第12話 ひとまず待つしかないおじさん
ラティーシャちゃんの説明は続く。
「冒険者ギルドは、冒険者と依頼主のあいだを仲介する、国際的な
「国家を超えた身分?」
「冒険者は、軍を含む国家のあらゆる組織に所属できないのです。戸籍もギルドの預かりとなり、生まれた国の国民ですら、なくなるのです」
〈……なるほど。国家間のいざこざを越えて、人類全体で強大なモンスター等に対応するための組織であると同時に、強すぎる個人を国家で保有させない仕組みでもあるわけなんだね〉
「なのです。ギルドに加盟すると、自国の将来有望な戦士が冒険者になってしまう可能性もあるのですが、逆にギルドに加盟しないでいると『国家存亡の危機』に強力な冒険者の力を借りられないのですね。一長一短というわけなのです」
……ほ、ほほう?
ええと、つまり、『強い冒険者』は強力な兵器のようなものだから、人類の危機に対応させると同時に、ひとつの国による独占を防ぐ……的なニュアンスだろうか。
うっすら気づいてはいたが、ファビ、俺よりだいぶ賢いな?
「ただ、それゆえに巨大な戦力を持つギルドは、国家や領主からの『緊急クエスト』を受ける義務があるのです。もちろん、内容は精査されるのですが……ティリクの森にいきなり生えた『大鍛冶城』は、ギルド的にも無視できない重大異変なのです」
「……冒険者ギルドにも目ェ付けられるだろう、と」
というか、ラティーシャちゃん自身が、ギルドの冒険者という立場から俺に『目ェ付けてる』ひとなわけだし。
グランバル領は利権と崖っぷちな経営状況から、冒険者ギルドは人類の危機という視座から、『大鍛冶城』ひいては俺――より正しく言えば、俺の【ソードクラフト:刀剣鍛造】由来の物品――を、絶対に無視できないわけだ。
地球の感覚で言えば、現代日本の山奥に、いきなり『未知の技術を扱う宇宙人』が降り立ったようなモノだろう。
「そして、ここからは推測なのですが……領主ファオネムは『調査の名目で、開拓拠点になりそうな城を、ギルドに横取りされたくない』と思ったのではないかと」
苦虫を嚙み潰したような顔で、ラティーシャちゃんは言う。
「……なので、テシウスと『領地にとって有利な調査をする代わり、ラティーシャ・ネオンプライムのいる場所に送り込む名目を授ける』というような密約を結んで、緊急クエストを発行したのではないか、と思うのです」
「なァるほど。ギルドは逆に、俺や城の調査が終わってからじゃないと、態度を決められないもんねェ。先んじて行動したかったわけだ、領主さんは」
テシウスくんが、俺に対してやけに敵対的だった理由もわかった。
俺を消して、ラティーシャちゃんを奴隷化して黙らせれば、『大鍛冶城』は無人の拠点だったってことにできるもんな。
〈……うーん。いろいろ面倒だね。あの四人、殺して逃げればよかったよ〉
「おいおい。それはダメだぞ、ファビ」
乱暴なことを言うファビをたしなめる。
〈どうして?〉
「俺がイヤだから。……深掘りしないでくれよ、甘いのは自覚あるから」
〈……ふうん。変なの〉
人殺しが仕方ないときも、ままあるのだろうと思う。
戦争についての理解が浅い俺でも、殺されないために殺さざるを得ない状況があることくらい、わかる。
でも、殺さなくて済むなら……俺は、殺さないでいたい。
ラティーシャちゃんもうなずいた。
「ボクとしても、冒険者の殺害逃亡はオススメしないのです。ギルドと対立すれば、超国家間組織に追われることになるのです」
〈でも、逃げなくても、これから対立する可能性もあるんでしょ。ラティーシャは、どうなの。もしギルドが相棒との対立を選んだら、どうするの。敵になるなら、容赦はしないけど〉
歯に衣着せないファビの言葉に、三角帽子を揺らして、ラティーシャちゃんはため息を吐いた。
「……ボクは、ケンゾーさんの味方でありたいのです。だから、ボクはケンゾーさんの権利と命を守った上で、平和的な着地点を模索したいのです。能力以外は、ただの親切なおじさんだって、わかっていますから」
〈ギルドを裏切ることになっても?〉
「……そうならないよう、ギルドのほうは、ボクがなんとかするのです」
しがらみがあるだろうに……。
ラティーシャちゃんは、ギリギリまで俺の側に立ってくれるらしい。
「ありがとうねェ、ラティーシャちゃん。恩に着るよ」
「いえ、命の恩人には、これくらいさせてほしいのです。『次元刀』まで貰っているのですし……えへへ」
照れたように言う。
……娘がいたら、こんな感じなのかなァ。
こんなに素直な娘さん、なかなかいないだろうが。
「……しかし、だとすると。問題は、やっぱりファオネム・グランバルさんのほうか」
「なのです。テシウスを撃退したことで、そちらがどう出るか、わからないので……」
「ふぅむ」
ファオネムさんは、ティリクの森を開拓したいわけだ。
俺としては、『大鍛冶城』をティリクの森開拓の拠点にすることに異存はない。
できれば、領主さんとも友好的な協力体制を敷きたいところだが……俺の権利をどこまで勝ち取るか、という話だろう。
領主に、ギルドに……ええい、ややこしい。
……そういえば。
「なんか、もう一個、勢力あるんじゃないの? 宗教のやつ」
「……辺境では、教会勢力は少し弱めなのです。彼らは人口の多い場所に根付きますので。この
グランバル領においては、宗教の勢力は弱めだと。
おっけー、おぼえた。……いつまでおぼえていられるかは別にして。
〈……相棒、話を戻すけど。領主は、どうする? 必要なら、ファビが斬り捨てるけど〉
いやァ、だから斬り捨てちゃダメだって。
「俺、開拓権だのなんだのを知らなかったとはいえ、『大鍛冶城』を建てた以上、製造者責任ってやつがあるよねェ。今後、この城をどうするかの話が一段落するまでは、ここにいるよ。逃げちゃ、見張りちゃんにも迷惑だろうし」
「見張りちゃん、という呼び方はやめてほしいのですが」
ラティーシャちゃんは苦笑した。
「ともあれ、しばらくは、ギルド支部長からの返事を待つとしましょう。『大鍛冶城』の現状と、ケンゾーさんについての所見を記してあるのです。領主とも、ある程度は話を着けてくれるはずなのです」
そういうことになった。
なので、手紙の返事が来るまで、俺も、俺の監視役のラティーシャちゃんも、『大鍛冶城』にいるしかない。
こちらから街に向かうことも考えたが、ラティーシャちゃん曰く「『大鍛冶城』から目を離したすきに、乗っ取られる可能性もあるのです」とのこと。
さすがに500万ポイントの城を乗っ取られるのは、よろしくない。
なので……。視線を、横に向ける。
でん、と横たわる、巨大な生き物の死体。
「……そろそろ、片付けよっか、これ。ラティーシャちゃん、捌き方わかる? 教えてくれない?」
「そんな魚みたいな……。ボクも、竜の捌き方はよくわからないので、てきとうにやるしかないのではないかと」
俺とラティーシャちゃんは、その日の残りを使って、なんとか鱗主を解体した。
……解体というか、『次元刀』でぶつ切りにしただけだが。
なお、その間、ファビはずっと、
〈ナイフ代わりに使われるなんて、刀が泣いてるよ。ファビにはわかる〉
と、ぶーぶー文句を言っていた。
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