第38話 同胞おじさん


 落合正太郎くんを『大鍛冶城』――ザルツオムの方……呼称は『大鍛冶城2』とかにしておくか――の、食堂に招く。

 正太郎くんはテシウスくんたちに「避難民を街に戻して、平原で倒れてる兵士たちの介抱してやって」と気軽に言って、ラティーシャちゃん、アルスラさん、ファビと俺だけで相手することになった。

 テシウスくんたちが素直に従っているあたり、ほんとうにギルドマスターなのだろう。

 とてもそうは見えない、天使のような美貌の少年は、対面の椅子に座るや否や困り眉で「ごめんなー」と俺に頭を下げた。


「え、あの、なんの謝罪なんだい……です?」

「敬語じゃなくていいぜ。実年齢は、たぶん僕のが上だけど」

「上?」


 正太郎くんは笑顔で手のひらを突き出した。


「もう、かれこれ五百年は生きてるし」

「ご、五百ぅ!?」

「初めて聞いたときは驚くよな、そりゃ。怪物ジジイだよ、こいつは」


 アルスラさんが嘆息して、注釈してくれた。


「そもそも、ギルドを創立したのがコイツなんだ。ああ、でも年齢とか立場に気圧される必要はないぞ、だいぶアレな人間だから」


 アレて。いわば社長相手にずいぶんな言いようだな。


「ていうか、ギルマス。旅行中だったんじゃないのか」

「そ。年一のお楽しみ、せっかくの娼館巡り旅行だったのに、最悪だよなー」

「しょ、娼館巡り……?」


 思わずオウム返しに聞き返してしまう。

 ツンツンした髪型と奔放な笑顔がなければ、少女と見まがうほど華奢な正太郎くんは、一枚の絵画になりそうな微笑で俺を見た。


「僕さー、十四歳でコッチの世界に来たんだけど、ほら、中二なんて猿みたいな時期だろ? そのまま歳取ってないから、もうずっと元気なんだ、シモのほうが」


 は、はあ……。

 隣でラティーシャちゃんが「セクハラなのです」と真顔で呟く。その通りである。

 が、正太郎くんは気にせず話を続ける。


「でもギルド本部近くの娼館は、娼婦も男娼も全員顔見知りだし、新人も真っ先に買うから、マンネリでさー。年一で休暇取って世界娼館巡り旅行してるわけ」

「へ、へー……って、男娼!?」

「おかしな話じゃないって。五世紀も中二のリビドー抱えてりゃ、最終的には誰でもこうなるんだ。未だに木のうろを見て『えろいな……!』って思える男だぞ、僕は」


 元気よく、ものすごく爽やかなのに、口から出るのは歴戦のおじさんのようなセリフである。

 というか。


「あの、そもそもなんですけど、なんで歳とらないの……?」

「僕の引き継いだゲームシステム、ステータスの年齢欄が初期入力値から変動しないみたいなんだ。だから、とらないっていうか、とれない。あ、剣三くんはたぶん大丈夫だよ、年齢入力とかないゲームでしょ?」


 うなずく。クラフト系ゲームには不要なステータスだ。なかったはず。


「システムで縛られる要素以外は、現実通りの肉体が与えられるからね。ま、僕はおかげで五百歳のおじいちゃんなのに、毎年元気にハッスル旅行ができちゃうわけだけど……」


 正太郎くん――さん、と呼びたい気分だが――は、すぐに目を細めた。


「今回、僕はそんな唯一の楽しみを中断して、ここに来た。なんでか、わかる?」


 空気が、冷えた。ぞ、と背筋が震える。

 ……今まで、一度だけ味わったことがある。

 森の中で、ラティーシャちゃんがファオネムの兵士たちを威圧したときの、アレだ。数倍――数十倍は、圧が強いけど。

 ラティーシャちゃんとアルスラさんですら、動けなくなるほどの圧。


〈……相棒、この色ボケ、強いよ。先手必勝かも〉

「ファビ、喧嘩腰はやめなさい。……正太郎くん、自分で言うことじゃないけど、俺は察しが悪いんだ。ちゃんと用件を言ってくれないかい」


 冷や汗をかいたまま、震える声で言うと、正太郎くんはスッとプレッシャーを消して微笑んだ。

 ほっとする。心臓がどくどく鳴って、痛いくらいである。


「いいね。察しが悪いまま話を続けるよりは、素直な方がずっといい。……僕が冒険者ギルドを作ったのは、世界の均衡を保つのが目的じゃない。ぜんぶ嘘っぱち。長老ガキどもに任せている、めんどうな政治の部分でしかない」


 アルスラさんとラティーシャちゃんが、小さく息を呑んだ。

 つまり、金級冒険者や支部長レベルでも知らない話なのだ。


「本当の目的は、各地の強者を収集して、に備えるためだ。ねえ、剣三くん。さっきも聞いたけど、改めて――剣三くんは、なんのゲームを持ち込んだんだい?」

「……【ソードクラフト:刀剣鍛造】っていう、鍛冶商店経営シミュレーションのブラウザゲーだけど」

「そっか、クラフト系か。僕は【ウィザーズ&ウォーリアーズ】。無料アプリのダンジョンRPGでさ……。スキルがなんだ。デイリーボーナスで、朝の四時に残り回数が回復するシステムだった」


 回数制。察しの悪い俺でも、さすがに気づく。


「まさか、正太郎くんが、この世界に回数制の魔術と武技を持ち込んだのか……!?」

「そ。そんで、実は転生者はほかにもたくさんいる――たくさんいた。五百年で、僕がこういう態度を選べるようになるくらいは、いた」


 アルスラさんが眉をひそめて首をかしげ、ラティーシャちゃんはむずかしい顔で正太郎くんを睨む。


「ギルマスがケンゾーさんと同郷なのは、わかりました。では、そのたくさんいた転生者たちは、どちらに?」

「半分は、寿命で死んだよ。半分は、僕が殺した。……勘違いするなよ?」


 正太郎くんは苦笑した。


「地球から来るやつは、それぞれ違うゲームの技術を持ち込むんだ。例えば、八十年前のヤツはモンスター育成ゲーだった。来て早々、世界征服なんて目指しやがってさ。仕方なく、僕らがしなきゃいけなかった」

「……なるほど。では、寿命で死んだ人たちは、どのような最期を?」

「最近だと、落ちものパズルゲーのシステムを引き継いだ人がいたな。押入れをきれいに片付けると中身が消滅しちゃう、ハズレのシステムで……大往生だった。田舎の港町で、子供や孫に看取られて……。ちなみに、その港町では寿司が食えるぞ」


 寿司。その転生者さんが、再現したのだろうか。

 情報がたくさんあって、なんだか呑み込み切れない。

 俺はゆっくり考えたあと、ひとつ、疑問する。


「この世界を侵略する地球人って、そんなにたくさんいるのかい」

「いる。……システムそのものが毒になることも、ある。五百年前、転生直後に、僕はある転生者と戦った――戦争を、した。なんとか勝ったけど、でも世界には大きな傷跡が残ってしまった」

「大きな傷跡?」


 正太郎くんが、目を伏せた。

 さっきまで天使や少年のように見えていた顔が、この時だけは、とてつもなく疲れた老人のように見える。


「戦争をした相手はね、モンスターを率いて世界を滅ぼすシミュレーションゲームのシステムを、引き継いでいたんだ。……そいつが転生して来るまで、この世界にモンスターなんて、いなかったんだ。それが、地球人がこの世界に残した最大の傷跡さ」


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