第16話 筋トレおじさん
ファビのトレーニングは過酷を極めた。
そのハードさは、体が疲労でまったく動かなくなるほどだ。
〈……いや、相棒。地面に寝っ転がって空を見上げているけれど、まだ『大鍛冶城』の周りを一周もできてないよ? せいぜい四分の一くらいだ。やり切った感を出さないで〉
「二十キログラムはあるクソ重いファビを着たまま四分の一も走れたことを、まず褒めてくれ……」
もう動けない。ダメです。
俺を心配してくれたのか、スライムくんがぽよぽよと俺の周りを跳ねている。
……いやこれ、遊んでるだけだな。
〈……仕方ないな。今日は、代わりにファビが走るよ。ほんとうは、相棒自身が筋肉の扱い方や感覚をおぼえないとダメなんだけどね〉
「マジで? いやあ、助かるなぁ」
〈ああ、当たり前だけど、使うのは相棒の体なんだから、負荷は相棒にかかるよ。テシウスを倒したときと一緒。まあ我慢してね〉
え? と問い返す間もなく、俺の体が勝手に〈よっこいしょ〉と立ち上がり、軽快なランニングを始めた。
酷使を重ねる全身の肉が、だるくて重たい疲労を無視して躍動する。
「ぶ、べっ、やばっ、やばいって! 死んじゃうッ!」
〈相棒、一周走り終わったら『回復ポーション』で疲労と筋肉負荷を全回復させてね。そしたらまた走るから〉
「鬼ィ! 悪魔ァ!」
ファビが無言で速度を上げた。
「……天使ィ!」
〈うふふ、天使だなんて、そんな……。あ、そういえば、さっきファビのことクソ重いって言ってたよね。ごまかされないよ、相棒〉
さらに速度が上がった。
一歩ごとに膝関節がカコカコ鳴り始めており、非常に危険な気配がする。
「……ふぁ、ファビさんッ! お願いなのでッ、ふッ、もう少し手加減をッ!」
〈今日は初日だし、五周もすれば十分かな。それが終わったら、ラティーシャも交えて素振りね〉
「……この大魔王ッ!」
ものすごく速くなった。
●
「薬草採取をしようと思うんだけど、手伝ってくれない?」
「薬草採取……?」
素振りをこなした後、ラティーシャちゃんにそんなお願いをするおじさんである。
木刀に寄りかかってゼーハー息を吐く俺と違って、ラティーシャちゃんは軽く汗ばむ程度である。
若さの違いか――と思ったが、ラティーシャちゃんは冒険者なので、そもそも体が強いのだ。
多くの戦闘を経て、モンスターを倒し続けた者は、徐々に体が頑強になっていくのだとか。
「それってレベル制だよね? ステータスとか見れるの?」とワクワクしながら聞いたところ、怪訝な顔で首をかしげられた。見れないらしい。おじさん、悲しい。
だが、レベルがあるならば、俺もいずれはレベルを上げていっぱしの戦士になれるわけだ。筋トレより、モンスター狩りのほうが、よほど楽しそうである。
……鬼トレーナーのファビには、絶対に言えないが。
ともあれ、俺はクラフトポイント交換で『最上級回復ポーション』を実体化させ、一息で飲み乾した。
みるみるうちに疲労感が吹き飛び、関節や筋肉の痛みが消え去っていく。
「今日だけで、もう六本も飲んでるんだ。……筋肉のためとはいえ、このペースでの消費は困るし、節約したくてさ」
「どんな難病も治す秘薬を、筋トレ目的でガバガバ飲むなんて……まあいいのです。ともかく、冒険者であるボクのアドバイスが欲しいのですね?」
「そう。どれがこの世界の薬草なのか、わかんないからさァ。見分け方を教えて欲しくて。……まあ、地球の薬草の見分け方もわかんないけどね」
〈あと、ファビもちょっと、試したいことがあるから、川に行きたいんだ〉
「ふむ。では、『大鍛冶城』から見える範囲で、採取を行うのですよ」
ラティーシャちゃんと、俺と、俺が着用するファビは、そろって門の外に出た。
『大鍛冶城』の実体化で破壊されつくした小川が、新たな流れを作っている。
「薬草はいろいろあるのですが、ポーションに利用できるものは魔力をため込む性質のある品種なので、見分け方は魔力があるかどうか、なのです。……ケンゾーさんは、魔力感知ができないので、見た目でおぼえるしかないのですが」
「ファビ、おぼえてくれ」
〈相棒、ファビはスマホのカメラじゃないんだからね? ……まあ、おぼえるけどさ〉
ラティーシャちゃんが見分けた草をもらうと、脳内でアナウンスが鳴る。
『道具:薬草(異世界産)』を手に入れた俺である。
小川のそばに、群生していたのだ。
ラティーシャちゃん曰く、ティリクの森産だけあって質がいいとか。
フレーバーテキストは『異世界産の薬草。魔力をため込み育つ。』だ。
……この世界から見れば、地球の方こそが異世界なんだけど、【ソードクラフト:刀剣鍛造】のシステムは、地球視点なんだなァ。
「お、【ソードクラフト】の『薬草』の代替品としても扱えるみたいだ。これでポーションには困らないかなァ。ああ、あと、こっちの世界の素材を使った、薬剤師系クラフトレシピも解放されてる」
〈やっぱり。それじゃ、次はファビの思い付きを試してみてほしいんだ。『聖水』の空きビン、持って来たでしょ?〉
「おう。どうすんだ、これ」
〈まずは――〉
ファビの指示通り、『聖水』のボトルの底を『次元刀』でスパッと切り落とし、逆さまにして、布やら砂やら炭やらを層になるよう詰め込んでいく。
小学校の自由研究で、ペットボトルを用いて作られる簡易的な濾過装置の真似事らしいが……。
「……これ、マジで飲み水できんの?」
〈できない。濾過したところで、目に見える不純物は消えても。ばい菌とかは消えないからね。だいたい、濾過層の順番も適当だし。ただ、ファビの推測が正しければ、相棒のクラフトレシピが増える……と、思う〉
「いや、増えるって、そんな簡単に……お?」
脳内で、例の音声が鳴り響いた。
「……ホントだ。クラフトレシピが解禁された。しかも……『設備:濾過機』系統だ」
〈予想通りだ。【ソードクラフト】と一緒だよ。素材の入手や設備の新規開発、クラフトレベルに応じて、レシピが解放されていくでしょ? つまり、どんなものも、低クオリティでもいいから、一度作ればレシピ系統樹が解放されて――〉
「――俺のクラフトレベルは最大だから、最終レアリティの設備までレシピが解放されるってわけか。なァるほど」
よく思いつくな
理屈はわかったが、いまはそれよりも『設備:濾過機』の開発だ。
足りない素材をポイント交換で入手してでも、作り上げなければ。
清潔な水が扱えるようになれば、それだけでかなりの節約になるし、生活の質も上がる。願ったりかなったりなのだ。
「最高だぜ、ファビ。やっぱりお前は天使だよ」
〈ふふ、ありがと。でもね、相棒。もうひとつ、相棒的には、がっかりするかもしれない推測があるんだけど……相棒のシステムが【ソードクラフト:刀剣鍛造】に由来するなら、モンスターを倒してもレベルが上がらない可能性があるんじゃないかな〉
……え?
「い、いやいや、そんな異世界転生ナシだろ。倒してみないとわからないって――」
「あの、ケンゾーさん? 大変、申し上げにくいのですが……ケンゾーさんは、すでに倒しているのです」
ラティーシャちゃんが、『歯車城』を指さした。
……あ。そういえば。冷凍庫に素材が眠っているアイツのことを思い出す。
「……ティリクの森でもっとも危険なモンスター、
……。悲報。
やっぱり、俺だけゲームが違うらしい。
〈じゃ、やっぱり筋トレしかないね、相棒。さあ、ファビと一緒に筋肉を鍛え上げよう!〉
「……なあ、せめて、ファビを脱いで筋トレする感じにしない? もうマジで重くてさァ、つらいんだよ」
嘆願の結果、翌日からランニングが十周になった。
メンヘラ鎧め。
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