第18話 ゴブリン討伐おじさん
巣穴は、小一時間ほど歩いたところにあった。
モンスターの尾行に際しては、ラティーシャちゃんが冒険者らしくアドバイスを――「森の中では『他のモンスターがボクらを狙っているかもしれない』という意識を持ち続けてくださいね」などなど――くれたので、俺はただ従うだけだった。
もっとも、俺が視線や敵意を感じ取れるわけもないので、ファビ任せだが。
ともあれ、辿り着いたゴブリンの巣窟、崖の横っ腹にぽっかりと開いた暗い穴は、なんだかこう、非常におどろおどろしい雰囲気を感じさせる見た目だ。
俺が勝手に感じているだけで、前情報がなければ「洞窟だなァ」としか思わなかっただろうが。
「……ファビの気配を探るやつで、中に何体いるかとか、わからない?」
〈無理。殺意とか敵意とか、そういうのは肌がピリつくからわかるだけ。……ファビに肌はないけどね〉
「崖の巣穴は厄介なのです。下にも上にも伸びている可能性があるので」
うーむ。
……これもう、考えても仕方ない気がするな。
「突入して、生存者を確認するとして……ファビがゴブリンに負ける可能性、ある?」
「
〈『次元刀』なら巣穴の狭さは問題にならないよ。ファビなら相手が何体いても問題ない。……不安点があるとすれば、相棒の体力が持つかどうかだね〉
それについては、ここ数日のおじさんの筋トレを信じるしかない。
「そんじゃ、逃げられたら逃げられたで、また対応するってことで……突入して生存者確認する方向でいいかい?」
「……仕方ないのです」
ラティーシャちゃんが溜息を吐き、ファビは〈待ってました〉とばかりに俺の肉体を勝手に動かし、腰の次元刀を抜き放った。
戦闘開始である。
松明を片手に巣穴に突入して、歩くこと数分。
奥から棍棒を持ったゴブリンがダッシュでとびかかってきて、
〈ほい〉
ファビの、いつもよりゆったりとした太刀筋で両断された。
地面に死体が落ち、血が土に染み込んでいく。
……鎧に一切の返り血がないあたり、相当余裕なのだろう。
〈このくらいの速さの動きなら、相棒でも耐えられるでしょ?〉
「……動きはともかく、血の臭いと光景が……」
〈慣れるしかないよ。慣れすぎても駄目だけどね〉
「次、単体で来た場合、ボクにやらせていただけると嬉しいのです。剣の戦闘訓練にもなるのですし」
〈うん。ラティーシャなら、大丈夫だと思うよ。ヤバかったらファビがフォローするし。……あ、でも『次元刀』の扱いだけは気を付けてね。ファビ――『英霊宿る竜具足』には霊的な防護があるけど、次元切断は防ぎきれないと思うから〉
「了解なのです」
風の通りづらい巣穴内で、血の臭いと獣くささに耐えながら、進んでいく。
いくつか通路の分岐はあったが、すべて左手側へ。よくある「迷路の壁に左手をついて進めばぜったいゴールできる」というやつである。
……通じない迷路もあるそうだが。
「分岐の多さからして、そこまで大きな巣ではないと思うのです」というラティーシャちゃんの読み通り、あっという間に袋小路の小部屋に到着。数匹たむろしていたゴブリンを討伐。
紙に細かくマップを描きつつ、折り返して、分岐ごとに攻略する。
ゴブリンたちは、英雄ファビと天才ラティーシャちゃんには、まったく歯が立たないようだった。
「……生存者、いなさそうだねェ。なんか、ごめんね。面倒な手順にしちゃって」
最後の分岐に入ったあと、俺がそう謝ると、ラティーシャちゃんは苦笑した。
「謝る必要はないのです。ゴブリンにさらわれた女性も、煙に巻き込まれた女性も、どちらもいないのがいちばんなのですから」
〈ほかの出入り口もなさそうだし、たぶん逃がしてもいないんじゃないかな〉
若い子たちのフォローが身に染みる……。
袋小路の小部屋に到着すると、その場にいた四匹のゴブリンを、ラティーシャちゃんが右手に『次元刀』、左手に長杖という変則魔法剣士二刀流(一刀一杖流?)であっという間に駆逐して、ゴブリン討伐は終わった。
俺側のパーティーの戦闘力が高すぎて、ほんのちょっとだけゴブリンに同情する。
明らかに人類に敵対的な生き物を、許せるわけではないが。
生存者の確認のため、松明で袋小路の部屋をぐるりと照らし――それに気づく。
「……マジかよ」
「え……?」
〈わ。きれいだね〉
壁際に、なかば埋め込まれるようにして放置されていたのは、氷の塊だった。
ただし――中に、人間が封じ込まれている。
褐色肌に銀髪の美しい女性で、薄絹のような衣服に身を包んでいてもわかるくらい豊満な肉体を持っていて、あと……耳が、長い。
「し、死んでる……んだよな?」
「いえ、おそらく生きています。おそらく……純血のダークエルフかと。ゴブリンに凌辱されることを恐れて、自己凍結の魔術を行使したのかも。相当、高度な魔術の使い手なのですよ」
ダークエルフ! おじさんは思わず、まじまじとおっぱ――じゃない、彼女を観察してしまう。
いろんな胸――でもなく、ヒト型種族がいるとは聞いていたけれど、実際に目にすると感慨深い巨乳である。
「……ケンゾーさん? どこ見てるのですか?」
「医学的見地から健康状態を診断していたんだよォ?」
〈氷漬けになっている時点で健康もなにもないでしょ〉
ラティーシャちゃんのじっとりした視線を「オホン」とわざとらしい咳でごまかし、俺は『次元刀』を構えた。
「ファビ。氷を削って、運べるようにできるか?」
〈ファビをだれだと思っているのさ〉
ひゅひゅんッ、と俺の腕が唸り、氷の塊が俺よりやや大きいくらいのサイズになった。
それにしても、生存者確認をしておいて良かった。
氷漬けなら、煙責めしても死にはしなかっただろうが……生存者などいないだろうと思っていても、予想を超えてくるのが現実というやつだ。
ラティーシャちゃんがロープを氷に巻きつけ、しっかりと固定して、その端っこを俺に手渡した。
「ボクが先導するので、ケンゾーさんに引っ張ってほしいのです」
「……そのまま引きずるの、ちょっとダークエルフさんに悪い気がするんだけど」
〈人間ひとりならともかく、氷がくっついてるからね。背負って帰れる重さじゃないと思うよ〉
正論である。仕方ないか。
えっちらおっちら、ロープを引っ張って巣穴を出る。
……お、日が暮れ始めているな。
巣穴を放置しておくと、別のモンスターが住みついたりするかもしれないらしいが、「ティリクの森なんて、どうせモンスターだらけなので、今さらなのですよ」というラティーシャちゃんの判断で、穴の埋め立ては見送った。
「……ま、これでゴブリン退治終わりってことで、いいのかな」
「ダメなのですよ、ケンゾーさん。お家に帰るまでが討伐なのです」
そんな遠足みたいな。
もっとも、ダークエルフさんを引きずって帰るぶん、往路より復路のほうが大変なのは確かなので、気を抜かずに行こう。
「なんにせよ、ダークエルフさんを連れ出せたのは収穫だな。最初にゴブリンに気づいたファビのお手柄だ」
俺の賞賛に、しかし、ファビは戸惑ったような声を上げた。
〈……うーん。でも、ファビが感じた視線と、ゴブリンの気配は、別な気がするんだよね。質が違うというか。もっと不穏な感じで……〉
「質が、ですか。……ふむ。もしかすると……念のための対策が……」
ラティーシャちゃんはしばらく考えてから、右手の人差し指を立てた。
「ケンゾーさん、ファビさん。ボクから、ひとつ提案があるのですが、よろしいですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます