第11話 全身バキバキおじさん


「ともあれ、ギルドと領主の話を――する前に、そちらの鎧について、ご説明いただけるのです? テシウスを倒したのも、その鎧の効果なのですよね? さっきから、たまに喋っているようなのですが……」

「コレ? あー……『英霊宿る竜具足』って、いうんだけどさ。俺にもよくわかんないんだけど、悪い子じゃないと思うよ」

「よくわかんないって……まあ、いいです。……鎧さん、お話できます?」

〈できるよ、ラティーシャ・ネオンプライム〉


 ラティーシャちゃんは「おお……」と驚きつつ、鎧にぺたぺた触れた。


「鎧さん……では、失礼ですね。お名前は?」

〈……わからない。記憶がないんだ。自分が技量の高い英霊だということ、【ソードクラフト】のアイテムであること、ある程度の地球の知識……くらいかな。この世界については、相棒と同じ程度しか理解してない〉

「ふむ。では、鎧さんの呼び名が必要ですね。希望はありますか?」


 鎧はしばらく黙ったあと、おずおずと口を開いた。

 ……口がどこかは知らんが。


〈……できれば、相棒に……ケンゾーに付けてほしい〉

「だそうですよ、ケンゾーさん」

「ええ、俺が付けんの? おじさんだけど、いいの?」

〈変な名前だったら、チェンジしてもらう〉


 センスを問うなら、最初からおじさんに頼らないでほしいのだが。

 しかし、喋る鎧の名前か……。

 ……そういえば、子供のころ、喋るぬいぐるみのおもちゃが欲しかったんだよなァ。

 友達が持ってたから、俺も欲しくなったんだっけ。

 母さんに泣きついたけど、貧乏だからと、買ってもらえなかった。

 いま思うと、あれは母さんにわがままを言いたかっただけなのかもしれない。

 俺が本当に欲しかったのものは、いつも仕事で家にいなかった母さんとの時間で。

 だから、母さんを困らせるようなことを言ったのだろう。

 寂しさを、なんとかして欲しくて。


「……ファビって名前は、どうかなァ。ああ、いやならもちろん、他の名前で――」

〈……ファビ。ファビ、か。うん、いい。かわいいし、悪くない。今後とも、ファビをよろしくお願いするよ〉


 俺の名付けは、ファビに受け入れられたらしい。

 ほっとする。


「よろしくな、ファビ」

「よろしくお願いするのです、ファビさん。では、ギルドと領地の話を――」

「あ、ラティーシャちゃん。その前にさ」


 俺はぎくしゃくした動きで地面に座り込んだ。


「……もう全身めちゃくちゃ痛くてさァ、一休みさせてもらっていい? 腰とかもう砕けそうで……」

〈ごめんね、相棒。ファビ、ちょっと相棒の運動不足を見くびってた〉

「ああ、急に、無理やり体を動かされたから……。ケンゾーさん、回復ポーション、使いますか? いちおう、いくつか手持ちはありますが……」

「回復ポーション! そういうのもあるのか……。いや、それなら俺も作れるはずだわ」


 なるほど、なるほど。その手があった。

 薬草を磨り潰しての調剤も可能だが、ちょっと今は余裕がないので、クラフトポイント交換で『道具:最上級回復ポーション』を実体化させ、飲み乾す。


「うー……。あ、痛みはなくなったわ。むしろ調子よくなったかも」

〈すごい薬効だね。さすがは『飲めばたちまち致命傷すら癒す秘薬。肩こり、腰痛、疲労回復、その他不治の病にも効果抜群!』って説明文なだけあるよ〉

「……あの、いまものすごい説明が聞こえたのですが……それ一本売るだけで一生遊んで暮らせそうな秘薬なのでは……?」


 マジで? 困ったら売ろう。


〈効きすぎだし、デメリットとかありそうで怖いね。ファビ、ちょっと心配〉

「その点は、たぶん大丈夫だと思うぞ。いろいろ作ったけど、いまのところ、フレーバーテキストに書いてある以上のことは起こってないし」

〈……そうなんだ。だとすると――〉


 言葉の途中で、ファビが押し黙った。


「ファビ? どした?」

〈なんでもない。それより、元気になったなら、ラティーシャの話を聞こうよ〉


 ファビに促されて、ラティーシャちゃんがうなずく。


「では、この世界の常識のお話――ギルドと領主のお話をするのですよ」


 ●


 ラティーシャちゃん曰く、この世界には三つの大きな勢力があるという。

 ひとつめが、国家。

 ふたつめが、冒険者ギルド。

 みっつめが、教会。


「国家とは、領土と国民、そして統治組織によって成立する共同体なのです。……ケンゾーさんの世界も、そこは同じだったのですか?」

「わかんない。おじさん、国の定義とか考えたことないや」

〈一緒だよ。……相棒、公民の授業ぜんぶ寝てたの?〉


 寝てました。すいません。


「国家はたくさんあるので、それぞれの説明はさておいて……ティリクの森に関しては、アゾール王国辺境の地、グランバル領に接する未開拓地なのだとは、知っておくべきなのです」


 アゾール王国における領地とは、王から下賜されたり、先祖代々の土地を持って王国に参入したり、いろいろ違いはあるそうだが、領主とはその領地の主。

 領地の王と言い換えてもいいのだ、とラティーシャちゃんは語った。

 もちろん、国王がいちばん偉いものの、いわゆる都道府県知事とは全く毛色が違う。国王に不満があれば、領地ごと王国を離脱したり、あるいは堂々と反目したり、場合によっては謀反を起こしたりもするのだとか。

 どちらかといえば、戦国武将に近いのだろう。

 で、このティリクの森は、グランバル領に接する巨大な森林で、未開拓。

 たくさん資源があるものの、鱗主を代表とするモンスターたちのせいで、開拓はまったく進んでいなかったとか。

 ……今までは。


〈さっき、そこそこの剣士が「グランバル領が開拓権を持つ」とかなんとか言っていたのは、つまり開拓の足掛かりとして『大鍛冶城キャッスル・オブ・ブラックスミス』が欲しいってことなんだね〉

「なのです。この『大鍛冶城』は、領主から見れば『開拓権を無視して勝手に建てられた城』であり、同時に『グランバル家が長年開拓できなかったティリクの森を攻略する手立て』でもあるのです」


 うげ。俺には難しい話だが、ようするに……。


「偉い人に目ェ付けられる条件は、揃っちゃってるのか。あちゃー」

「ちなみに、グランバルの領主ファオネムは借金漬けで、ティリクの森の開拓が唯一の逆転方法だと考えているそうなのです。急に現れた城でもなんでも、とにかく手に入れて『開拓が進んでいる』と主張したいのでしょうね」

「……それじゃ、城を明け渡せって言ったテシウスくんは、領主さんの手下なのかい? 冒険者ギルドは、領主側についている……?」

「そういうわけでもないのです。……それでは、冒険者ギルドの説明に移るとするのです」


 冒険者ギルド。いかにもファンタジーな存在だ。

 不真面目だが、ワクワクしてきたおじさんである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る