第24話 会談希望おじさん


 ファオネム氏と話し合うために来た――と、告げると、テシウスくんは険しい顔になった。


「貴様、どこまで……まあいい。どちらにせよ、貴様が――その鎧が本気で暴れれば、いまの手札では止められん。戦わないと言うなら、私にとっても好都合だ。来るがいい」


 目を白黒させていた門番たちに話をつけて、テシウスくんに先導されて街に入る。

 城壁だけでなく、内部もなんだかすすけた街だった。

 家にはひと気がなく、商店の入り口は固く閉ざされていて、ひどく寂しい光景に見えた。


「あんまり、人もいないんだねェ」

「……数十年前は、活気があったそうだがな。ティリクの森の開拓を始めた初期は、多数の出稼ぎ労働者や冒険者たちが集い、そして……鱗主の逆鱗に触れた。軍も、冒険者も、なにもかもが気力を失い、この街は現在に至るのだ」


 意外にも、丁寧に教えてくれる。

 歪んではいるが……奴隷さんたちとも、独自の関係性を築いていたようだし、根は真面目なのだろう。真面目に、悪い方向に歪んでいるのだ。

 属性で言えば秩序、悪といった感じか。自分ルールが最優先なタイプ。

 ……奴隷さんたちといえば。


「そういえば、テシウスくん。奥さんたちは、大丈夫なのかい」

「……ッ、馬鹿にしているのか?」


 ものすごい顔で睨まれた。


「馬鹿になんか、しちゃいないよ。俺はただ、人質にされているんじゃないのか、って心配で……」

「それを、馬鹿にしているというのだ!」


 テシウスくんは、周囲の人々がぎょっとするほど大きな声を出してから、すぐに深く息を吐いた。

 激昂してから落ち着くまでが、早い。これも冒険者の素質なのだろうか。


「……ああ、無事だとも」


 落ち着いた声で、しかし、いらつきを隠すことなく、俺を睨む。


「私の栄光が、私のものであるように。私の失態もまた、私のものだ。貴様が気に病む必要はない。……敵同士なのだからな」


 それ以降、テシウスくんはむっつりと黙り込んでしまった。

 気まずいなァ。


 無言のまま案内された先は、丘の上の屋敷だった。

 まさに、アニメやゲームで見たような貴族のお屋敷! というデザインで……この屋敷だけは、すすけていなかった。

 白い壁も、赤い屋根も、手入れの行き届いた色とりどりの花が咲く庭も、輝いているように見える。


〈……相棒。ファビ、ファオネムのことがもっと嫌いになったよ〉

「見栄を張るために、借金してたんだろうねェ」

「おい、なにをぶつくさ言っている。こっちだ」


 テシウスくんに導かれ、屋敷の応接室に通される。

 執事さんが勧めてきたお茶を断り――〈毒が入ってたら詰むよ〉と言われた――勝手に高級そうなソファに座るのも、なんだか決まりが悪くて、所在なく立ったまま待つしかなかった。

 ややあってから、華美な赤と金の洋服に、中年太りの肉体をぎちぎちに詰め込んだ禿頭の男性がのしのし入ってきて、ドスンとソファに座った。


「ふむ。コレがケンゾー・イザヨイか。自ら来るとは、立場をわきまえているじゃないか」


 開口一番、そんなことを言う。

 この人が、ファオネム・グランバルで間違いなさそうだ。

 ……うん。初対面でコレ呼ばわりは、気に食わないなァ。


「はじめまして、ケンゾーです。……立場ってのが、なんのことかはわかりませんがね。俺はただ、ファオネムさん、アンタと話に来ただけです。お互い、よく知らないまま、すれちがおうとしている――違います?」

「ほう。会談を希望する、と?」

「そうです、そうです」


 肯定すると、立派な髭を撫でながら、ファオネム氏は俺の腰や背中を芋虫みたいな指でさした。


「会談を希望するならば、武器を持ったままなのは、失礼ではないのかね。ンン?」

「それは……」


 ううむ。正論である。

 だが、ファビは小声で〈罠だ〉と断言した。俺も同意見ではある……が。


「……武器を外せば、ほんとうに話し合ってくれるのか?」

「約束しよう。もちろん、こちらも武器は持たない。テシウス、レイピアを置け」


 テシウスくんは無言で腰の武器を外し、机の上に置いた。

 ……信用は、できないが。話を進めたいなら、俺も置くしかないかな。

 腰の『次元刀』と背中の『断罪剣六番“戒”交響曲』を机に置く。

 ファオネム氏は「うむうむ」とうなずいて、ソファに身を沈め、おもむろにふところから短い木の枝のようなものを取り出し、


「『電蛇ショック・ライトニング』」


 短く、唱えた。

 閃光がほとばしり、空気を焦がす臭いがした。


「……えっ?」


 魔術を使われた――らしい。

 武器を置いた直後に、躊躇なく。

 幸い、ファビの持つ霊的防護を貫通することはなかったようだが、鎧に弾かれた電撃が、部屋の調度品を粉々にして、大きな音を立てた。

 敵意や殺意ではなく、ただ、流れ作業のように、暴力を振るったのだ。

 この男は。


〈――相棒、もう我慢ならない。からだ、借りるからね〉


 ファビは高速で俺の体を動かし、卓上の剣二振りを回収しようとした――。


「ダメだ、ファビ! 殺すな!」


 ――しかし。

 俺がとっさにそう叫んだせいで、一瞬、ほんの一瞬だけ、遅れてしまった。

 抱きかかえるみたいにして床に転がるが、回収できたのは、『交響曲』だけ。

 もう一本、『次元刀』は……。


「よくやった、テシウス」

「……ふん」


 テシウスくんが、がっちりと握っていた。

 その両手には、色とりどりの宝石で飾られた指輪がいくつも嵌められていて、それぞれが怪しい光を放っている。


〈……雑魚剣士、前より速い。なんか、仕込みがあるかも〉


 ファビの不機嫌そうな言葉に、テシウスくんも仏頂面で言葉を返す。


「鎧よ。貴様に比べれば、たしかに私は雑魚だろう。呪われた指輪を総動員して能力を増強しても、貴様を相手するには手札が足りなかった。……だが、いまそろった」


 ずらり、と鞘から刃が引き抜かれ、部屋の灯りを虹色に跳ね返す。

 ……ヤバい。今まで、ロクに考えてこなかったことではあるが――俺謹製の武器を敵に奪われると、俺の優位性は消え去り、劣位性だけが残ってしまわないか?

 だって、俺にはレベルやステータスがない。魔術も武技も、使えない――俺だけゲームが違うのだから。

 優位性を取っ払って残るものは、ただのおじさんだけ。


「……ファビ。『次元刀』は、さすがに受けられないって言ってたよな?」

〈霊的防護があるから、真っ二つにはされないと思う。……正面からは、受けられない。良くて弾くくらいだね〉


 だったら、クラフトメニューで、違う武器を……いや、ダメだ。

 テシウスくんが、俺が指でメニューを操作する隙を見逃してくれるとは思わない。

 ファビに頼もうかとも思ったが、それも無理。メニュー画面は俺にしか見えない。


「……なあ、ファオネムさん。徹頭徹尾、俺と交渉する気はないってことで、いいんだな? 俺たちに和解の道はないのか?」

「交渉? 和解ぃ? あり得ん、あり得ん! 大人しくワシに従え、異世界人。貴様はワシに尽くし、働くために、ティリクの森に降り立ったのだ。ティリクの森に生まれるとは、そういう意味なのだよ」


 ……そうかい。

 ぜったいに、話し合いでは解決させてくれないらしい。

 もはや、万事休すというやつだ。


「ファビ、平和的解決は無理らしい。逃げるぞ」

〈やれやれ。最初からそう思ってたよ、ファビは。……相棒、逃げるにしても、気を確かにね。連続五秒程度じゃ、たぶんだから〉


 ファビが、どこか硬い声でそう言って、テシウスくんが赤いオーラを纏った。


「悪いが、私も逃がすわけにはいかんのだ。――『音速突き』!」


 武技の発動と同時に、俺の視界が、ぎゅん、と加速する。


 ……正直、それからのことは、あまり覚えていない。ほとんど気絶していたから。

 気づくと、俺はティリクの森の木の下で、空のポーションの瓶を片手にうずくまっていた。夜になっていて、逃げ切れたことはわかった。

 ファビは傷だらけで、背中の『交響曲』も真っ二つに切断されていた。


「……ファビ?」


 そっと呼び掛けても、返事がない。ただの鎧になったみたいに。

 なにも応えてくれないが、俺の耳には、ファビが自分自身で『次元刀』の攻撃を受け止めるたびに上げた苦悶の声だけが、耳にこびりついていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る