第20話 反撃おじさん


 女暗殺者に、『大鍛冶城』のすぐ近くに張られた野営地まで案内させたはいいが。


「……来たか」


 焚き火の前にいたのは、黒ずくめの親方だけだった。

 ラティーシャちゃんが杖の先端を向けると、親方は静かに両手を挙げた。

 抵抗する気はないらしい。


「なにもせんよ。……なにかができるわけでもない。攻撃が通らんのではな」

「テシウスは、どこなのです?」

「俺がキャンプに戻ったころには、もういなかった。最初から成功するとは思っていなかったのだ、あいつめ……。しかし、弟子よ。金級冒険者とはいえ、魔術師に近接戦で負けたのか」

「近接戦も強かったのだ。剣術も相当な腕だぞ」


 女暗殺者(上半身ロープでぐるぐる巻き)の言い訳に、ファビが得意げに〈ふふん〉と鼻を鳴らした。……鼻ないけど。教え子の活躍が自慢なのだろう。

 さっきまで〈はやくファビに着替えて。『次元アーマー』なんかに浮気しないで〉とか子供みたいに喚いていたくせに、ちゃんと師匠面はするらしい。


 ひとまず、女暗殺者同様に、親方の方もロープで縛って、顔布を剥ぎ取っておく。

 ……俺と同じくらいのおじさんだ。鋭い顔つきや、引き締まった肉体は、まるで違うが、ちょっと親近感。


「ふむ。奴隷奥方さんたちも、一緒に帰ってしまったのですね。彼女たちなら、まあ話が通じるかと思ったのですが……」

「奴隷? ヤツは契約を持ちかけられたときから、ずっとひとりだったぞ」

「……ほう。そうなのですか。あのテシウスが、奴隷を置いてひとりで行動を……」


 ラティーシャちゃんは、なにか引っかかったようだが、俺もあることに気づいた。


「……テシウスくんがいないんじゃ、俺のこの怒りはどうすればいいんだ?」

〈怒りを発散するのにちょうどいい犯罪者が二人いるよ、相棒〉


 物騒なことを言う鎧である。こらこら。


「この人たちは、雇われて仕事をしただけだろ。それも失敗した上に前金もないらしいし……命を狙われた以上、ただで帰すわけにはいかないけどさァ」


 暗殺同好会とかいう、悪辣な組織の人間だとしても、悪い契約をつかまされたひとにはちょっと同情してしまうおじさんである。


「ですが、ケンゾーさん。殺さないにしても、何らかの落とし前はつけさせないといけないのです」

「落とし前、ねェ……」

〈だいたいにして、暗殺者でしょ。見逃せば、まただれかを殺すよ〉


 う、うーむ。たしかにそうだ。

 刑務所に入れられたらいいんだけど、いきなり刑務所をクラフトできないし。

 ……待てよ? 刑務所は作れないが、刑務罰に近いものなら……。


「ちょっと一振り、交換するわ」

〈節約初日なのに?〉


 仕方ないだろ。こんな事態が起こるなんて、思ってなかったし。

 俺はクラフトポイント交換で、一本の分厚い両手剣を実体化させた。

 長方形の刃を持つ、重たい剣だ。両手でしっかりと握って持つ。


「この剣はな、銘を『断罪剣六番ジャッジメントシックスヴラト交響曲シンフォニア』というんだが……今から、これでキミたちを斬る」


 女暗殺者が顔をしかめた。


「見逃してもらう代わりに、ここまで案内したつもりだったのだが。チョロ……人柄の良さそうな男だと思ったのに、見誤ったか」

「待て待て。この剣は傷つけるための剣じゃない――」


 試しに、ちょん、と刃の先に指で触れて、押し付けてみる。

 すう、と刃が指に入り、貫通するが……痛みはない。指を離してみるが、斬れてもいない。よし。


「じゃ、斬るぞ。えいっ」


 ふたり並んだ暗殺者たちを、横薙ぎで勢いよくぶった切る。

 ラティーシャちゃんが「ほわぁッ」と悲鳴をあげた。


「け、ケンゾーさん、説明もなく、いきなり斬首はちょっと……」

〈説明したあとならいいのか。ラティーシャもけっこう蛮族だよね〉

「斬首してないって。ほら、ちゃんと首ある」


 五体満足な二人を指さす。

 なお、親方は一連の流れの中でも、一切目をつむらなかったし、悲鳴も上げなかった。女暗殺者は、ぎゅっと目をつむっている。……お、いま片目だけ開けた。


「ええと……その剣、なんらかの魔術剣なのです?」

〈フレーバーテキストは『六番目の断罪剣。その刃は実在を斬らず、犯した罪に応じて罪人の魂を戒める。』だね〉

「そう。だから、肉体は傷付けずに、罰を与えることが――」


 俺の言葉の途中で、長方形の刃が、カッ! と光って文字を浮かべた。

 俺とファビにしか読めない、バリバリの日本語で記されているのは、『無期刑:殺害禁止、および他者に対する奉仕』の文字。

 同時に、暗殺者二人の体も光って、すぐにおさまった。


「光った!? わ、私たちになにをしたのだ!?」

「落ち着け、弟子。……ふむ。外面ではなく、内面。俺たちの魂に、なにかしたな?」


 ラティーシャちゃんが、目をキラキラさせて二人を見た。


「魂への強制契約ギアス!? いえ、契約ではなく、刻印。解呪不可、不可逆な改変……!?」


 興奮した様子で親方と女暗殺者を観察し始める。


「術式は不明、理論も不明……なのですが、刻印の内容は読めるのです。二度と他人を殺せないようになっているのと……あと、罪の意識を与え、償いのために善行を積むよう、刻まれているのです」

〈あー、つまり『悪人を改心させる剣』か。相棒、その剣で斬るとこうなるって、わかってたんだね〉

「いや? ぜんぜん知らんかったけど」

〈行き当たりばったり過ぎる……〉

「いちおう、うまくいくだろうとは思ってたぞ? フレーバーテキストに沿うような効果を持つはずだし。……で、お二人さん。どんな感じだ? 俺の落とし前は」


 親方は何事か考え込んでから、俺をじっと見た。


「……なるほど。たしかに、殺意も害意も敵意も持てない。どころか、こう、襲ってしまってごめんなさい……という気分だ。なぜ俺は暗殺など……もっと他に、人生の選択肢があったはずなのに……」

「わかるぞ、親方。私も……私も、すべてが申し訳ない……」


 おお。ちゃんと効いてるようだ。

 落とし前はこれでいいだろうか――ラティーシャちゃんを見ると、呆れ顔でうなずいた。

 俺はふたりのロープをほどき、解放する。


「ティリクの森は、危険なのです。帰るなら、ボクが付き添うのです」

「いや、結構。来るときに、安全な道は教わっている。これ以上、迷惑をかけるわけにもいかん。むしろ、なにか困っていることはないか?」

「なんでもするぞ。無性にいいことがしたいんだ、私たちは」


 ……。

 いや、悪いことじゃないんだろうけど、ちょっと不気味だなァ。

 ファビも小声で〈逆に怖いね〉とか呟いているし。


「まあ、その、なんだ。俺たちは間に合ってるから、善行は他のひとにしてやってくれ。家族とかさ」

「……そうだな。そうしよう。暗殺稼業は廃業、同好会も脱退だ。俺は実家に戻って、畑を耕す。弟子よ、お前も実家に戻れ」

「家はない。孤児だぞ。知っているだろう。……そうだ、親方。いまなら若くて体力の有り余った嫁が無料だぞ」

「無料て、おまえな、自分のことをそんな風に言うのはな……」


 そんな風に言いあいつつ、彼らは「世話になった」と言って、森の中に消えていった。

 背中を見送って、俺は……大きなあくびをした。

 ゴブリンの巣から戻って、寝たふりをしているときに、暗殺されかけたからな。

 眠れていないのだ。


「帰って寝よう。難しい話は、起きてからにしよう」

「なのです。……あと、ボクが思うに、弟子さんはずっと親方さんが好きだったのでは」

〈ファビもそれ思った〉


 帰り道、ラティーシャちゃんとファビが恋バナに興じるので、まったくついていけないおじさんだった。


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