第37話 征服おじさん


 奴隷さんたちは、テシウスくんの女体化について、意外にもかなり好意的だった。


「もう浮気できんだろう、これで」

「『断罪剣』とかいうのの効果で奴隷契約も反転して、アタシらがコイツの主人になったみたいだし、文句ねえ。……強さが変わってないかどうかだけ、気にはなるが」

「わたし、昔からなにをしてもいいメスどれいカワイイいもうとが欲しかったんです!」


 最後の女僧侶さんの発言に、なにかえげつないニュアンスが含まれていたような気もするが、これも罰なのだろう。

 ようするに、『断罪剣』は罪を反転させたのだ。

 女性を奴隷にしてきたテシウスくんを女性とし、奴隷に落とす……と、そういう沙汰を下したのである。

 案の定、ラティーシャちゃん曰く「魔術とか呪いとか、そんなちゃちなモンじゃないのですよ。現実改変の類で、元に戻す方法は、おそらくないのです」とのこと。

 『断罪剣』による無期刑の判決は、不可逆なのだ。元には戻らない。

 テシウスくん自身は、鏡に映る自分を見て、深く溜息を吐くばかりである。

 やはりショックなのだろう。


「これが、私……なんて美しさだ……」


 前言撤回。

 マシになったかと思っていたが、ナルシストな性根は変わらないらしい。

 大丈夫かコイツ、と思っていると、女僧侶さんがにっこり笑った。


「大丈夫ですよ、テシ子にはちゃんとますから。いろいろ、諸々、すみずみまで……上下関係とか、主への媚び方とか、女の子の体のこととか、ええ、ぜんぶまるっと」

「……その、ほどほどにね?」


 女狩人さん、女戦士さんも心なしかニヤニヤしているから、仕返しを企んでいるのだろう。テシウスくんの今後に合掌。


〈ねえ、相棒。『断罪剣』で、ファオネムの様子を見れたりしないかな〉

「そんな機能あるか? 剣だぞ?」

〈そもそも切れ味のない剣で現実改変してる時点でおかしいんだけど?〉


 それもそうだ。

 『断罪剣』にファオネムを見せろー、と念じると、刀身がカッ! と光り、薄暗い、洞窟のような場所が映し出された。見れるんかい。

 刀身の中心に映っているのは、女体化したテシウスくんよりも、もともと小さなラティーシャちゃんよりも、さらに背の小さな女の子だ。だがスタイルはラティーシャちゃんが舌打ちするくらい良い。

 何事か喚きながら、派手な色の大きな衣類をずるずる引きずって歩いている。

 ……あの服、ファオネムのだよな。

 だとすると、この小さな女の子は、ファオネムか。信じられない。

 テシウスくんと同様、女体化したらしい。

 だが、場所まで転移したのはなぜだ?

 見たところ、変なところのない洞窟のようだが……あっ。


「あのさ、その、こないだ討伐したアイツらって、洞窟とかによく住み着くんだっけ……?」


 おそるおそる問いかけると、ラティーシャちゃんが五秒ほど考えてから、視線を逸らして薄く微笑んだ。


「見るのはやめておきましょう、ケンゾーさん。このあと、ファオネムに起こるであろう出来事も含めて、罰なのだと思うのです」

〈そうだよ、相棒。運が良ければ、どこかの冒険者に助け出されるでしょ〉


 そ、そうだな。そうなるよな。

 俺は『断罪剣』を背中の鞘に納めた。

 ファオネム氏の幸運を祈ろう。俺はもう彼を(彼女を?)助ける気はないが、だれかいい人に助けられて、改心することもあるかもしれないし。永久の欲に囚われ溺れよ、という文言から察するに、助けられたとしても、あまり良い目を見ない可能性が高いが。

 ……しかし、まさか『禁じられた十八番目の断罪剣』が、ただの『十八禁』のシャレだったとはなァ。

 【ソードクラフト:刀剣鍛造】のデザイナーの裏設定か、はたまた女神様とやらの謎采配かはわからないが……。


「趣味、悪いよなァ……。この剣は、宝物庫の奥に封印しよう」

「異議なしなのです」

〈ほかの『断罪剣』シリーズで、ちょうどいいの探そうよ〉


 おそらく、この剣を抜くことは、二度とないだろう。

 ……たぶんね!


「いや、しかし、これで俺の仕返しも終わったし、ザルツオムに長居する必要はないよな。帰ろう、ファビ!」

〈そうだね! 早めに帰ろう〉

「そうはいかないのですよ、ケンゾーさん」


 ラティーシャちゃんががっちりと俺の手を握った。

 ……くそ、見た目より力が強いぞ! これがステータスか!?


「まさか、ザルツオムにも『大鍛冶城』を建てておいて、さらっと逃げられるとお思いなのです?」

「逃がしてくれると嬉しいなァ、とは思っておりますハイ」

「ダメなのです。……盗賊団の頭領となった元グランバル領主を追い落とし、城を建てた。これはれっきとした征服行為なのです。ケンゾーさんにこの地を治める権利と義務が生じた以上、領主になるべきなのです」


 りょ、領主? いきなり、俺が?

 おいおい、とアルスラさんも眉をひそめた。


「そりゃ、言いすぎじゃないか? ほうっておけば、アゾール王国から誰かが派遣されてきて、勝手に統治するだろ。それこそ隣領のやつらとかが。ケンゾーがやらなくても、なんとかなるって」

「いえ、ケンゾーさんに統治して頂かないと、マズいのです。……主にボクが」


 ……おや? ラティーシャちゃんが、唇をもにょもにょと動かした。


〈ラティーシャ、なにを企んでるのさ〉

「企んでいるというほどでは。ただ、そのう……お父さまやお母さまに、アゾール国王とのお目通りを仲介してもらった際、ちょっと約束をしたのですが」

「言ってたねえ、借りを作ったって」

「その約束がですね、あの、有力貴族に嫁ぐなり妾になるなりして子を産み、繋がりを作ってこい、というものなのでして……」


 おう。……驚いたが、道理ではある。

 それがイヤで飛び出した娘が帰ってきて、無理難題を要求してきたら、「本来してもらうはずだったことをしろ」と言ってもなんら不思議ではない。

 不思議ではないのだが……。


「それが、どうして『俺が領主にならなきゃマズい』なんて話になるんだ?」


 聞くと、ラティーシャちゃんもアルスラさんも、なんならその場にいた全員が半目になった。テシウスくんですら、だ。

 代表するように、ファビが大きな溜息を吐いた。


〈鈍感。ラティーシャはつまり、『子供を産むなら相棒がいい』って言ってるんだよ〉


 ほーん。なるほどなァ。……えっ!?


「ら、ラティーシャちゃん!? おじさん、お金持ってないよ!?」

「どうして、そういう発想になるのですか……」

〈相棒さぁ……〉


 返事を間違えたらしい。難しいなァ、若い子との会話は。


「ま、そういうことなら、ラティーシャ。アンタはアゾール王国に繋げな。ケンゾー、ラティーシャはアンタのために体ァ張ったんだ。男ならしっかり責任とれ」

「え、いや、責任って……」

「ケンゾーさん、ボクじゃダメなのですか……?」


 困惑する俺に、ラティーシャちゃんが上目遣いでそう言った。

 心なしか、目がウルウルしている。


「もちろん、ダメじゃないよ! ダメじゃないんだけどね!?」

「元支部長、ダメじゃないそうなので、『新領主はケンゾーさんだ』と報告お願いするのです」

「よし来た」

「あれェ!?」


 泣き真似だったのか。

 と、そこでテシウスくん――テシ子ちゃん? が、いやそうな顔で道を指さした。


「おい。ギルドへの連絡は、必要なさそうだぞ」


 ん? 指さされたほうを見ると、いつの間にか、道の真ん中にツンツンした髪型の少年が立っている。十四、五歳くらいだろうか。

 住民は避難したんじゃ……と思っていると、アルスラさんが「ギルマス!」と叫んだ。ギルマス……って、まさか、ギルドマスターのこと?

 ほへー、と『大鍛冶城』を見上げていた少年は、嬉しそうな顔で俺を見た。


「すげーな、コレ! アンタ、建築ゲーから来たヒト? それとも、RPGとか? あ、僕はショータロー・オチアイ……落合正太郎って言ったほうがわかりやすい?」


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