第31話 開戦おじさん


 さて、またしてもトウモロコシや水瓶を用意して、街まで行軍である。

 ただし、今回は前回よりはるかに楽だ。

 ひとりでティリクの森を探索可能なラティーシャちゃんにアルスラさんまでいて、森を歩くための知識や技術はぜんぶそろっているし。

 なによりも。


「うふふ、使用回数も効果範囲も、ぜんぶ十倍以上になっているので、惜しげなく『地ならしグラン・レヴェリング』を使えるのですー」


 【ソードクラフト:刀剣鍛造】のシステムで生み出した装備によってブーストされたラティーシャちゃんの魔術が、えげつなかった。

 『終極魔導演算杖フロンティア』を一振りすれば、生えた木々ごと地面がめくれ上がり、平らに整えられて、道になるのだ。

 歩きやすいのなんの。


「アンタ、攻撃魔術以外も使えたんだねぇ」

「等級が上がってから使わなくなったのです。駆け出しのころは、道路工事の依頼でよく使っていたのですが。術式は『土壁グラン・ウォール』とほぼ一緒なので、使える術者は多いと思うのです」


 ずずずん。

 杖を振るたびに、数百メートルの道が出現する。

 ……並みの術者なら、五メートルから十メートル程度しか効果を及ぼせないらしい。

 俺が装備をクラフトする前のラティーシャちゃんでも、五十メートルくらいはイケたらしいが。

 ……うん。ゲームバランスが壊れたなァ

 惜しげなくラティーシャちゃんを強化したことに悔いはないが、アルスラさんの「あーあ、アタシ知ーらね、っと」という投げっぱなしな呟きに不穏さをおぼえてしまう程度には、小心者なおじさんである。

 ともあれ、歩きやすい直進ルートを無理やり作れてしまうので、夜までには着く見立てだ。


「うーん。こんな魔術があるなら、四人乗りの車とかクラフトすればよかったかねェ。木材で車輪とか自作すれば、ソッチ系のクラフトレシピが解禁されただろうし」

〈燃料はどうするのさ。……ああ、『エナジーコア』とかで、なんとかなるか〉


 魔力で稼働する車なんかも作れそうだ。

 ロマンあるなァ。


「普通、こんなに大騒ぎしたら、モンスターが偵察しに来るもんだけど」


 その点は、俺の『魔除けの護符』でカバーしている。

 自然破壊を繰り返しながら進み、ときおり座って休憩しながらトウモロコシを食い、また進む。

 天気も良く、お散歩びよりである。……実態は討ち入り行軍だが。

 討ち入りといえば、今さらだが、ふと疑問が湧いてきた。


「あのさァ。ファオネムを討伐するのって、ギルド的にはアリなの? 逆賊の討伐に手を貸したりするのって、軍事協力なんじゃないの?」


 ラティーシャちゃんは、ふんす、と鼻から息を吐いて「問題ないのです」と断言した。


「ファオネムは逆賊ではなく、盗賊なのです。盗賊や賞金首、ならず者たちの討伐は冒険者のお仕事なのですよ!」

「あ、ティリクの森に立ち入った兵隊さんたちだけじゃないんだ、その理屈」

「兵隊たちに命令を出したのはファオネムですので。アレは盗賊の親玉で、ザルツオムは盗賊の根城といったところなのです」


 ずいぶんデカい根城だなァ。

 しかし、領地丸ごと盗賊扱いとは、すごい判断だ。


「ギルドって、お役所っぽい感じなんでしょ? よくそんな言い訳を認めたねェ」

「いや、認めてないぞ。上層部には『アゾール王国が開拓権を持つティリクの森に降臨した聖人、ケンゾー・イザヨイの保護及び、森に不法に侵入する盗賊の討伐』って文言しか伝えてないだけだ」

「……ああ、なるほど。その盗賊が、アゾール王国から離脱した領主ファオネムだなんて、思ってもないわけか」


 恐ろしいことをする。

 元サラリーマン的には、背筋が震えるような手口である。


「長老どもが知ったら、大目玉だろうね。降格処分もあり得るけど……ま、その辺が気になるなら、ケンゾーがなんとかしてくれ」

「俺が?」

「長老どもに菓子折りなんか送ってやりな。金色のヤツ。安いんだろ?」


 ……ほーん。

 山吹色のお菓子は、異世界でも有用らしい。

 ことが済んだら、挨拶とご迷惑をかけたお詫びとして、いろいろ送るとしよう。

 ただ、まあ。


「ギルドがダメだとしても、俺は仕返しに行くけどね」

〈なんで? なんで?〉

「ファビを傷つけられたから」

〈きゃー! 相棒ステキ! ファビを着て!〉

「もう着てるのです」


 なんて、ぐだぐだ話しながら歩いているうちに、太陽は落ちていき。

 ティリクの森を抜け、平原まで『地ならし』の道が繋がって視界が開ける。

 ザルツオムの城壁の周囲に、いくつものかがり火が焚かれているのが見えた。

 平原には、兵士たちが並んでいる。

 数百人はいるだろうか。


「来るのがわかってたみたいだねェ」

「そりゃ、あれだけめちゃくちゃな魔術を連発して轟音立ててんだから、なにか来るってわかるだろ。なお鱗主はもう死んでいて、森には超越者が降臨しているものとする。答えは?」


 ラティーシャちゃんが目を逸らした。

 うん。どうせ、戦うことにはなるんだから、待ち構えられていても大した問題ではない。と、思おう。


「……あ。ケンゾーさん、兵隊の先頭、見えるのです?」

「あー。最近、目がかすむんだよねェ」

〈テシウスがいるんだよ、相棒〉


 目を凝らしてみると、たしかに、金髪で顔色の悪い人がいるような気がする。


「アタシは迂回して、街のひとたちを避難させとくよ」

「了解なのです。では、露払いはボクが」

〈勢いあまってテシウスまでやらないでね。……今のラティーシャなら街ごと跡形もなく消し飛ばせちゃいそうだし〉

「範囲を拡大した『次元砕』を十連打すれば、たぶんできるのです」

「アンタら、頼むからアタシを巻き込むなよ? 避難が終わるのも待てよ? ……じゃ、行ってくる」


 アルスラさんが、身をかがめて平地の草に身を隠し、そのまま獣みたいな速度で右方向に駆け出した。かなり大きめに迂回するらしい。たぶんラティーシャちゃんが怖いんだろう。俺も怖いし。

 そんな怖い魔女っ子のラティーシャちゃんは、一歩前に出て、杖を掲げた。


「それでは、手始めに一発。非致死性の拘束系で、範囲だけ広めに術式を組んで……『電蛇ショック・ライトニング』なのです!」


 ピシャアンッ! と耳をつんざく轟音と共に、ラティーシャちゃんの杖から白い雷が走った。

 大蛇のようにのたくる雷が、平原を焼きながら軍隊を端から呑み込み、吹き飛ばし、通り過ぎたあとに残ったのはびくびくと痙攣して泡を吹く兵士の山だけだった。

 ……おじさん、絶句です。


〈……これ、ほんとうに非致死性なの?〉

「は、はい! ほら、びくびく震えているのです! 生きています! 非致死性なのです!」


 あの兵隊さんたちは、自分の仕事をしていただけなんだよなァ……。

 ぜんぶ終わったら、ポーションでも差し入れてあげようと決めた。


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