第29話 仕返し決意おじさん


 剥げた塗装を塗り直し、斬り飛ばされた飾りを付け直し。

 仕上げのオイルを塗っている最中だった。


〈ん、んん……〉


 ファビが、うめいた。

 ラティーシャちゃんが顔を輝かせ、部屋の隅から駆け寄ってくる。


「ファビさん!」

「ファビ! 起きたのか!」

〈うー。あう?〉


 寝起きみたいな声で、しばらくむにゃむにゃ言ったあと、ファビは黙り込んだ。


「ファビ?」

〈……ごめんなさい〉

「なんで謝るんだよ」

〈ファビ、相棒を守れなかった……〉


 ものすごく沈んだ声音で、そんなことを言うものだから、俺の心も締め付けられてしまう。


「なに言ってんだよ。守ってくれたから、俺はここにいるんだ」

〈この状況を見ればわかるよ。ファビだけじゃ守り切れなくて、ラティーシャが助けてくれたんでしょ〉


 泣き出しそうなファビの表面に、ラティーシャちゃんがそっと触れた。


「ボクは、街での戦闘には間に合わなかったのです。ファビさんがいなければ、ケンゾーさんはファオネムの屋敷で幽閉されていたのですよ」

〈でも……鎧が相棒を守れなかったら、存在意義がないし……〉


 存在意義がない? そんなわけがない。


「いいか、ファビ。俺にとっておまえは単なる鎧じゃない。俺が作った、娘みたいなもんだ。……息子か? どっちでもいいけど、ともかく、俺はファビのことを家族だと思っている」

〈ファビは、家族〉

「そうだ。だから――ごめんなさいするのは、むしろ俺のほうだ。ごめんなさい、ファビ。俺のせいで、無茶をさせた。傷付けた。ごめん。……ダメな親父を、許してくれるか?」

〈相棒……。うん、わかった〉


 ファビは照れ臭そうに笑った。


〈ぴかぴかの新品みたいになるまで磨いて、治してくれたんだ。許してあげる〉

「そっか。よかった。……ありがとな、ファビ」


 ほっとする。

 娘に嫌われたら、おじさん困っちゃう。


「……ケンゾーさん。ちなみになのですが、ボクのことも家族のように思ってくれたりするのですか?」

「ん? ああ、まあ、こういう娘がいたらなァ……と思ったことは、あるけど」

「娘なのですか。むむ……実家の件もあるのですし、できればもう少し……」


 ちょっと唇を尖らせて、ラティーシャちゃんは唸った。


「……まあ、いまはまだいいのです。おいおい、おいおいで」

〈ラティーシャ、なんか変なこと企んでない?〉

「ないのですよー」


 ないらしい。いやぜったいあるだろ、それ。


「さておき、ケンゾーさん。これから、どうなさるおつもりなのです?」

「ラティーシャちゃん、露骨に話題を変えたね? ……いちおう、今後については、ひとつだけ決めてるよ」

〈なにするの?〉

「仕返し」


 端的に告げると、ラティーシャちゃんは口を丸くして驚いた。

 ファビも、表情がないからわかりにくいが、驚いているようだ。


〈……珍しい。相棒が、仕返しなんて言うとは〉

「うん。似合わないのは、自覚してるが……どうも、俺はファオネムを許せそうにない。テシウスくんもだ。どんな事情があろうと、娘を傷つけた相手に容赦する気はない」

〈相棒……!〉

「それでは、ケンゾーさんは戦うつもりなのですね?」

「戦う。ただ、やっぱり殺しはしたくない。普通の幸せのために、殺しは最後の最後まで、やらないでいたい」


 甘いと言われてもかまわない。

 必要であれば、やらざるを得ないときもあるだろう。

 だが――それは、いまじゃない。

 クラフトメニューを開いて、クラフトポイント交換から、一振りの剣を実体化させ、鍛冶台に置く。節約とかもういいだろ。

 真っ二つにされた『断罪剣六番“戒”交響曲』と似た長方形のシルエットで、おどろおどろしい紫色の角で装飾された剣だ。

 ラティーシャちゃんが、息を呑んだ。


「ものすごい魔力を感じるのです……!」

「銘を『断罪剣十八番ジャッジメントエイティーンヴァルジ夜想曲ノクターン』、フレーバーテキストは『禁じられた十八番目の断罪剣。その刃は肉体を斬らずに罪を斬り、永遠の罰という名の傷を残す。』だ」

「永遠の罰……罪を戒める『交響曲』と違って、改心させるわけではないのですね?」

「そうだ。……たぶんだけど。俺も、斬ってみないと効果がわからないんだけど、『断罪剣』シリーズの中でいちばんレアリティが高いから、『交響曲』よりも強烈な効果を持っているはず」


 相変わらずあやふやだが、『永遠の罰』なんて強い言葉だ。

 きっと、俺の思う以上の罰を与えてくれるはず。


〈それで斬る、と。最終的にどうしたいかは分かったけど、問題は過程だよ、相棒。ふたつ、乗り越えるべき障壁がある。ひとつ、ザルツオムの兵隊たち。ふたつ、『次元刀』と呪いの指輪を装備したテシウス。このふたつをどうにかしないと〉

「悪いが、アタシはそっちに加わらないよ」


 鍛冶場の入り口から、アルスラさんが声を上げた。

 いつの間にか、来ていたらしい。


「休んでいるかと思って、上の部屋を探し回ってもいないから、もしやと思って鍛冶場に来てみれば……アンタら、いい加減休みなよ?」

「あの、支部長。加わらない、というのはどういうことなのです?」

「アタシは武闘僧、装備なんて腕甲くらいだ。なんでもぶった切れる武器を持った剣士と戦えるわけないだろ。ま、街のやつらとは顔見知りだし、避難誘導を担当するさ。派手にやるんだろ?」


 派手にやるかどうかはわからないけれど、派手にはなるだろうなァ。

 こっちも出し惜しみする気はないし。

 クラフトポイントの節約なんて、もう考えない。

 全力だ。


「それじゃ、テシウスと戦うのは、ボクなのですか」

〈いや、ファビがやる。ラティーシャは、兵士たちの相手をお願い〉

「……勝てるのです?」


 一度は敗走した相手だ。

 ラティーシャちゃんの心配ももっともだが、アレをファビの実力と思ってもらっては困る。


〈相棒、『次元刀』をもう一本クラフトしてもらえる? 武器が対等なら、負けはしないから〉

「もちろんだ。だが……ファビが本気で戦って、俺の体力、持つかなァ」

〈うん。合計五秒じゃ、正直厳しい。だから、癪だけど、ひとつだけ仕込みをしておきたくて――〉


 そんな風に、作戦会議を進めて、おおよその計画が練り上がった。

 ファビの言う『仕込み』もあるし、一日は準備と休息に当てることにする。

 その後、もう一度ザルツオムへ向かうつもりだ。

 今度は話し合いではなく……落とし前をつけさせるために。


「それじゃ、ラティーシャちゃんの武器と防具も新調しよっか」

「え? ボクのもなのです?」


 当たり前じゃないか。俺の強みとは、すなわちクラフト能力なのだから。

 そういうわけで、なぜか久々な気がする、クラフトタイムである。


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