第32話 リベンジマッチおじさん


 ラティーシャちゃんの広範囲スタン魔術で、敵戦力は半分以上が戦闘不能になった。

 もちろん、ならなかった者たちもいる。

 残りの兵士たちは、剣を構えてこちらに突進……なんてせず、大多数が武器を放り出して逃亡を開始していた。


「ケンゾーさん、逃げる兵士はどうするのです?」

「どうもしないでおこう。仕返ししたい相手はふたりだけだし」

「了解なのです」


 残った兵隊さんは、五十人もいないだろうか。

 なんとか気絶を免れたものの、足ががくがく震えている隊長格のひとたちと……自分に襲い掛かる雷撃だけを『次元刀』で裂いたテシウスくん。

 ひどい顔色で、頬もこけてしまっていて、かなり具合が悪そうだが、俺を見据えて平原を疾走し始めている。


「……ほんとうに、ボクが相手しなくていいのです?」

〈ダメ。あれはファビがやる。武人として、引導を渡してやるんだ〉

「おい、ファビ。俺の体は好きなだけ酷使していいけど、無茶だけはするなよ」

「無茶しちゃダメなのは、ふたりともなのです」


 ラティーシャちゃんは溜息を吐いて、「『土壁グラン・ウォール』なのです」と杖を振った。

 魔女っ子の背後から、ズゴゴ、と轟音を上げ、分厚くて高い土の壁が地面から盛り上がり始めた。

 それはゆるい弧を描いて湾曲し、ひとつなぎの長い壁を形成していく。

 テシウスくんは一瞬ひるんだものの、ラティーシャちゃんの意図に気づいたのか、速度を上げて壁の内側に入った。

 丸い壁に囲まれた、決闘場の中に。


「ケンゾーさん。ボクは残りの兵士を蹴散らして街に向かい、ファオネムに逃げられないよう手を回しておきますが、ついでの用事を思い出したので『最高級回復ポーション』を三本ほどいただきたいのです」

「おう。そっち、頼むね。……気を付けるんだよォ」

「だいじょうぶなのです、いまのボクは白金級だって相手にできるのですよ」

「いや、そうじゃなくて、やりすぎないようにね、って意味で」

〈最悪、手加減ミスって殺しても、相棒にはバレないようにね。ショックで寝込んじゃう〉

「失敬な! さっきだってちゃんと手加減できていたのですよ!」


 相変わらずなやり取りに苦笑しつつ、実体化させた瓶を三本、ラティーシャちゃんに手渡す。


「じゃ、またあとで。終わったら、久々にラーメンでもどう?」

「楽しみにしているのです!」


 にっこり笑って、ラティーシャちゃんは杖にまたがり、壁の向こうに飛んで行った。

 ……空を飛べるとは聞いていなかったから、ちょっとびっくり。

 『終極魔導演算杖フロンティア』の機能か、はたまた彼女の魔力がブーストされた結果なのか。

 俺の想定以上に使いこなしているようで、製作者冥利に尽きるというものだ。


「あ、そうだ。ユーハブコントロールとか言ったほうがいいか?」

〈いえーす、あいはぶこんとろーるー〉


 ファビが嬉しそうに応じた直後、俺の視界が加速した。

 速度的には、全力の五割程度だろうか。正面のテシウスくん目掛けて、ファビが駆け出したのだ。

 同時に腰の『次元刀』の鞘を左手で掴み、抜刀の準備を整える。

 あっという間に、距離が縮んでいく。


〈――顔色が悪いぞ、刀泥棒! その『次元刀』は相棒のものだ、返してもらう!〉


 顔が見える距離まで近づいたテシウスくんに、ファビが吠える。

 テシウスくんは、挑発に応えなかった。ただ。


「テシウス・アドレウス……推して参る」


 名乗りがあった。

 一拍置いて、ファビもまた、名乗る。


〈ファビ! ファビ・イザヨイ!〉

「と、その相棒の剣三です。よろしく」


 名乗りのあと、『次元刀』の突きと居合切りが、激突した。

 次元断層を生じさせ、強度に関係なくすべての物質を切り裂く『次元刀』の刃は、魔術や霊的な防護のオカルトか、あるいは科学的な対次元攻撃技術がなければ、防げない。

 では、その攻撃同士がぶつかれば、どうなるか。


〈よっ、ほっ!〉

「ぬぅ……ッ!」


 どちらも切り裂けず、反発する――のだ。

 ちゅいん、というSFチックな剣戟音を響かせて、刃と刃、次元と次元が切り結ぶ。

 俺の目には、虹色の光がきらきらと乱反射する様子しか見えないが、ファビとテシウスくんは高速で剣技をやり取りしている。

 速度と負荷からして、まだ全力の七割程度か。

 ……たぶん、すぐに俺の体に限界が来るだろう。

 だから。


「テシウスくん!」


 呼ぶ。


「俺は、ファビを傷つけたキミを許さないけど……奥さんたちは、別だ! いま、ラティーシャちゃんが向かっている!」

「……余計な真似をッ! 私の失態は私のものだと、自分で取り返すのだと言ったはずだ!」


 たしかに、キミはそう言った。

 きっと、そう思っているのはほんとうだろう。

 だれだって、自分の責任を自分のものにしたがる。

 だが、おじさんは――ファビに助けられ、ラティーシャちゃんに救われたおじさんは、こう思う。


「責任の取り方が間違っているよォ、テシウスくん! キミの失態が、キミのものだとしても――取り返すために、他人を頼るのは、悪いことじゃない! キミだって、ほんとうは誰かを頼りたかったんだろう?」

「そんなわけがあるか! 私は誰にも頼らない!」

「いいや! そんなわけがある! 俺にはわかる!」


 虹色の剣戟の中で、ファビがぼそりと〈お人好し〉と呟く。

 ああ、そうさ。それでいいんだ。そう在りたいんだ。


「わかるだと!? 貴様に、私のなにがわかるというんだ!?」

「わかるさ! おじさんってヤツはねェ、相手が気づいてほしいことには、なにも気づけないけど……気づいてほしくないことばっかり、すぐに気がついちゃう生き物なんだ!」


 空気は読めない。会話は弾まない。色気もない。

 お世辞にも頭が良いとは言えない。優秀とも言えない。仕事もできない。

 それでも。

 それでも、俺は――普通の、善良なお人好しであることを、諦めない!


「暗殺者を連れて、『大鍛冶城』に来たとき! キミは、暗殺者たちにいろいろ喋ったんだろ? それって、自分でも気づかないうちに、期待していたんじゃないのか? この状況を、だれかに打破してほしいって、願っていたんじゃないのか!?」

「黙れ……ッ!」

「テシウスくん、キミは――俺たちに、助けてほしかったんじゃないか!?」

「黙れと、言っている……!」


 テシウスくんの目が見開かれ、宝石が怪しい輝きを強くする。


「四肢を切り落とし、ファオネムの元へ連れていく! それが私のだ……ッ!」

〈相棒。全力駆動、連続五秒だ。いくよ――〉


 おう、と応じる間もなく。

 視界が、ぎゅん、と加速した。


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