第27話 友達おじさん
兵士の前に立ちふさがったラティーシャちゃんは、杖を下げることなく、堂々と名乗った。
「ボクは金級冒険者、ラティーシャ・ネオンプライム。話があるので、隊長を出してください。ボクに交戦の意思はありませんが、攻撃には攻撃でお返しするのです」
「……わかった。少し待て。じきに到着するはずだ。杖を下げてもらえるか」
「それは出来かねるのです」
兵士は眉をひそめたが、なにも言わなかった。
俺は膝を付いたまま、三角帽子の後頭部に声をかける。
「ラティーシャちゃん、どうしてここに……」
「話はあとで。ケンゾーさんは、座って休んでいてください。……ひどい顔なのです」
ひどい顔、かァ。言われた通り、地面に座り直して息を吐くと、夜の森の新鮮な空気が肺に満ちていく。
自分でもびっくりするくらい、か細くて震えた呼吸しかできていなかったらしい。
何度か深呼吸を繰り返しているうちに、西洋甲冑に身を包んだ隊長らしき男がやってきた。
ラティーシャちゃんを見るや否や、開口一番で怒声を上げる。
「グランバル領は、すでに冒険者ギルドとのかかわりを持っておらん! 邪魔をするならば、冒険者ギルドによる内政干渉とみなす!」
明らかに、威圧し、怖気づかせようとする物言い。
だが、ラティーシャちゃんは落ち着いたものだった。
「内政干渉ではありません。ボクはアゾール王国から発出された緊急クエストを受注し、この森にいます。認可を得たうえで、活動しているのです」
「アゾール王国がなんだというのだ。グランバル領は王国からも離脱済み。領地も賜ったものではなく、もともとグランバル一族が支配していた土地である! 王国に指図を受けるいわれは、どこにもない!」
「それが、あるのですよ。……ファオネム・グランバルは考えが至らなかったようですが」
ラティーシャちゃんは呆れ声で応じる。
「確かに、ザルツオムを中心とする人類の生存圏は、グランバル家のものなのです。王国を離脱したからと言って、領地を返還する義務はありません。しかし、先々代の領主にティリクの森の開拓を命じたのは、アゾール王国の王家なのですよ?」
ラティーシャちゃんは、びしっと杖の先端を隊長に向けた。
「グランバル領の王国離脱によって、ファオネム・グランバルはティリクの森の開拓権を失っているのです。数十年前の契約ですから、王都での確認に手間取りましたが、契約書も残っています。写しがファオネムの屋敷にもあるはずなのです」
ファオネム・グランバルがティリクの森の開拓権を失った?
……そんなの、王国を離脱する前に確認すべきことなのでは。
かなり重要な契約じゃないか。
『ティリクの森の開拓権を持つ』からこそ、俺を資源扱いしていたのに、その権利をロクに確認もせずに放棄するなんて……さすがにないだろ。
だが、思い当たる節があったのか、隊長は表情をゆがめた。
「……あいわかった。契約の件は領主さまに確認しておこう。即刻、森からも撤退する。だが、その男だけは、こちらで確保させてもらうぞ。その男は、街で戦闘行為を働いた罪人だ。捕らえる権利がある」
今は俺さえ確保できればいい、と判断したらしい。
にじり寄ってくる兵士たちを鋭い視線で制して、ラティーシャちゃんは首を横に振った。
「ケンゾーさんを守ることも、ボクのクエストなのです。それ以上近づくならば、戦闘になるのですよ」
「……待て。貴殿が王国から受注した緊急依頼とは、なんだ? ティリクの森に入った我らを、牽制するのが目的ではないのか?」
「依頼内容は『アゾール王国が開拓権を持つティリクの森に降臨した聖人、ケンゾー・イザヨイの保護及び、森に不法に侵入する盗賊の討伐』なのです」
せ……聖人? 俺がァ?
そんでもって、この森、盗賊もいるの?
ティリクの森には人間がいないんじゃなかったのか。こわ。
「……盗賊だと? だれに対して言っているのか、わかっているのか!?」
「権利もなにもなく森に侵入し、『恵み』たる聖人に手を出そうとする武力集団を、盗賊以外になんと呼べばよいのです?」
……うん?
もしかして、盗賊って兵隊さんたちのこと?
おそるおそる隊長の顔を伺うと、額に青筋を浮かべてブチギレていらっしゃった。
やっぱりそうらしい。
「……小娘。いま、この森には二百人以上の兵士がいるのだぞ。戦闘行為になれば、どちらが不利か、わからぬわけではあるまい」
「ボクを相手に、たった二百人ぽっちで、足りるとお思いなのです?」
空気が、いきなり重たくなった。
隊長が冷や汗を浮かべて「ぬ……」と唸り、後ずさる。
ラティーシャちゃんが、ものすごい威圧感を放っているのだ。
「ボクたち
う、うおお。
娘のように思っていたラティーシャちゃんが、ものすごく怖い。
隊長さんも、同様に恐怖したのだろう。
「……わかった。今日のところは撤退しよう。だが――」
隊長さんは右手を挙げて、なにか、俺にはわからないサインを出した。
すると、兵士たちが口々に「撤退!」「撤退!」と叫びながら、森を戻っていく。
「――ファオネム様は、我々ほど話が通じるお方ではない。呪いの指輪と『次元刀』で装備したテシウス・アドレウスもいる。覚悟しておくのだな」
そう言い捨てて、隊長もきびすを返した。
数分もすると、松明の灯りが木々の向こうに隠れて見えなくなる。
助かったらしい。
俺は胸をなでおろし、そして、首をかしげる。
「……あの、ラティーシャちゃん? どうして、ここにいるんだい?」
「聞いていなかったのです? ボクはアゾール王国からの依頼を受けて……」
「そうじゃなくて。俺を助ける理由なんて、ないはずだろ。だって、その……」
俺が彼女を突き放した。
俺なんかにかまわなくて済むように。
だから、ラティーシャちゃんが俺を助ける理由は、何もないはずなのだ。
だが、彼女はまた優しく微笑んだ。
「困っているお友達を助けたいと思うのは、普通のことなのですよ」
……いやァ。
俺は空を見上げて、星と月の灯りに視線を向けた。
どうも、心が弱っているらしいが……見苦しいところを、見せるわけにはいかない。
涙腺にグッと気合いを入れて、正面を向く。
「ありがとう、ラティーシャちゃん。恩に着るよ」
「はい、ケンゾーさん。恩返し、楽しみにしているのです」
いたずらっぽく、そんなことを言う。
おう。必ず、俺の全力で、この恩を返させてもらうよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます