第14話 修行おじさん


 ラティーシャちゃんは、眉をひそめてフラスコを見上げる。


「ていうか、なんなのですか、コレ。フラスコの中に、丸い大地……?」

〈フレーバーテキストは『フラスコの宇宙に漂う小惑星。一面のコーンがきみを待ち受ける。』だね〉

「俺も仕組みはわかんねえ。不思議だよねェ」

「仕組みの分からんヤバ気なものをポンポン作らないでほしいのです……。ていうか、あの、惑星って、つまりボクたちが立っているこの星と同質なものだと考えてよいのですか?」

「うん? この世界も、やっぱり丸いのかい」

「星は丸いものでしょう」


 なに当たり前なことを、という顔で見られた。

 こういうファンタジー世界って、地球みたいに丸くないか、丸くてもあんまり科学が進んでなくて未解明な印象だったけど、侮っていたか。


〈相棒、ちなみにだけど、地球でも地球球体説は紀元前三世紀には確立されていたからね。侮りすぎだよ〉

「ファビ、思考を読まないでくれ」

「あの、じゃあこのフラスコの中身って、つまり……文字通り、星なのですね……?」


 ラティーシャちゃんは頭を抱えるようにして、しゃがみ込んだ。

 どしたどした。


「……星生みとか、神様の御業なのですよ……。ケンゾーさん、なんてものを作って……」

「そんな大したもんじゃないって。小惑星だし、あくまでフラスコ内で、無限にコーンが収穫されるだけのものだから」

〈大したもんだよ、それだけで。……ラティーシャ、深く考えすぎないで。どうせ、現状じゃ答えは出ないんだし〉

「……そうするのです。ただ、『ケンゾーさんが、なぜボクらの世界に来たのか』について、いくつか仮説があったのですが……ひとつ、有力になったのです」

「お、なに? やっぱり転生だから、女神の仕業だったりするのかな? テンプレ的に」


 俺のふざけた物言いに、しかし、ラティーシャちゃんは真面目な顔でうなずいた。


「はい、なのです。星生みの女神さまが、使徒として遣わされたのかも、と。超常の力にも、説明がいくのです」

「……まじか」

「なので、結論から言うと、ケンゾーさんは、いずれ教会勢力にも目を着けられると思うのです。三大勢力コンプリートなのです」

「……あんまり増えてほしくないなァ、面倒ごとは」


 領主とギルドだけで手いっぱいなのに。

 『玉蜀黍小惑星』の下部の格納スペースから、トウモロコシをひとつ拾う。

 緑の外皮を剥けば、みずみずしい黄色い粒がいくつも並んでいた。

 粉にするなら、製粉系設備が必要だが……現状、二人で食べるだけなら、石臼でもいいか。最高レアリティの設備を作ると、また叱られそうだし。

 でも、ひとまずは。


「そろそろ昼だし、今日はそのまま焼いて食うとするか」


 ●


 焼きもろこしを二人で六本たいらげた俺たちは、食堂で一休みしていた。

 濾過機を作っていないため、依然として聖水をがぶ飲みする生活だが、食事については――栄養の偏りに目をつむれば――トウモロコシで解決したと言って、過言ではない。

 こうなると、ギルド支部長からの返事が来るまで、ほんとうにやることがないな。


「そんじゃ、飯も食ったし……昼寝でもしようかなァ」

「食べてすぐ寝ると、オークになるのですよ……すぴ」


 ラティーシャちゃんが秒速で舟をこぎ始めた。

 よし、俺も……。


〈相棒。暇なら修行を始めたほうがいい〉


 食堂の椅子を三脚並べて寝ようとしていたら、ファビがいきなり、少年マンガみたいなことを言った。


「……修行って、なんの?」

〈戦闘のだよ。決まってるよ〉

「いやァ、必要ないでしょ。俺、戦わないし。昨日も言ったけど、俺はだれも殺す気ないからさ。戦いは避けて、話し合いで解決を……」

〈相棒、だったらなおさら、武力は必要だよ。戦いを避けて話し合いで解決したいなら、ね〉

「いやいや、それじゃ前提がおかしくなるって」


 だが、おねむのラティーシャちゃんも、目をこすりながらうなずいた。


「ファビさんの言う通りなのですよ。弱者は話し合いすらできないのです。奪われるだけなのですから。弱者側から仕掛けられる話術は、話し合いではなく嘆願――命乞いだけなのです」


 ……これだから、深掘りしてほしくなかったんだよなァ。

 俺の『殺したくない』は感情の問題だ。自覚はあったが。

 だから、理屈で来られると、確実に論破されてしまう。

 言い返せなくなった俺に、ファビは言う。


〈加えて言えば、どれほどの強者であっても、敵は殺せるときに殺しておくものだよ。なぜだか、わかる?〉

「……わからん」

〈倒した敵を解放すれば、報復されるかもしれないからさ〉

「そしたら、また倒せばいいだろ」

〈でも、強者本人を殺せないとわかったら、相手が次に狙うのは周りのひとたちかもしれないよ。家族、友達、近所の人……ただ同じ街にいただけのひとだって、狙われるかも〉


 淡々と、ファビは言う。


〈殺せるときでも、殺さない――そういう立場を貫きたいなら、力は必要だよ。自分を守り、周りのひとたちも守り、関係ないひとすらも守り切ってなお余るくらい、圧倒的な強さがね〉


 ……道理である。強さそのものは、あって困るものではない。

 そして……ファビは、俺がだれも殺さなくて済むような方向性で、話を進めてくれている。

 いい子だ。娘がいたら、こんな感じだろうか。……ファビって何歳なんだろうな。

 少年少女のような声から、年下感覚で接しているが、いつの時代の英霊かもわからないんだよな。

 地球の知識があるあたり、この世界ではなく、地球由来の英霊なのだろうが……考えてもわかりそうにないので、この疑問は一旦忘れることにする。


「で、ファビ。修行が必要なのは、わかった。だが、具体的になにをどう鍛えればいいんだ? やっぱりアレか、素振りとかか」

〈素振りもするけど……まずはお腹のぜい肉とか、関節の硬さとか、筋肉量とか、なんとかしないといけないでしょ。戦闘技術はファビが補うとしても、戦闘に耐えられる体づくりをしておかないと〉


 たしかに。

 ファビが動くたびに全身バキバキになるのは、避けたいところだ。


〈だから、まずは基礎体力。しばらくはファビを着たまま生活してもらうから。ランニングを基本に組み立てていこうか。あ、もちろん、ダイエットもするよ。食生活から見直してもらうからね〉

「……それってさァ、もしかしてラーメン食っちゃダメだったりする?」

〈ダメ。……と言いたいけど、無理なダイエットは続かないっていうからね。週一くらいなら、食べてもいいかな〉

「マジかよ。もう心が折れそうだ」

〈まだ始まってないけどね〉


 長年連れ添った脂肪とお別れできる気は全くしないが、せっかく、ファビという専属トレーナーがいるのだ。

 がんばろう。


「あ、素振りに関しては、ボクも混ぜていただきたいのです」


 ラティーシャちゃんが手を挙げた。


〈なぜ? ラティーシャは魔術師でしょ〉

「『次元刀』の解析が、まったく進まないので。アプローチを変えて、魔術師としての立場ではなく、『次元刀』に見合った立場から見てみようと思ったのです」

「つまり……ラティーシャちゃんは剣士にジョブチェンジするのかい」

「あくまで、剣技を習うだけなのです。……でも、習うからには、全力でやるのですよ」


 ラティーシャちゃんは、あまり全力には見えない顔で「ふわぁ」とあくびをして、机に突っ伏した。……寝てる。

 俺は昼寝を諦めて、さっそく走りに行くことにした。

 ……ランニングなんて、いつぶりだろうなァ。


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