第33話 五秒間全力おじさん


 五秒間。


 それはファビの限界ではなく、俺の限界だ。

 俺の肉体が、ファビの全力に耐えられる、ほんのわずかな時間。

 ……毎日、体を鍛えてはいたんだ。

 思い返せば、スポコンマンガみたいな、けっこう無理やりな鍛え方だったと思う。

 筋肉が悲鳴をあげるまで、ファビに無理やり動かされたあと、『最高級回復ポーション』で回復させると、損傷した筋肉は回復に伴ってより強く、太く、大きくなる。

 この超回復を利用した、いわば【ソードクラフト】式の超々高負荷トレーニングによって、俺の肉体は見違えるような変貌を遂げた。

 脂肪が落ちて腹筋は割れてきたし、背筋も伸びて姿勢がよくなった。

 ちょっと前までビール腹だったのに、だ。

 とんでもない努力の成果だと自負している。

 ……それでも「もっと鍛えておけばよかった」と思う。

 たったの五秒しか、装備に本気を出させてやれないなんて、製作者父親として失格だ。

 相対するテシウスくんは、この世界のシステムである武技を扱える上、呪いの指輪でステータスを増強しているらしい。

 対して、ファビにあるものは、ただ技術のみ。

 五秒以内に勝てるかどうかは、五分五分だろう。


 ――そんな五秒間が、始まった。


 最初の一秒。

 虹色の瞬きだけが、視界にあった。

 さっきまでの剣戟で目が慣れてきたのか、あるいはファビとのシンクロ率が上がったのか……ほんの少しだけ、見えた。

 赤いオーラを纏ったテシウスくんの突き主体の武技を織り交ぜた連撃を、ファビが純粋な技術で捌ききっている。


 二秒目。

 赤いオーラが、途切れなくなった。

 武技だけの連打に切り替えたのだ。

 武技もまた、魔術と同様、それぞれに使用回数があると聞いた。

 使い切ると、じゅうぶんな休息をとるまで、再使用できないはず。

 それを連発しているってことは、テシウスくんも勝負を決める気なのだろう。


 三秒目。

 怒涛の連撃を、ファビは捌く。

 攻勢に転じるタイミングを、虎視眈々と見計らいながら。

 残り二秒で、確実に仕留めるために……リベンジの一撃を、狙う。


 四秒目。

 連撃のさなか、ファビが動いた。

 テシウスくんの武技による突きを、『次元刀』で弾くのではなく、スウェーで躱したのだ。

 そのまま体を捻りながら右足を引いて、かかとを軸に体を回し。

 攻撃に転じて、横薙ぎに『次元刀』の峰打ちを振るう!


 五秒目。

 体勢的に、躱されようのない横薙ぎの一撃。

 勝利の一撃だと、俺は刹那の中で確信する。

 その一撃に対して、テシウスくんは真っ赤なオーラをひときわ強く輝かせ――。


「ぬぅ、ぐ、は……ッ!」

〈よ、避けたぁ!?〉


 ――ぎゅりん、と無理やり上体を真横に捻って、苦しそうに顔をゆがめながら、『次元刀』を回避したのだ。

 人体が曲がる方向ではない。内臓ごと捻ったせいか、口の端から血を垂らしながら、にやりと笑う。


「『紙一重』……攻撃を、無理やり回避する武技だ。異世界人は、知らんだろうがなッ!」


 そして、六秒目に入った。

 ヤバい。だ。

 俺の筋肉が悲鳴をあげて、軋む。

 ファビの速度が、落ちる。

 俺の負担を見逃せない、心優しい娘なのだ。

 ――そして、その隙を見逃す金級冒険者では、ない。


「『極・音速突きソニック・スラスト・ウルティメイト』……ッ!」


 おそらくは、それが彼の必殺技。ラティーシャちゃんにとっての『次元砕』。

 虹色の一撃が、具足に覆われていない場所、俺の眼球目がけて迫る。

 これは――俺にだってわかる。避けられない。


 ……いや。

 避ける必要が、ない。


 きゅいんッ、とひときわ大きなSFチックな音が、決闘場に鳴り響いた。


〈……このを使うのは、ファビの全力を五秒も耐えた、あなたへの最大限の賛辞だよ、テシウス・アドレウス〉


 ファビが呟く。

 俺にもしっかり視認できる速さの中で、体を覆っていた赤いオーラを霧散させて、テシウスくんが目を見開いている。

 あらゆるものを切り裂くはずの刃が、に弾かれたら――そりゃ、びっくりするよなァ。


「なッ、ん……!?」

「テシウスくんにはわかんないだろうけど、『次元スーツ』って薄いんだよねェ。ファビの下に着れちゃうくらいさァ」

〈ファビは癪だけどね! 相棒との間に、違う防具が入るなんてさ!〉


 そう。これが、ファビの仕込み。

 『英霊宿る竜具足』の下に、『次元スーツ』を着ておくという、ただそれだけの工夫。

 薄い全身タイツ形状の防具を、全身鎧の下に着ておけば、俺の体が限界を迎えても、『次元刀』の攻撃を防ぐことができる。

 『次元刀』を弾いたのは、俺の体表面に発生した次元障壁だ。

 つまり。


〈防御手段を用意してたのは、あなただけじゃないってこと!〉


 全力を出し尽くし、とっておきの大技を放って大きく姿勢を崩したテシウスくんの横っ腹に、今度こそ、ファビの『次元刀』の峰が叩き込まれた。

 ばきばきと防具ごと骨を砕く感触が、手に跳ね返ってくる。

 ……微力ながら、俺も精一杯の力を込めて、そのまま振り抜き、吹き飛ばす。

 テシウスくんは決闘場の土壁に大の字で激突し、ずるずると地面に落ちた。

 その様子を確認してから、振り抜いた『次元刀』を下ろし、大きく息を吐く。

 どっ、と全身に痺れるような疲れと痛みがかかってくる。

 全力は、キツいなァ……。


「……お疲れ、ファビ。かっこよかったぞ」

〈えへへー。……ま、全力で十秒あれば、『次元アーマー』なんてなくても勝てたけど!〉

「う。これからも筋トレがんばります……」


 ともあれ、決着である。


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