第9話 困惑おじさん


 テシウス・アドレウスなる男は「とうっ」と城壁から飛び降りて、城郭都市内に着地した。

 次いで、三人の女性が無言で飛び降りてくる。

 なんだなんだ。急に人間がいっぱい増えて困惑するおじさんである。


「ええと……テシウス、くん? あの、ラティーシャちゃんなら城の中にいるけど。呼んでこようか?」

〈その手間はいらないみたいだよ、相棒〉


 また、謎の声。

 どういうことだ? と問い返す前に、俺の隣にラティーシャちゃんが、ひゅたっと降りてきた。

 城のバルコニーから飛び降りてきたらしい。

 すごいな、冒険者。みんな飛び降りて登場するじゃん。


「……なんで、よりにもよってテシウスがいるのですか……」


 イヤそうな顔で、ラティーシャちゃんが呟く。

 反対に、テシウスくんはにんまりと笑った。


「ラティーシャ! 迎えに来たぞ!」

「は? 呼んでいないのですが。勝手に来ないでくださいなのです」

「呼ばれなくても駆けつけるのが、真の愛というものだ」


 気障っぽいことを言う子だ。

 俺はラティーシャちゃんに顔を寄せて、小声で問う。


「ラティーシャちゃんの知り合い?」

「……ボクのストーカーなのです」


 ラティーシャちゃんは、どんよりした溜息を吐いた。


「テシウス・アドレウス。金級冒険者の剣士で、腕はたしかなのですが……性格に、ちょっと……だいぶ……問題がありまして」

「はあ。たしかにナルシストっぽいけど」


 問題っていうほどじゃないような。

 俺の疑問をくみ取ったのか、ラティーシャちゃんは杖の先をテシウスくんの周りの女性たちに向けた。


「彼女たち……パーティーメンバーは全員テシウスの奴隷なのです。アイツの愛とは『決闘で負かした相手を奴隷にして手元に置く』ことなのですよ」

「え? ど、奴隷!?」


 奴隷制度があるのか、この世界は……。

 しかし、現代日本の雇用形態だって、なかば奴隷のようなモノだ、とはよく言う話だし、古代ローマの奴隷は家族同然で高度な労働にも従事し、個人の財産を持つこともできたと、なにかの漫画で読んだ。

 この世界の奴隷制度が、どういう奴隷制なのか、簡単には判断できないが……。

 まず間違いないのは、ラティーシャちゃんは嫌がっているということ。


「テシウスくんは、ラティーシャちゃんも奴隷にしようと狙っているのかい」

「なのです。ボクがティリクの森……グランバル領に来たのも、そもそもテシウスから逃げてきたからなのですよ。決闘を断り続けるのも面倒で……」


 ほんとうにイヤそうな顔だ。ラティーシャちゃんも、こういう顔するんだな。


「おいおい、勘違いしないでくれたまえ。私は奴隷には不自由させない。妻として、共に戦う仲間として、丁重に扱っているとも」


 テシウスくんから訂正の言葉が飛んできた直後、女狩人が挙手して、テシウスくんを指さした。


「勘違いしないで頂戴。私たちもコイツのことは、心底キモいと思ってるわ」


 女戦士と女僧侶も「うんうん」とうなずいている。

 仲良しハーレムパーティーかと思ったら……。


「はっはっは! こういう強気な女を奴隷にして無理やり抱くのが、いいんじゃないか!」

「ね? キモいでしょ?」


 ドン引きである。怖い男って、いるよな……。


「で、テシウス。ボクを追って、こんなところまで来たのですか。邪魔なので、さっさと帰ってほしいのです」

「違う。たしかに、グランバル領まではラティーシャを追ってきたが、ティリクの森に入ったのは、ちゃんとした依頼だとも」

「依頼? ……まさか、ギルド支部長が?」

「そうだ。キミからの伝書鳩を受け取ったはいいが、ティリクの森の奥にまで踏み込める冒険者は、そういないからな。俺に白羽の矢が立った。……支部長は嫌がっていたが、後押しもあってね」

「後押し? ギルド支部長に、あなたを無理やり採用させられる人間となると……領主のファオネム・グランバルですか」

「さすが、話が早い。では、本題に入ろうか。私の目的はふたつ。ひとつは、ラティーシャの保護だ」

「お断りなのです」

「まあ、聞け。ふたつめだが……」


 なんの話か、わかんなくなってきた。だれだよ、ファオネムって。

 置いてけぼりになっている俺である。鍛冶場戻ろうかな。


「……この城の調査だ。モンスターを寄せ付けない異様な城に、見たこともない装備、そして鱗主の死体……貴様、この城に住んでいるのか?」

「え、あ、うん。そうだけど。俺の城だし」

「ケンゾーさん!」


 ばっ、とラティーシャちゃんが振り向いて俺を見た。

 急に問われて、つい反射的に答えてしまったのだ。

 ラティーシャちゃんの責めるような顔に、申し訳ない気分になる。


〈相棒、それは言わないほうが良かったんじゃないかな〉


 謎の声にもいさめられた。

 ……この謎の声、発言内容的には敵じゃないっぽいんだよな。

 俺のこと、相棒って呼んでるし。


「……ケンゾーとやら。このティリクの森は未開拓ではあるが、開拓権はグランバル領が持つ。即刻、城を明け渡せ」

「待つのです。いきなり明け渡せというのは、無法が過ぎるのです。……どうやって建てたかは割愛するのですが、たしかにケンゾーさんの城なのです」

「無法はそちらだ。こちらが法側なのだからな。ケンゾーの城? バカなことを。大方、なにかの拍子で地表に出てきた古代遺跡の類なのだろう? 持ち主は発見者ではなく、グランバル領主ファオネムである」


 ううむ。

 どうしたものか……と思っているあいだに、テシウスくんが歩いて近寄ってきた。


「領主の土地で、権利を騙るというのなら、いまの私には貴様を連行する権利がある。武器を捨て、大人しく縄につけ。……ラティーシャ。キミも保護する。ついてきてもらうぞ」

「イヤなのです。もう少ししたら、ボクも一度街に戻りますので。そのとき、ギルド支部長には自分から説明するのです」

「聞き分けのない女は嫌いじゃないが、私はこんな森にも、不気味な城にも長居するつもりはないのだ。無理やりにでも着いてきてもらう」


 テシウスくんの手が、ラティーシャちゃんに伸びる。

 とっさに、テシウスくんの腕を横からがっちりと掴んでしまった。


「……ケンゾー。貴様、なにをしているのかわかっているのか?」

「イヤがってる女の子に無理やりっていうのは、おじさん、良くないと思うなァ」

「手を離せ。そして、武装を解除せよ。私は金級の剣士だ。怪我をしたくなければ、さっさと退け」

「話し合いで解決できると思わない?」


 穏便にそう告げると、テシウスくんが微笑んだ。


「そうか。――ならば死ね」

〈相棒。ちょっと、体を借りるよ〉

「え? うおッ!?」


 急に、視界が急加速した。

 瞬く間に抜刀されたテシウスくんのレイピアが、ものすごい速度で俺に迫り――しかし、俺もまたものすごい速度でバックステップを踏み、回避したのだ。

 ドッ、と心臓が痛いくらいに脈打つ。

 い、いま、体が勝手に動いたぞ!?


「……ほほう。単なる素人かと思えば、いまの回避は見事じゃないか。興が乗ってきた……! グランバル領主、ファオネムの名代として、貴様に刑を執行する!」


 テシウスくんが、にやりと笑ってレイピアを構えなおした。

 俺の体も、勝手に次元刀を抜いて、両手で握って正面で――正眼の構えっていうんだっけ?――構える。


「ケンゾーさん、戦っちゃダメなのです! テシウスは金級の剣士なのですよ!?」

「そう言われてもさァ、なんか、体が勝手に動くんだよ……!」


 焦るラティーシャちゃんには申し訳ないが、体が……というか、鎧が勝手に動いているのだ。

 ……あ、まさか。


〈次元刀か。切断力が高すぎて、手加減しにくいな。まあ……峰打ちで、なんとかしようか〉


 この謎の声。


「も、もしかして……『英霊宿る竜具足』か!?」

〈気づくの遅いね、相棒〉


 どうやら、鎧が喋っているらしかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る