第23話 対話おじさん


 俺がいない間に『大鍛冶城』を占拠されたら困る。

 そんな理由で、これまで街に出なかったが、こうなると占拠がどうのこうの言っている場合ではない。

 占拠したいなら、すればいい。

 俺は、大人として、きちんと『大鍛冶城』を作ってしまった責任を取りたい。

 そのために、土地の権利者と話し合いたかっただけなのだ。

 なのに、どうしてか、事態は俺の知らないところでむずかしく、ややこしくなっていく。

 ……もう、俺とファビしかいないのだ。

 知らないところで進む事態を、黙って待っているわけには、いかないじゃないか。


 ラティーシャちゃんが去って一夜明け、俺は城を出た。

 布で大きな作ったバックパックに、水入り瓶やトウモロコシを詰め込んで、目指すは街である。

 方角は聞いていたし、太陽と月から方角を把握する方法は、ラティーシャちゃんが教えてくれていた。……おぼえたのはファビだが。

 だから、森の中をまっすぐ行くだけでいい。


〈……相棒。いちおう、言っておくよ。無理な筋トレとポーションの超回復の成果もあって、相棒の体はファビが本気で動ける強度を得た。……ただし、一回一秒、最大五回が限界。それ以上は、全身の筋肉が断裂して、動けなくなる〉

「問題ないさ。『魔除けの石灯篭』の端材から『魔除けの護符』もクラフトしたし、モンスターは向こうから避けていくよ」

〈そうじゃなくて。ファオネムの私兵たちと戦うことになったら、ファビの本気は合計五秒しか使えないよっていう話〉

「そしたら、ポーション飲めばいいだろ」

〈薬がぶ飲みしながら戦うつもり? ……精神的な負荷は、癒せないんだよ〉


 う。たしかに、視界が超加速してコマ送りされるようなあの感覚は、一日にそう何度も経験したいものではない……が。


「ファビ、そもそも、俺は戦いに行くわけじゃない。話し合いに行くんだ。向こうが襲ってきても、戦わなくていい。投降したって、殺されないだろ。俺を奴隷にしたいんだから。絶対に、話し合いはできる」

〈相棒、それ自分に言い聞かせてるでしょ〉

「……言うなよォ」


 俺だって、暴走する権力者が、こっちの話をまともに聞いてくれるなんて、思っていない。

 ただ、たとえそうだとしても……平和的解決を、諦めたくないだけだ。


 森の中で野営して一泊し、さらに歩くこと半日。

 木々がまばらになり、平原へと変わっていく。


「……おお」


 開けた平原の向こうに、すすけた城壁が見えた。


「見えてきたなァ」

〈あれがグランバル領の首都ザルツオム……だよね?〉

「いちおう、そう聞いてる。ただまあ、日本の街と比べたら、そりゃ小さいよな。市町村で言えば、町って規模かねェ」


 『大鍛冶城』と比べれば、さすがに大きいけど。おおよそ四倍くらいか?

 城壁目指して、えっちらおっちら、道のない平原を歩いていく。

 森でも思ったが、地面は凸凹だし、草や木の根っこが足に絡まるし、ひたすらに歩きにくい。

 冒険者は、これを軽装で踏破するんだもんなァ。

 俺なんて、空き瓶に入れて持ってきた自家製の『中級回復ポーション』を、何度も飲んで疲労を無視しながら二日がかりだ。

 ……俺の荷物が多いのも、問題なのかも。

 トウモロコシとポーションや飲み水だけじゃない。

 『次元刀』はもちろん腰に差して、『断罪剣六番“戒”交響曲』も城には置いていけないから背負っているし、あとはなにより……その、ファビが。


〈相棒、もうちょっとだよ。がんばれー〉

「お、おう……」


 重い、とは言えないんだよなァ。

 ぜったいヘラるし。

 『大鍛冶城』には金庫室(というか、宝物庫?)もあったが、どれだけ分厚い鉄の扉でも、破られない保証はない。

 人力では持ち出せない設備以外は、持ち出すことにしたのだ。

 なので、宝物庫に置いて来たのは、氷漬けのダークエルフさんくらいである。

 ……あの子、いつ目覚めるんだろうねェ。


 汗だくで城門前に辿り着いた俺を出迎えたのは、槍を持った二人の兵士だった。

 険しい顔で俺を睨み、槍を構えている。


「……あのォ、ちょっといいですか」

「立ち去れ! どこの冒険者かは知らんが、この街には入れんぞ!」


 冒険者と勘違いされているらしい。

 俺の格好と大荷物のせいだろうなァ。剣も二振りあるし。

 入れない、というのは、グランバル領がもう冒険者ギルドに加盟していないから、だろうか。

 なんと話し始めるか、迷ってしまう。やっぱり挨拶に名刺は必要だねェ。


「あー……。その。俺、いやワタクシはケンゾー・イザヨイと申しまして」

「聞こえなかったのか! 立ち去れと言っている!」

「領主のファオネムさんに、お会いしたくてですね。あっ、あとワタクシ、冒険者ではないんですよ、ハイ」

「領主さまが、素性の知れぬものと会うわけなかろう! 去れ!」


 う、ううむ。

 俺だとわかってもらえれば、確実に会えると思うのだが。

 証明するもの、なにもないからなー……。


「……あ! テシウスくん! テシウスくんは、います?」

「テシウス・アドレウスか? 貴様、ヤツの仲間か」

「いえ、違いますが、彼に会えば、わかってもらえると思うので……」


 そのとき、ふいにファビが動いた。

 足を一歩引いて、腰の『次元刀』を鞘付きのまま両手で構え、がいんッ! とを受け、弾いた。

 攻撃者はひらりと体を捻って、地面に着地する。

 ……一拍遅れて、俺も「あ、頭上から攻撃を受けたんだ」と気づく。

 城壁の上から、襲い掛かってきた者がいたのだ。

 飛び降りながら、レイピアで一突きを仕掛けてきたのは――金髪碧眼の美青年剣士、テシウスくんだ。

 彼はレイピアを油断なく構えながら、不機嫌そうに俺を睨み、


「来たのか」


 と呟いた。


「来たよ。いきなり攻撃っていうのは、ひどいんじゃないかなァ」

「貴様がこの街に来たならば、襲撃だろう。不意打ちくらいは覚悟しているものと思ったが」

「襲撃じゃないよ。戦いに来たわけじゃない」


 テシウスくんは、顎に手を当てて、しばらく考え――そのまま、首を傾げた。


「なぜだ? 貴様が襲撃以外でこの街に来る理由、あるか?」

〈相棒、敵にまでツッコまれてるよ……〉


 うるさいやい。


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