第19話 護身おじさん
『大鍛冶城』に戻った俺たちは、いつも通りトウモロコシを茹でて食い、早々に寝ることにした。
そのうち目覚めるだろう。
「おやすみ、ラティーシャちゃん」
「おやすみなさいなのですー」
俺は王様部屋に戻って、『次元刀』を腰から外して刀掛けに置き、ファビを脱いで鎧立てに飾る。
さすがに寝るときまで着ていられないからな。
白い寝間着に着替えて、部屋の灯りを消し、ベッドに潜り込み、瞳を閉じて待つ。
……十五分くらい経ったか? まだそんなに経っていないか?
自分の呼吸と身じろぐ音だけが、やけに大きく聞こえる。
目を閉じているうちに、本当にうとうとし始めた。
起きていられないかもしれない――。
〈――相棒ッ!〉
ファビの鋭い声。
慌てて飛び起きるが、相手のほうが速い。
音もなく――窓から滑り込んできた人影が、短いナイフを構えてとびかかってきた。
ちょっと筋トレを始めた程度のおじさんが、反応できるわけもなく。
そのナイフは、毛布をたやすく貫通し、俺の腹に――。
「……ぬッ?」
――突き刺さらなかった。
黒い布を全身に巻いた男が、疑問の声を上げる。
無理もない。確実に刺さる勢いだった。
寝間着代わりの全身タイツが『次元アーマー』でなければ。
体の表面に発生させた次元断絶障壁によって受け止めていなかったら、の話だが。
「面妖な……!」
「いきなり殺しに来たくせに、面妖呼ばわりは失礼じゃないかなァ」
暗殺者は、二度、三度とナイフを振るうが、ことごとく『次元アーマー』が防いでくれるので、俺に刃が届くことはない。
俺は「ほっ!」とベッドから床にダイブして、鎧立ての足元に転がる。
「どう、いまのローリング。かっこいいだろ」
〈幼稚園児のでんぐり返しみたい〉
辛口な鎧め。
ともあれ、俺は刀掛けの『次元刀』を引っ掴む。
武器があるからといって、戦えるわけではないが――暗殺者は、無言で部屋内を疾駆し、窓から跳んで夜の闇に姿をくらませた。
「……俺の覇気に怖気づいたか」
〈『次元刀』を警戒したんでしょ。寝込みを襲ったあたり、ファビの戦闘技術補助もバレてる。手紙にファビのことは書かれていないから、つまり……〉
「テシウスくんだろうねェ」
ばたん、と王様部屋の扉が開き、天井の灯りが点いた。
三角帽子の魔法剣士が、大きなあくびをしながら、ずるずるとナニカを引きずって入室してくるところだった。
……そのナニカは、さっきの男と同じく黒ずくめで、ロープでぐるぐる巻きにされている。こちらはシルエットが女性だ。気絶しているらしい。
「ラティーシャちゃん、怪我は?」
「だいじょうぶなのです。……ケンゾーさんも、独力で撃退されたのですね」
勝手に逃げたんだけどね。
「こっちは捕らえたので、引きずってきたのです」
「ありがとうねェ。……だれなんだろうね、この人たち」
「黒ずくめに、暗殺に特化した技能。
いやな同好会だ。
「……ともかく、作戦がうまくいって、おじさん、ほっとしたよ」
「狙われているとわかっていれば、やりようはあるのです」
〈二度は通じない方法だけどね。……相棒を囮にするなんてさ〉
そう。
ファビの感じた視線が、ゴブリンのものではないとすれば……と考えたラティーシャちゃんが、一計を案じたのだ。
ようするに、「だれかがこちらの様子をうかがっているなら、いっそ隙を見せて反応を見てみよう作戦」である。
俺たちを見ている人間が、「冒険者ギルド」か「ファオネム一派」か「それ以外」か――どれであっても、少なくとも「友好的ではない」ことだけは確定していた。
友好的であれば、隠れる必要はないからね。
敵対的とまでは言わなくとも、非友好的とは言える相手。
ならば……と、ゴブリンの巣の前で、ラティーシャちゃんはこう提案した。
――「『大鍛冶城』に戻ってもいつも通り行動し、鎧を脱いで寝るのです。なにも気づいていない風に」
寝間着代わりに着た『次元アーマー』は防御力が高そうにも見えないし、工業系アイテムだからか魔力もない。相手の裏をかける武装だ。
そして、彼らはエサにひっかかり、俺に向かってナイフを突き立てて……今に至る。
ラティーシャちゃんは女暗殺者の顔布を剥ぎ取り、「オラッ」と治安の悪い掛け声とともに、杖の先端を腹に叩き込んだ。
「ごふッ! ん……」
暗殺者は、端正な顔を歪ませて咳き込み、眩しそうに目を細めて部屋の灯りを見上げたあと、ラティーシャちゃんと俺を交互に見た。
「……親方も失敗したか」
「ああ、アレ親方さんだったの。逃がしちゃったんだよねェ」
「ケンゾーさん、情報をぺらぺら喋らないでください……」
おっと、ごめん。
ラティーシャちゃんは溜息を吐いて、杖を女暗殺者の顔に突き付けた。
「あなた、暗殺同好会の方ですよね。どうして、ボクたちの命を狙ったのです? だれの差し金なのですか? 洗いざらい話してください。……ボクは金級冒険者なのです、容赦はしないのですよ」
……喋らなかったら、暴力なんだろうな。イヤだなァ。
暗殺者なんて、口が堅いものだろうし。
女暗殺者は「フフ」と不敵に笑って、ゆっくりと口を開いた。
「命を狙ってはいない。殺すつもりはなかったのだ。動けなくなる程度に、傷を負わせるつもりではあったがな。ナイフを見てみろ。痺れ薬が塗ってある。殺すつもりなら致死の猛毒を使っていた」
「ぜんぶ喋るじゃん」
〈暗殺者って、こういうとき、無言を貫くものなんじゃないの?〉
静かに「……殺せ」とか言いそうなイメージだったんだけど。
女暗殺者はにこやかに微笑んだ。
「今回の依頼主は金払いが悪くてな。前金ナシ、達成報酬のみの依頼だ。そういうとき、失敗した場合は遠慮なく依頼主を売るのが暗殺同好会の掟だ」
「ヤな掟なのです。しかし、金払いが悪いということは、依頼主はファオネム・グランバルなのですね?」
女暗殺者はうなずいた。
「領主ファオネムの、手先の金級冒険者に依頼されてな。そちらの男、ケンゾーが、ギルドの登録を得る前に確保せよ、と。奴隷にしたいらしいぞ」
マジで全部教えてくれるじゃん。……ていうか、奴隷? 俺を?
その後、話を詳しく聞いて、なんだか呆れて力が抜けてしまった。
利益を独占したいがゆえに、俺を資源として扱いたいのか。
……そんなことしなくても、開拓の協力くらいするのにさァ。
「依頼主のこと、よくご存じなのですね」
「金級の剣士が、聞いてもいないのにペラペラ喋ってくれたぞ。ティリクの森の移動は、暗殺者には難しくてな。ここまで送ってもらったのだ。近辺でキャンプを張っているはずだ――なんなら案内しようか?」
近くに居るのか。
「どうするのです? ケンゾーさん」
「うーん……。さすがに、人権無視の資源扱いは、おじさんもちょっとムカついちゃうなァ」
〈へえ。相棒にしては、好戦的だね〉
うん、まあ。珍しく、俺は怒っていた。
「テシウスくんに、お礼参りと行こうか」
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