、ファビと訓練する予定だから。いい子は早めに寝なさい」

〈そんな予定ないでしょ。……まあ、デスクワークでなまった体に喝を入れるタイミングかもね〉

「むぅー! ……ま、いいのです。いまはまだ娘くらいにしか見えていなくても、ボクは成長期ですので。すぐに支部長くらいオトナなカラダになるのです。ふんだ」


 好意を無碍にし続けるのも悪いが、年上に対する憧れとかある年頃だろうし、そのうちもっといい男に出会うだろう。

 ほっぺたを膨らませてかわいらしく拗ねるラティーシャちゃんは、やっぱりまだまだ子供にしか見えないねェ。

 ……そう、苦笑していると、ふと、窓の外が視界に入った。

 夕日が街を真っ赤に染めていて、つい仕事の手を止めてしまう。

 この世界の夕焼けは、呆れるくらいにきれいだな、と思った。

 地球の夕焼けも負けないくらいきれいなはずなのに、なぜか、その美しさを見つけることができていなかった。

 もったいない生き方をしていたんだな、と過去の自分を反省する。


 ……この世界に来た直後は、まさか領主になるなんて、思ってもみなかったが。

 もしも、あの時の俺になにか言えるとしたら、こう言いたい。

 転生したけど俺だけゲームが違う。

 ――そんな状況に陥ったとしても、頼れる仲間を作って、叶えたい夢を持ち、諦めることなく行動すれば。


 案外、悪くない未来が、待っているんだぞ、と。



 ※※※あとがき※※※


 これにて一章終わりです。

 急に「いっそ懐かしく感じるような転生モノが読みたい」と思い立ち、ノープランノープロットで書き始めたら地獄を見ました。

 ここからの展開もなにも考えてないですが、エルフさんを融かしてクラフト回とかお料理回とかをやりたいですね。


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