第17話 ゴブリン遭遇おじさん
返事を待ち、さらに数日が経過したある日。
「ケンゾーさん。しばらく、完全に現地調達できるものだけで生活してみる、というのはどうでしょう」
今日も元気よく(現地調達した『中級回復ポーション』のおかげ)素振りにいそしんでいると、隣でヒュンヒュン音を立てて木刀を振るラティーシャちゃんが言った。
……この子、どうやら剣術の才能があるらしい。
魔術学園を飛び級首席で卒業したとは聞いたけれど、ファビ曰く〈武芸全般についてもセンスの塊〉なので、おじさんはもう嫉妬とか通り越して呆れている。
そういう神様に選ばれているのだろう。
〈どうして? まだクラフトポイント交換でしか手に入れられないものも多いのに〉
「だからこそ、なのですよ。『調達できないもの』と『調達できるもの』を実生活の中でリストアップするのです。逆に『今まで交換していたけど、なくても別に困らないもの』など見えていなかった穴を見つけられるのではないかと」
〈へー、なるほど〉
「プレオープンとかランニングテストで、問題を洗い出す感じか。地球の仕事で、そういうのよくやったなァ。一回やってみてもいいね」
「ケンゾーさん、そういえば、どんなお仕事をされていたのです?」
「飲食業。バイトでフロアとキッチンやって、社員になってからはシステム開発部とか新店舗出店計画部とか営業部とか、あと新業態開拓もやったなァ」
数日前のことだが、懐かしさすら感じる。
……冷静になって思い返すと、めちゃくちゃいろんな部署の応援に行かされすぎだよな。俺だけでなく、社員全員がそんな感じだった。
毎朝の朝礼(勤務時間外)では社訓を叫ばないといけなかったり、毎年四月に発行される社長の自伝を購入する義務があったり、いま思うと結構ブラックだったかもしれない。
残業代も満額は出してもらえなかったし。上限百時間だった。
元の世界に帰れるかどうかもわからないし、過去の仕事のことを考えても仕方がない。帰れたとしても……転職は、しよう。うん。
「そんじゃ、ひとまず今日から一週間ポイント封印生活して振り返り、次は二か月やって振り返り……みたいな感じで、ちょっとずつテストしていくかね」
「了解なのです」
〈はーい〉
ヒュンッ、と最後のひと振りを終える。
ファビのヘビーな指導と、ポーションによる超回復のおかげで、腹がかなり凹んだ。姿勢も改善してきたし。
大人になっても、目に見える成長があると、嬉しいもんだよなァ。
『濾過機』を通してから煮沸消毒した川の水でタオルを絞り、体を拭く。
タオル等の日用品は『大鍛冶城』内に山ほどあるので、助かっている。
その後、ラティーシャちゃんと一緒に薬草採取へ。
食べられる野草類も確保するため、城の回りの群生地を回っていると。
〈相棒。妙な気配がする。……だれかが、こっちを見てる〉
ファビが、急に低い声を出した。
瞬時に、ラティーシャちゃんが杖を構えなおし、警戒態勢に入る。
「気のせいじゃない? いちおうココ、『魔除けの石灯篭』の効果範囲内だし」
〈モンスター以外かもしれないでしょ。もうちょっと警戒心持ってよ〉
「お二人とも、いましたよ。あっちの木の影なのです」
ラティーシャちゃんの杖が差す方向を見ると、『魔除けの石灯篭』の効果範囲外ギリギリに生えた木の根元に、小さな生き物がいる。
一瞬、人間の子供のように見えたが、違う。
しわだらけの顔に、尖った鼻と耳、緑色の肌。
黄色い眼光が、俺たちを見て……特にラティーシャちゃんを舐め回すように見て、木陰に引っ込んでいった。
な、なんだ? いまの生き物は。まるで――。
「……ゴブリン。ここの鱗主がいなくなったと気づいて、様子見に来たのですね」
――やっぱりゴブリンか! 想像通りの見た目だったな。
「でも、魔除けは効いてたっぽいね。やっぱり問題ないんじゃない?」
「……いえ。ケンゾーさんは優しいので、反対されるかもしれませんが……ボクは、巣穴の特定と駆除を提案するのです」
駆除。まあ、なんとなく理由の想像はつく。
ラティーシャちゃんは、杖をぎゅっと握りしめた。
「ゴブリンは、女性を拉致するのです。モンスターのいない世界から来たケンゾーさんは、ご存知ないと思うのですが……ゴブリンはオスしか存在せず、他のヒト型種族を孕ませて繁殖する、とんでもないモンスターなのですよ……!」
「へー、そうなんだ。じゃあ駆除しないとね」
〈怖いねー〉
「あれっ、なんか思っていた反応と違うのです……?」
うん、その。お約束すぎて、ぜんぜん驚けなかった。
俺としても、今後の『大鍛冶城』やティリクの森の開拓を考えると、こういう悪質なモンスターは駆除した方がいいと思う。
「で、ラティーシャちゃん。巣穴の特定って、どうやればいいんだい」
「尾行すれば簡単に巣穴は特定できるのですよ。知能の高い個体でなければ、最短ルートで巣穴に戻るので」
〈討伐方法は?〉
「巣穴の入り口で火を焚いて煙を送り込み、他の出入り口がないかを確認しつつ、窒息死しなかった個体や逃げ出した個体をプチプチ潰していく感じが多いのです」
なかなか残酷なやり方である。プチプチて。
「ただ、巣穴に生きている人間がいる場合は、見捨てることになってしまうのですが……」
「生きている人間……その、言い方は悪いけど、繁殖のために確保された女性だよね?」
「なのです。まとめて窒息死させるやり方では、生存者も巻き込んでしまうのです。ティリクの森に、さらわれるような人間は住んでいないので、大丈夫だとは思うのですが……」
「念のため、確認したほうがいいよねェ」
〈じゃあ、突撃して中を確認しようか?〉
ファビは、英霊だからか、戦闘に関してはけっこう〈まっすぐ行って切り刻もう!〉的な発想をする。
「突撃って、ありなの?」
「逃がす可能性がある方法は、あまり。ゴブリンは繁殖力が高いので、一匹でも逃がすと群れを再形成する可能性があるのです。一匹一匹は雑魚なのですが、『ギルドの最警戒モンスター』の一種にも数えられていて……」
〈……さすがに、他の出入り口があると、逃げられるかも。相棒、なんか便利な道具出してよ〉
「俺は猫型ロボットじゃないぞ。ポイントも節約中だし……」
とうぜん、【ソードクラフト:刀剣鍛造】にマッピングアイテムや索敵レーダーなどはない。
どうするか、と考えつつ、ひとまず俺たちは去っていったゴブリンの尾行をすることにした。
『大鍛冶城』を離れすぎるのはよくないから、ラティーシャちゃんは単独で遠征すると言い張ったが、ラティーシャちゃんをひとりで行かせるわけにもいかないしねェ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます