第35話 ファビ・イザヨイの回想


 ファビには記憶がない。


 『英霊宿る竜具足』の英霊部分。

 戦闘技術や、いくらばかりかの地球の知識はあるけれど、自分のことが全く分からない、ふわふわした存在。

 それが、ファビ・イザヨイという鎧だ。

 そんなふわふわしたファビから見ても、相棒はとんでもなく甘い人間だと思う。

 他人に甘く――自分にも、それなりに甘い。

 そのくせ、変な責任感ばかり発揮してしまうから、損をする。

 好かれる人には好かれるけれど、嫌われる人にはとことん嫌われる。

 そういう、よくいるおじさんで……記憶のないファビにとっては、唯一の家族だ。


 ファビは目覚めてすぐにテシウス・アドレウスを倒し、相棒から『ファビ』という名前を貰った。

 記憶はなくとも、名前はある……そう思えた。それが嬉しかった。

 『大鍛冶城』にはラティーシャという友人もいて、だけど、ふたりそろって面倒なことに巻き込まれていた。

 というか、そもそも、相棒――十六夜剣三そのひとが、面倒ごとの本体だった。

 生み出すものはすべて【ソードクラフト:刀剣鍛造】のシステムに則った規格外の道具で、無からコーンを無尽蔵に生み出す機械を作り上げたときは、思わず〈やめたほうがいいよ〉といさめてしまったし。

 だって、あんなものが存在するとわかったら、この世界の食糧事情がまるっきり変わってしまう。

 相棒と出会ってから短い期間だったけれど、もちろん、ほかにもいろいろなことがあった。

 暗殺者の夜襲や、ラティーシャとの一時の離別、『次元刀』を奪われピンチに陥って、けれどそこから盛り返して……紆余曲折を経て、相棒はファオネムの前にいる。


 ……正直、最初から相棒が殺す気で動いていれば、ほんの数日で片付いていたトラブルだと思う。

 ファオネムは悪辣な権力者ではあっても、所詮は地方の一領主。

 相棒がファビに「本気で殺せ」と言ってくれさえすれば、それだけでよかった。

 暗殺には暗殺を。闇夜に乗じてザルツオムに乗り込み、『次元刀』ですべてを切り刻んでしまえば、それで終わっていた。

 相棒の甘さゆえに、めんどうくさい遠回りをした。


 でも、その甘さは美徳だ。


 ファビはそう思う。

 きっと、見ていてイライラするひともいるだろう。

 きっと、優柔不断だと、現実が見えていないと、言われるだろう。

 でも、相棒は最初から最後まで『殺す側に立たない』ことを貫いた。

 優柔不断ではなく、現実が見えていないわけでもなく、ただ貫いたのだ。

 ファビには、そんな判断はできない。

 斬ったほうが楽だし、早い。

 でも――相棒は、そうしなかった。


 そんな相棒が、最高ランクの『断罪剣』でファオネムを斬るという。

 罪を斬って罰を刻み込む、魔性の剣で。

 死ぬよりもつらい罰を与えるかもしれない、そんな剣で。

 優しい相棒が、残酷に変わってしまった……とは、思わない。

 ラティーシャのおかげで、相棒なりの『普通の幸せ』を諦めないまま、ただ少しだけ、割り切ったのだ。

 嫌いなひとには距離を置いて、不干渉を貫けばいい。だけど、嫌いなひとのほうから、ちょっかいをかけてきたら?

 それも、こちらの心身を侵害するような方法で。

 とことん突っぱねて、相手のほうをどうにかするしかないって、甘ちゃんなりに結論しただけだ。

 相棒は、甘いなりにもオトナだから、イヤなことでも納得して、割り切りさえすれば、できてしまう。

 ……その、割り切るまでの判断の距離が、とんでもなく長いだけ。


「よう、ファオネム・グランバル」


 その、長い長い距離を経て、相棒は宿敵の前に至った。

 きれいな屋敷の中で、唯一汚れたファオネム・グランバルの前に。

 ……この屋敷の中で、ファビが相棒の体を操る必要はないだろう。

 ファビの出番は終わり――だから。

 さあ、正念場だよ、相棒。


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