第22話 孤立おじさん
「どっ、どういうことなのですか、それはッ!」
俺がなにかを言うよりも早く、ラティーシャちゃんがアルスラさんに食って掛かった。
「落ち着け、つるぺた娘」
「おい今なンつったのですか」
「だから落ち着け。いいか、まな板娘。冒険者ギルドが介入できないとすれば、理由はひとつしかない。その賢い頭で考えてみろ」
ラティーシャちゃんは、一瞬黙って――すぐに、顔をしかめた。
「……まさか、ファオネムは独立を?」
「そうだ。グランバル領は、昨日いきなりアゾール王国から離脱し、それによって冒険者ギルドからも脱退した。王国との一括契約だからな」
「なんて、馬鹿なことを……!」
「辺境の一領主が、ここまで暴走するとはアタシらも思っていなかったが……」
どういうことだ?
アゾール王国っていうのは、グランバル領が所属する国だよな。
信長に対する秀吉みたいな感じで、領地を持っていて。
で、秀吉ポジションである領主が、王国ポジションである織田陣営との繋がりを断って独立した、と?
……独立っていうか、背信行為じゃないのか?
ともあれ、超国家規模連盟の冒険者ギルドは、織田陣営と契約していたから、繋がりを断った秀吉は、冒険者ギルドの恩恵を受けられず、しかし介入も受けない……的な感じか。
冒険者ギルドの恩恵とは、国難に対して強力な冒険者を借りられることで。
介入は……つまり、今回の俺のような事柄に対して、だろう。
「冒険者ギルドにも、立場ってもんがある。未加盟になった領地に手を出せば、アタシらの大義名分が崩れちまうだろ」
「大義名分を持ち出すなら、ケンゾーさんに介入しないこともおかしな話なのです! この『次元刀』を見てください!」
ラティーシャちゃんは、腰に差していた『次元刀』をテーブルに載せた。
「嘘も誇張もなく、ケンゾーさんは一振りごとに次元を切断するような超越武器を、大量生産できるのですよ。そんな存在を、欲深な領主が独占しようとしているのです。これこそ、冒険者ギルドが対応すべき『世界の危機』ではないのですか!」
「正論だな。正直、アタシもそう思うんだがね」
アルスラさんは苦笑した。
「悪いが、冒険者ギルド評議会の決定だ。アタシには、どうしようもできん。長老連中は、ギルドの本懐よりも、
「……ギルドマスターは、なんと? あの方なら話がわかるはずなのです」
「休暇で旅行中、音信不通だと」
「はあ!?」
「アタシにキレんなよ、絶壁娘。……正直、アタシがここにいるのも、ギリギリの判断なんだ。アンタを連れ帰るって名目がなきゃ、来ることもできなかった」
ラティーシャちゃんは「ぐぬぬぬ……!」と唸った。
頼みの綱が旅行中で対応不可とか、たしかにムカつくなァ。
俺としては、アルスラさんに同情するけど。
中間管理職特有のイヤな役割を担当しているわけだし。
しばらく唸ったあと、ラティーシャちゃんはまた口を開いた。
「ギルドが介入できないのは、わかったのです。だったら、テシウスはどうなのですか。明らかにファオネム側に加担しているではないですか」
「アイツは、ここしばらく冒険者ギルドに顔を出してねぇ。呼び出しにも応じねえし、じきに規約違反で
枯葉人……? って、何だろう。
首をかしげる俺である。
「……枯葉人とは、どの国の戸籍も持たず、身分証明もない、浮浪の民なのです。主に冒険者ギルドを追放された人間が該当するのですよ」
「枝から落ちた枯葉みたいに、元の枝には戻れないっていうニュアンス? 風流だねェ……」
〈どこも風流じゃないでしょ……。ねえアルスラ、ファビも質問があるんだけど〉
俺が染み入っていると、ファビが声を上げた。
〈冒険者ギルドって、戦力の偏りを防ぎつつ、世界の危機に対応するための組織なんでしょ? ……偏り、防げてなくない? 事実として、テシウスはファオネムの私兵になってるわけだし。戦力流出してるじゃん〉
「賢い鎧だな。たしかに、戦力の流出は発生する。実は、そもそも冒険者のまま継続的な契約を交わして私兵になってるやつも、少なくねえんだ、これが」
〈それ、いいの?〉
「冒険者ってのは、クエスト達成一発の出来高制でな。等級が上がれば上がるほど、依頼料が高くなって、稼ぎが良くなるんだ。最高ランクの白金級ともなれば、王族顔負けの資産を持っていてもおかしくねぇ」
〈……上り詰めた冒険者は、わざわざ私兵になんかならない?〉
「そうだ。領主や国家との私兵契約を結びがちなのは、成長が止まった銅級以下だな。そういうやつらは、その国の戸籍を再取得して冒険者を引退し、正式に士官する。枯葉人は、そんな引退ルートに入れなかったはぐれ者どもとも言えるな」
なるほど。冒険者にだって、老後や引退後ってのがあるもんな。
だが、テシウスくんはどうやら、はぐれ者への道を歩み始めてしまったらしい。
大変だなァ……。
「話を戻すが、ケンゾー。アタシらは、とにかく、この件には介入できなくなった。ラティーシャは連れ帰らせてもらう。ファオネムは、自力でなんとかしな」
「ま、組織の都合なら、しょうがないよねェ……」
現場の判断と組織の対応がまるで違うものになるのは、どの世界でも共通のすれ違いなのだろう。
寂しいが、ここからはラティーシャちゃん抜きで頑張るしかないか。
そう思っていると、隣で三角帽子が勢いよく立ち上がった。
「だったら、ボクがギルドを脱退して、枯葉人になればいいのです! なんのつながりもない枯葉人なら、ケンゾーさんの手助けをしても問題ないのですよ!」
「……ラティーシャ。アンタ、冒険者として大成して、歴史に名を残すんじゃなかったのかい。枯葉人になったら、どの歴史書にも載れやしないよ」
「う。それは、そうなのですが……」
ラティーシャちゃんに、そんな夢があったとは。
「ラティーシャちゃん。一時の勢いで、夢をないがしろにしちゃいけないよ。俺みたいなおじさんのために、若い子が人生を浪費しちゃいけない。俺は大丈夫だからさ」
「でも、でも……!」
「それに、ほら。ラティーシャちゃんとは、『次元刀』を渡す代わりに、この世界のことを教えてもらうって約束だっただろ? もう十分教えてもらったし、契約は終了でいいんじゃないか?」
「……それじゃ、ケンゾーさんは……」
ラティーシャちゃんは、三角帽子のつばをぎゅっと握って目元を隠した。
「……ボクがいなくても、いいっていうのですか」
「……最初に戻るだけだからねェ。別に、なんともないさ」
俺がそう言って微笑むと、ラティーシャちゃんは『次元刀』を掴んで立ち上がり、食堂から走って出て行った。
アルスラさんは、呆れ顔で食堂の扉と俺を見て、「やれやれ」と首を振った。
「ケンゾー、アンタ、手紙に書いてあった通りの人間だね」
「なんて書いてあったんです?」
「『ちょっと優しすぎる』。……ケンゾー、ファビ。逃げるにせよ、戦うにせよ、気を付けてな。そんじゃ」
アルスラさんも出て行って、食堂は急に静かになった。
いつも、その辺を跳ねているスライムくんすら、いない。
〈……で、相棒。これからどうするのさ〉
「奴隷にされたくはないんだけどねェ」
かといって、無責任に逃げるのも、覚悟もなく戦うのも、俺らしくない。
だから。
「一回、領主のファオネムさんと直接話してみるか」
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