第28話 修理おじさん


 翌朝、ラティーシャちゃんと一緒に『大鍛冶城』に戻ると、二十人ほどの兵士たちが縛り上げられて転がっていた。

 例の先遣隊だろう。

 そして、僧衣の女性が兵士のひとりの背中に座り、キセルを咥えて優雅に一服中だった。

 俺たちに気づくと、気さくに「よっ」と片手をあげる。


「ケンゾー、無事だったみたいだねぇ。よかったよかった」

「アルスラさんまで……。緊急クエストを受けたんですか?」

「まあな。ウチの支部が、グランバル領のアゾール王国脱退と同時に解体されたから、暇だったし……そのちびっ子が、必死に頼み込んでくるもんだからさ」

「ちびっ子じゃないのです。まだ成長するのです。……支部長、兵士たちは解放を。隊長には話を付けてあるのです」

「そうかい。じゃ、やっとくよ。アンタらは中で休んできな」


 お言葉に甘えて、さっさと城郭都市に入る。

 だが、休むつもりはなかった。

 城の鍛冶場に直行して、ファビを鍛冶台に乗せる。

 傷だらけで、土や砂の汚れにまみれて、ひどい有様だ。


「ラティーシャちゃん、冷凍庫から鱗主の牙と爪と鱗をありったけ持ってきてくれないかい」

「はいなのです。……ファビさんは、治るのですか?」

「治すよ、絶対に」


 まずはファビをきれいにしながら、傷の状態を確認する。

 霊的防護によって『次元刀』の切断を防いではいるが、それでも装甲の深くまで食い込む傷が、いくつかあった。

 傷に入り込んだ汚れをブラシで落とし、水を含ませたタオルで汚れを拭きとっていく。

 そのうちに、カートに鱗主素材を山盛り載せて、ラティーシャちゃんが戻ってきた。

 ポイント交換で『玉鋼インゴット』を実体化し、鱗主素材と共に『魔女鍋』に入れる。

 『竜鋼インゴット』が出来たら炉で加熱。

 液体化した『竜鋼』をファビの傷跡に少しずつ垂らして埋め、固める。

 そのままでは金属が盛り上がっているので、邪魔な部分を専用のやすりで丁寧に削る。

 地道で、地味な作業だ。時間もかかる。

 だから、だろうか。


「ねェ、ラティーシャちゃん。普通の幸せって、高望みなのかなァ?」


 ファビの傷と向かい合っていると、つい、そんなことを聞いてしまった。

 鍛冶場の隅で、ちょこんと座って作業を見守っていたラティーシャちゃんは、真面目な顔でうなずく。


「はい、ケンゾーさん。あなたが求める『普通の幸せ』は、ひどくぜいたくなものです。だれも傷付けず、だれにも傷付けられず、だけど他人と交流して生きたい、というのは、高望みが過ぎるのです」

「……そっか。そうだよなァ」


 わかってはいた。

 生きることは、傷付けること。そして傷付くことだ。

 地球でも、この世界でも、そんなの当たり前なのに。

 地球でも、この世界でも――その当たり前から、目を逸らして生きていこうとしていた。


「だけど、ケンゾーさん。求めることを、諦めてはいけません」


 やすりを動かす俺に、ラティーシャちゃんは言った。


「……それが、どんなに高望みでもかい?」

「高望みだからこそ、です。……ケンゾーさん、ボクはアゾール王国のネオンプライム公爵家に生まれました」


 公爵? てことは、貴族だったの?


「ボクは次女で、有力な他家に嫁いで子を為し、繋がりを強めることを求められていたのです。ネオンプライム家の格を落とさない優秀な伴侶となるため、教育を受け……その中で、ボクには魔術の才能があるとわかりました」

「魔術学園を、飛び級で主席合格……だっけ」

「なのです。ボクはそのまま魔術研究院に入り、魔術の研究をしたかったのですが……お父さまもお母さまも、いい顔をしませんでした。伴侶は優秀でなければならないけれど、優秀すぎる女は嫌われるから、と」


 それはひどい。

 俺が顔をしかめると、ラティーシャちゃんは苦笑した。


「貴族って、そういうものなのです。だから、ボクは家を飛び出して、冒険者になったのですよ。戸籍を冒険者ギルドに移し、しがらみを捨てて、魔術師として大成するために」


 歴史に名を残す魔術師になるのが、夢。

 そう言っていた。


「本当は、名前も捨てたかったのですが、お母さまに『せめて無事かどうかを確認したいから』と、ネオンプライムの姓を名乗り続けているのです。正直、いやだったのですが……今回は、それが功を奏しました」

「功を奏した?」

「実は、特別クエストの件、お父さまにお願いしてアゾール王家に取り次いでもらったのです。冒険者ではありますが、公爵家の娘として……ケンゾーさんの件と、ファオネムの件を報告し、クエストを発行してもらったのです」


 唖然とする。

 それじゃあ、ラティーシャちゃんは……。


「食堂でひどいこと言った俺のために、わざわざ、縁を切った両親に頭を下げに行ってくれたのかい……?」

「はいなのです。ひどいことを言われて、傷付いたのに、です」


 うぐ。

 言葉に詰まる俺に、ラティーシャはいたずらっぽく微笑んだ。


「とはいえ、ボクを突き放すためにあんなことを言ったのは、わかっていたのです。だから、ケンゾーさんが納得できるよう、枯葉人にならず、冒険者のまま助けようと思ったのですよ」

「それで、王都へ……。遠かったんじゃないの?」

「グリフォン便を乗り継いで、丸一日なのです。両親を説得して、王家に取り次いでもらって、さらに一日。ただ、報告後はすんなりと依頼を出してもらえたのです。『次元刀』の現物があったので、説得は簡単でした」


 ……なるほど。

 俺の武器を見せれば、俺を確保したがっているファオネムの危険性も伝えられる。

 俺自身の危険性もセットだが、聖人扱いしてくれているあたり、友好的な関係を結べるように説得してくれたのだろう。


「両親からは、無茶を頼んだせいでいろいろと怒られましたし、大きな借りを作ってしまったのですが……またグリフォン便でとんぼ返りして、戻ってきたのです」

「俺のために、そんな苦労を……」

「ケンゾーさん。なぜ、ボクがそんな苦労をしてまで、ケンゾーさんを助けたいと思ったか、おわかりですか?」


 俺は手を止めて、ラティーシャちゃんの目を見つめた。


「……なぜだい?」

「それがボクのだから、なのです。傷付けても、傷付けられても。傷付けた相手とも、傷付けられた相手とも。また傷付けてしまうとしても、また傷付けられてしまうとしても。ボクは、ケンゾーさんを諦めたくなかったのです」


 ちょっと顔を赤らめて、ラティーシャちゃんは言った。


「だから、ケンゾーさんも諦めないで欲しいのです。ボクもお手伝いしますから」

「……おう。俺は『普通の幸せ』を絶対に諦めないって、約束するよ」


 また、やすりを動かす。

 動かしながら、考える。

 ラティーシャちゃん。ファビ。

 ファオネム・グランバル。テシウス・アドレウス。

 傷付け、傷付けられ、それでも諦めずに生きて幸せになるために――。


 ――俺が、なにをすべきかを。

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