第10話 達人(偽)おじさん
喋る鎧に体を乗っ取られている……って、コレ呪いの装備なんじゃないか?
いまのところ、悪い鎧ではなさそうだが……。なんか怖くなってきたなァ。
しかし、目の前で臨戦態勢に入った冒険者は、当たり前だが、震える俺なんて知ったこっちゃないらしい。
「我が名剣『
「やっぱり話し合おうよ、テシウスくん。おじさん、ちょっと対応しなきゃいけないトラブルがあってさァ」
「ならば、武器を捨てて投降せよ。できぬなら、戦うしかあるまい。……だいたい、最初から気に入らなかったのだ。私のラティーシャが、貴様のような身元の知れん男と、一緒にいたなど……」
ううむ。困ったなァ。
話し合いには、応じてくれないらしい。
俺、体の主導権を鎧に奪われているし……。
ラティーシャちゃんも、杖を構えてはいるけれど、テシウスくんのお仲間さんたちと睨み合っていて、俺の方には来られないっぽい。
冒険者チームとして、連携が取れているということなのだろう。
もう、どうにでもなるしかないのか。
〈相棒。ちょっと激しく動くけど、我慢してね。兜の中で吐いたら怒るよ〉
「おじさんを急に運動させちゃ、ダメだと思うんだけどなァ……」
「なにをブツブツ言っているのかは知らんが……安心せよ。一撃で終わらせてやる!」
テシウスくんの体から、赤いオーラみたいなものが立ちのぼる。
うわ、なんだあれ。魔法か?
「武技『音速突き』を食らえッ!」
テシウスくんの姿が、視界から掻き消える――と同時に、またしても視界が、ギュンッ、と加速した。
……気づくと、俺とテシウスくんは立ち位置を入れ替えて、背中合わせで立っていた。
お互いに技を放って、すれちがったみたいに。
俺の体が(勝手に)ゆっくりと『次元刀』を鞘に納めながら、振り返った。
テシウスくんの背中は、まだ微動だにしていない。
〈じゃ、対あり〉
鎧のやる気のない挨拶と共に、テシウスくんのレイピア……鷹穿ちが、ばらばらになって地面に落ちた。
次いで、テシウスくんの軽鎧、服までもが弾け飛び、パンツ一丁になって――どう、と地面に倒れ伏す。
「テテテ、テシウスくーんッ!?」
〈安心して、相棒。峰打ちだから。……装備以外はね〉
慌てて駆け寄ろうとして――しかし、俺の体はぎくしゃくした奇妙な動きしかできなかった。
「う、うおお……!? 体が! 体がいてえ……!」
〈……相棒、体硬すぎだよ〉
「なにしたんだ、お前!?」
〈相手より速く動いて、次元刀で装備を切り刻んで、最後に刀の峰でぶん殴っただけ〉
……。ということは。
つまり、やはりこの鎧……『英霊宿る竜具足』は、きちんと英霊が宿っているらしい。
ラティーシャちゃんが「腕はいい」と言うレベルの冒険者であるテシウスくんを、歯牙にもかけないレベルの、とんでもない達人の霊が。
その達人が、俺の体を使って実力を発揮し――結果、俺の関節、神経、筋肉……そのすべてが、痛い。
筋肉痛の心地よい痛みと疲労感などではなく、全身が捻挫したみたいな感覚だ。
木製の操り人形みたいな動きで、なんとか体の向きを変える。
同時に、牽制しあっていたお仲間三名とラティーシャちゃんも、こちらの様子に気づく。
「大変だ! 色ボケがパンイチで気絶してるぞ!」
「マジか! ……なあ、いまのうちに
「さすがに殺すのはちょっと……。……頭まで地面に埋めて、その上で焚き火をする程度で許して差し上げませんか?」
女狩人さん、女戦士さん、女僧侶さんの順番で言う。
……さらっと蒸し焼き拷問を提案している僧侶ちゃんがいちばん怖いなァ。
「埋めて焚き火とか、そんなの困るのです。ちゃんと持って帰ってください、不法投棄はよくないのです」
と、ラティーシャちゃんがぷんすこする。
そういう問題か? 嫌いな奴でも、人命だろうに……。
「……だが、勝負あり、だな。そのアホを瞬殺できるやつを相手に、アタシらが勝てる道理はない。投降する。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「おじさんに、人間を煮たり焼いたりする趣味はないよ……」
「ケンゾーさんが優しくてよかったですね、みなさん」
ラティーシャちゃんがツンとした顔で言う。
「あ、でも敗者に要求がひとつあるのです。支部長宛てに事情説明の手紙を書くので、渡してくれませんか。あなたたちだけでも、テシウスを担いでティリクの森を抜けるくらい、簡単でしょう?」
「……わかった。手紙は承る。それと……おい、珍妙な鎧男」
「は、はい? なんですか?」
女狩人さんは、きりっとした顔で俺を見た。
「先ほど弓を射かけたこと、テシウスが急に戦いを仕掛けたこと、申し訳なかった。そして、馬鹿を殺さないでくれたことに感謝を。……この浮気男を殺すのは私たちのだれかで、早い者勝ちという密約があるものでな。他人に殺されると困る」
「……なんか、不思議な関係なんだね……?」
「そんな目で見るな。自覚はあるんだ。……ラティーシャ・ネオンプライム。手紙、すぐに用意できるか?」
「はいなのです」
ラティーシャちゃんがバッグから紙と羽ペンを取り出し、その場でさらさらと手紙を書いて、女狩人さんに渡した。
その間、俺は全身の痛みに悶えていて、女戦士さんと女僧侶さんはテシウスの剣の残骸を拾い集めていた。どうするんだろう。溶かして打ち直すのかな。
すぐに彼女たちの準備が終わって――「一晩くらい泊まっていけばいいのに」という俺の申し出はやんわりと断られた――城壁の正門から去っていく。
「……なんか、大変だったなァ」
「大変なのは、これからなのです。ギルドはともかく、グランバル領の動きが思ったよりも早いのです……」
彼らの背中を見送りながら、ラティーシャちゃんが大きな溜息を吐いた。
「……あとケンゾーさん、わざわざボクをかばわなくてもいいのです。自分でなんとかするのですし、ケンゾーさんが戦う必要もなかったのです」
「いやァ……。俺も、話し合いでなんとかしたかったんだけどさ」
「普通に生きたいなら、もっと賢く行動すべきなのです」
「たしかにね」
厳しい言葉に苦笑しつつ、俺は痛む腕でラティーシャちゃんの三角帽子をぽんぽん叩く。
「でもさ、困ってる子を助けるのも、普通のことだと思うんだよねェ。俺は、そういう風な『普通』がいいよ。だから、次にラティーシャちゃんが困ってたら、やっぱり俺は手を出しちゃうと思う」
ラティーシャちゃんは何秒か俺の顔を見上げたあと、三角帽子を下げて顔を隠して言った。
「……ケンゾーさんは、ばかなのです」
「否定できないねェ」
「……ばかなのです」
二回も言わなくていいじゃないか。
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