第34話 勝者おじさん


 『最高級回復ポーション』を飲み乾す。

 本気の五秒で傷ついた筋肉が、みるみるうちに回復する。

 これで一安心。土壁の下で転がるテシウスくんに近づく。

 ……驚いたことに、薄く目を開いて、しっかりと俺を見つめていた。

 この傷で、まだ意識があるのだ。


「もう、全回復、か……。やってられ、んな……超越者の相手は……」

「テシウスくん。ファビの――俺たちの勝ちだ。ファオネムも逃がさない。負けを認めるかい?」

「……ああ。俺のことは、好きに、しろ……だが、妻たちだけは……」


 俺は黙ってうなずき、奪われた『次元刀』を回収してから、テシウスくんの口に『最高級回復ポーション』をぶち込んだ。


「うぶォあッ!?」

「死なれちゃ困るんだよねェ、落とし前付けてもらわないと」

〈なんかやくざみたいな物言いになってるよ、相棒。……イザヨイ組、アリだな〉


 ナシです。やくざにはなるつもりはない。


「あとさァ、テシウスくん。嫁を無理やり三人も作っておいて、自分が死んだら他人任せって、そりゃないんじゃないの? 俺たちが付けさせたい落とし前と、キミが付けたい落とし前は、別だろ。自分でなんとかしなさい」


 ポーションをひと瓶飲ませ終わると、呪いの指輪が震えながらテシウスくんの指から外れ、黒い煙を上げながらひとりでにひしゃげた。

 テシウスくんは激しくせき込みながら、格段に良くなった顔色で苦笑した。


「回復に加え、解呪まで……規格外にもほどがある。おまけに説教か」


 そして、膝を付いて俺に頭を下げる。


「ケンゾー殿、ファビ殿。私の負けだ。負けたからには、勝者に従う――それが私のルールだ」

「じゃ、まずはファビに謝ってくれ。それから、あとでラティーシャちゃんにも謝罪すること。付きまといもやめるんだぞ」

「わかった。……ファビ殿。先日は卑劣な勝ち方をして、すまなかった」

〈……ま、いいよ。ファビの方が強いって、証明できたし〉


 ファビがない鼻を〈フン〉と鳴らして言う。


〈言っておくけど、これで終わりじゃないからね。生きて償わせるのが、イザヨイ組の掟なんだ〉

「でっちあげないでくれ、存在しない組のしきたりを」


 テシウスくんへの『断罪剣』は、あとでいいか。

 もう逃げたり戦ったりする必要もないだろうし。

 闘技場の土壁を切り裂いて、ザルツオムに向かう。

 ……平原は、うめく兵隊さんたちで死屍累々の光景だ。

 いや、死屍ではないが。生きている(はずだ)が。

 城門をくぐって街へ入る。

 先日も寂れてはいたが、今日は人っ子一人いなかった。


「アルスラさんが、避難を終わらせてくれたみたいだねェ。さすがはギルド支部長だ、手際がいいな」

〈それにしても、早すぎない? この規模の街なら、もうちょっとかかりそうなものだけど〉


 テシウスくんが、手を挙げた。律儀だ。


「もともと、増税で住民人口が半分以下になってところに、アゾール王国からの離脱だ。みな、隣の領に逃げて、兵士とその家族くらいしか残っていなかったのだ」

〈その状況で、どうして兵士は残っていたの?〉

「良くも悪くも、主に左右される仕事だからな。主を捨てて逃げ出してきた兵士なんて、だれも雇わんだろう? 食い扶持を失うか、戦うか、どちらかしかないのだよ」


 逃げたくても逃げられなかった、というわけか。

 アレだな、前職を懲戒解雇されていると、次の職探しに響くような感じ。

 世知辛さの漂う廃墟のような静けさの中、屋敷を目指す。

 庭園を抜けた屋敷の前では、アルスラさんが腕を組んで待っていた。


「……おう。やっときたか」

「お待たせしました、アルスラさん。……住民の方々は?」

「反対側の門から平原に避難させといたよ。もっとも、戦闘らしい戦闘もなかったし、いらない世話だったけどね。ぺたん子は中でファオネムのガラを押さえてる。テシウス、アンタの奴隷たちも一緒にいるよ。……妙な真似するんじゃないぞ」

「わきまえている。私は敗者だ」

「そうかい。……アンタ、ちょっとはマシな顔になったね」


 顔色が良くなった……という意味だけじゃないんだろうな。うん。

 屋敷に上がり込んで応接室に行くと、椅子に縛り付けられ猿ぐつわを嚙まされたファオネムと、油断なく『次元刀』を突き付けるラティーシャちゃん、そして三人の奴隷さんたちがいた。どういう形で人質に取られていたかは不明だが、元気そうだ。

 俺に続いて部屋に入ったテシウスくんは、奴隷さんたちに涙を流しながら抱き着いて、ノータイムで張り倒された。

 うわ……。痛そう。


「テシウス! アンタ、今回ばかりはバカなことしすぎだ!」

「やっちまったな、オイ。どうするよ。ギルドからの除名は避けられねえぞ」

「コイツだけ平原に埋めましょうよ、きっときれいな花が咲きますから」


 口々に言いつつ、しかし、三人はしゃがんでテシウスと目線をあわせて、あーだこーだと相談を始めた。

 変な関係だけど、それが彼らの仲間の在り方なのだろう。

 俺も、俺の仲間に笑いかける。


「ラティーシャちゃん、さすがだ。手際がいいねェ」

「このくらい、朝飯前なのです。頭なでなでしてもいいのですよ! ……ケンゾーさん、ファビさんも、お疲れさまなのですよ」

「ありがと。でも、まあ……本命は、ここからだねェ」


 椅子に縛り付けられたファオネムに向き直る。

 猿ぐつわを噛んだまま、むうむうと唸って、俺を睨みつけている。


「よう、ファオネム・グランバル」


 背中に背負った『断罪剣十八番“禁”夜想曲』の柄を握って、抜刀する。

 紫色の刀身が、ぎらりと輝いた。


「ようやく……アンタと話し合いができそうだねェ」



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