第36話 ブッパおじさん
俺は、ファオネム・グランバルとの対話を望んでいたのに――いざ、こうして前に立つと、意外と言葉が出てこない。
恨みはある。ファビを傷つけたことは許せない。
聞けば、テシウスくんを支配していたのも、奴隷さんたちを人質に取っていたからだというし。
でも、このオッサンに乱暴な言葉をぶつける気には、どうしてもなれなかったのだ。
「……俺はさァ。『大鍛冶城』を勝手に作っちまった手前、ティリクの森の開拓に手を貸すべきだと思ってたんだよ。なのに、どうしてこうなっちまったんだろうな」
猿ぐつわに手をかけ、ゆっくり外す――や、否や、ファオネムは泡を飛ばす勢いで怒鳴り出した。
「愚か者め! 手を取り合うだと!? ワシは貴族だぞ! 貴様のような、枯葉人以下の異世界人とは違う! ワシに従っていればよかったのだ!」
この状況で、そんなことを言う。
絶体絶命だと、気づいていないのだろうか。
……あるいは、気づいていても、それ以上の特権意識があるのかもしれない。
「ファオネム。俺はもう、アンタを助ける気はない」
「助けるだと!? 貴様ごときに助けられる立場ではないッ! この磨き上げられた屋敷を見よ! 贅を凝らした庭を見よ! 王都最先端のファッションを見よ! これこそが、ワシが貴族である証! わかったら、貴様はワシに従うべきなのだ!」
と、わめくだけ。
溜め息すら、出てこない。
「……アンタ、自分の街は見たか? ひと気のない通りを、すすけた家屋を、閉店ばかりの商店の並びを、ちゃんと見たことあるのか?」
「はあ? なぜ、ワシがそんなものを見ねばならん。街のことは、街のものがやればよいだろう」
心底わからない、という表情。
……うん。さすがに、ここまでくると俺でもわかる。
こいつは――こいつは、かわいそうなやつだ。
きっと、だれにも叱ってもらえなかったんだろう。
きっと、だれにも教えてもらえなかったんだろう。
そして、自分で自分を見つめ直したりせず、だれかに教えを乞うこともせず、他人の言葉に耳を貸さず……見栄とプライドだけの世界に閉じこもって、生きている。
「アンタにとって、なにが大事かは、わかった」
「従う気になったか!? なら、縄を外せ!」
外すわけないだろ。まったく……。
そこで、ふと、思いつく。
「……世の中、案外バランスが取れてるもんだなァ。俺、あんまり仕返しとかするタイプじゃないんだが……こういうとき、デカい仕返しをするためだったのかもしれん」
「は? な、なにを言っている?」
困惑するファオネムを置いて、クラフトメニューからクラフトポイント交換へ。
残りポイントは、五百万と少し。よし、足りる。
かなり減ってしまったし、使うと今後が苦しくなりそうだが――。
「みんな、ちょっと衝撃あるから、気を付けてくれ」
「……あの、ケンゾーさん、まさか――」
〈相棒、待って、さすがに直置きはヤバいって――!〉
――使うなら、ここだろ。
「出てこい、『大鍛冶城』……!」
指定箇所は、俺たちがいまいるココ。
ファオネムの屋敷を中心に、整えられた庭も、周囲の民家も巻き込んで。
交換ボタンを、ぽちっとな。
ゴッ!!!!!!
バッ!!!!!!
視界が白く染まるほどの衝撃と轟音。
気が付くと、俺たちは『大鍛冶城』中央の歯車城エントランスに、横たわっていた。
全身が痺れている。空間を上書きする衝撃波を中心で喰らったわけだから、当然か。
……いまいる場所に上書きすると、やっぱり設備内部に移動するんだな。
「……アンタ、アタシが住民避難させてなかったら、何十人か殺してたよ」
アルスラさんが寝ころんだまま、ものすごい目で俺を睨んだ。
ごめんなさい、と素直に土下座する。
「ケンゾーさん、あとでお説教があるのです」
〈ファビからもお話があるよ。……ほぼ使い切ったでしょ、ポイント〉
う。ま、まあ、甘んじて受けよう。行動には責任を、だ。
……さて。
椅子に縛り付けられたまま転がり呻くファオネムに近づいて――「ここはどこだ! ワシをどこに連れてきた!?」と騒ぎだした――椅子の背中を持って引きずり、城の外へ行く。
みんなもぞろぞろとついて来た。
城郭都市も引きずって横断し、城門をくぐれば、そこにあるのはザルツオムの街並みだ。
すすけて、人っ子一人いない、寂しい光景だ。
ファオネムは目を丸くした。
「な、な……なにをした!?」
「アンタの屋敷も、庭も、そこにあった家財も、ぜんぶ消し飛ばした。……アンタが貴族の証明だと言ったものは、もうなにもない」
「貴様、なんてことを……!」
「正直、ここまでするつもりはなかったんだ。俺は……最初から言ってるが、俺は話し合いで解決したかった。協力したかった。だけど、アンタは欲をかいた。これが、その顛末だ。背負うべき責任を、なにひとつ背負おうとしなかった、アンタのな」
「元に戻せ! 弁償しろ!」
「そんで――」
握りっぱなしだった『断罪剣十八番“禁”夜想曲』を、喉元に突き付ける。
「――いまのが、俺のぶん。こっちは、傷付けられた
「待ッ……!」
待たない。
ざり、とそのまま剣を横に引き、斬首する。
すぐに長方形の刃が、カッ! と輝き、文字を浮かべる。
『無期刑:永久の欲に囚われ溺れよ』
……どういう意味だ?
首をかしげていると、ファオネムが「がっ」と声を上げた。
めきめき、めしめしと肉体から音を立て、その体を変形させている。
そのグロテスクな光景に、ラティーシャちゃんが目を背け、アルスラさんが顔をしかめた。
捻じれるように、あるいは折りたたむようにして、ファオネムの肉体が一点に収束していき……やがて、消えた。
「……死んだのですか?」
「いや、刀身の判決にも死刑とは書いてない。永久の欲に囚われ溺れよ――だとさ」
正直、この効果は予想外だったが。
ファオネムは、いったいどこに行ってしまったんだろうか。
〈相棒〉
「なんだ?」
〈ありがとね〉
「……おう」
どこに行ったかなんて、どうでもいいか。
どこかに行ってくれたのなら、むしろ嬉しいことだ。
どうぞ、俺の知らないところで、永久の欲とやらに囚われて溺れていてください。
……さて、お次は。
「テシウスくん。キミもだ」
呼びかけると、金髪碧眼の剣士は神妙な顔でうなずいた。
「ああ。覚悟はできている」
『断罪剣』を構えた途端、奴隷さんたちが俺の前に立ちふさがる。
……やっぱり、どんな関係であれ、仲間は仲間なんだな。
テシウスくんは彼女たちの肩を叩いて「敗者のルールだ」と呟き、俺の方に歩み出た。
「やってくれ。ひと思いに頼む」
「わかった。……大丈夫だ、死にはしない」
『断罪剣』を振るう。
今度の判決は――『無期刑:悪行、己が身に反転せよ』だ。
「ぐがッ……!」
ファオネムのときと同様、めきめき、めしめしと音を立てながら、テシウスくんの体が内側に折りたたまれ、変形し――そのまま、その場に残った。
どこかに行ってしまうものだと思っていたから、意外だ。
……というか、意外過ぎるものが、残ってしまっている。
その、テシウスくんなのだろうけど、外見に大きな変化が生まれている。
金髪碧眼は一緒だけど、身長は二回りは小さくなり、顔だちとか、胸とか、お尻とかいろいろ変わってしまって……。
なんと声をかけるべきか悩んでいると、テシウスくんがゆっくりと身を起こし、細く、小さくなった両手を顔の前に掲げて、驚愕の表情を浮かべた。
「わ、私は、いったいどうなったのだ!? ――なんだ、この声は!?」
砂糖漬けにした鈴の音、とでも言えばいいのか。
とにかく甘ったるく、かわいらしい声だ。
奴隷さんたちも、アルスラさんも、驚いて……そしてどう伝えるべきか悩む中で、ラティーシャちゃんが、ものすごく憮然とした顔で応じた。
「テシウス、あなたはなんかエロい体の女の子になっているのです。……チッ」
〈ラティーシャ、巨乳に対するヘイトが高すぎるよ〉
うん、まあ。そういうことである。
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