第8話 生活おじさん


 『破魔の石灯篭』によって城壁内の安全は確保できたが、一生ここに引きこもるわけにはいかない。

 クラフトポイントだって、このペースで消費していたら、すぐになくなってしまうし……。

 飯のたびに、ポイントで交換するような生活は避けるべきだ。

 ……今日もさっそく豚骨ラーメンを作ってしまったわけだが、クラフトポイントを初期投資にして設備を整え、ポイント交換無しで豚骨ラーメンを自作できるような環境作りが必要なのである。

 普通の生活を送れる程度の設備を作ったら、クラフトポイントは封印すべきなのかもしれない。

 ……ふむ。普通の生活、か。


「ラティーシャちゃん、この世界での目標なんだけどさ」

ふぁひはい


 俺の出したラーメンをずるずるとすするラティーシャちゃん。

 石灯篭を設置してから一夜明け、城内に泊まった彼女に寝床だけでなく飯まで提供している俺である。

 朝からラーメンは少し重たいかもしれないが、若い子見ると、なんかカロリーのある飯を食わせたくなるんだよなァ。

 おじさんってそういう生き物だから。


「普通に生きるのが目標、ってのはどうだろう」

「無理なのです」

「判断が早い」


 生殺与奪の権を決して奪われなさそうなスピード感だ。

 ラティーシャちゃんは薄切りのチャーシューを箸で器用に摘まみ上げて頬張り、はふん、と満足そうに息を吐いた。


「そもそも、『普通』の定義がわからないのです。昨日からケンゾーさんを見て、話を聞いたから思うのですが……ケンゾーさんは、たぶん平和な世界にいたのですよね。命の危険とか、特にない世界に。それが『普通』な世界に」

「うん。……いや、世界そのものが平和だったわけじゃなくて、戦争とかはあったよ? ただ……俺の近くは、たぶん平和だった」


 実感として、身近にあったわけではない。

 テレビで知る情報、スマホで見るニュースサイトの、さらに向こう側にある「そういう知識」でしかなかった。


「ケンゾーさんの世界が、そうだったように。ボクらの世界もまた、人それぞれの『普通』があるのです。ただでさえ不明瞭な目標なのですが……」


 ラティーシャちゃんは「それに」と言葉を繋いだ。


「たとえケンゾーが『ただの村人みたいに普通に』生きたくても、その特異な【ソードクラフト】なる能力がある以上、だれも放っておいてはくれないのですよ」

「秘密にしとけばいいんじゃないかなァ」

「秘密にしても、特別なナニカというのは、いずれ必ず他人の目に触れてしまうものなのです」


 そういうもんか、とうなずく。

 年下のラティーシャちゃんだけど、俺よりよほど物事をよく考えているらしい。

 俺が平和ボケをしているからか、あるいはラティーシャちゃんがしっかりしているのか。……おそらく、両方なんだろう。


「しかし、なぜ『普通に生きる』が目的なのです? その気になれば、それこそ大金持ちにだってなれるのです」

「あー……いや、俺の母親ね? 俺がガキのころに病気で死んじゃってさ。死ぬ前に言われたんだよなァ」


 病院の白いベッドの上で、チューブに繋がれた母さんは、俺の目をじっと見て、言ったのだ。

『貧乏でごめんね。剣三は、ふつうのしあわせを……手に入れて』

 母以外に家族がなく、もともと貧乏だった俺は、さらに貧乏になって。

 高校卒業後、すぐに働き出して。

 以来、飯を食うため、ただただ働いて。

 いつの間にか三十五歳になっていて。


「元居た世界じゃ、俺は毎日、同じことの繰り返しでさァ。目の前のことだけやって、ひとりで生きてたわけ。この世界に来たのも、なにかのきっかけかもしれない。それなら、俺は俺なりの『普通の幸せ』ってやつを探したい」

「……母のために、ですか。そういうことなら、ボクはケンゾーさんの『普通の幸せ』探しを応援するのですよ。……俺なりの、がとても不穏ではあるのですが」


 ラティーシャちゃんは苦笑して、ラーメンのスープを飲み乾した。


「ごちそうさまなのです。ボクは部屋で『次元刀』の解析をしますが、ケンゾーさんは?」

「ちょっとクラフトしたいものがあるから、鍛冶場にいる。用事あったら声かけて」


 そんじゃ、とラティーシャちゃんと別れ、俺は歯車城に備え付けられた鍛冶場に出た。

 『大鍛冶城キャッスル・オブ・ブラックスミス』は本来、住居でも街でもなく、鍛冶のための設備だ。

 かまどやふいご、金床かなとこにハンマーまで、一通りの設備はそろっている。

 腰に差した『次元刀』を鞘から抜いて、その刃を灯りに透かす。

 光を当てると七色に反射する、不思議な刃だ。


「……過ぎた武器、ってやつだよねェ」


 鱗主と戦って――あのへっぴり腰スラッシュを戦いというなら――気づいたが、結局、俺は強い武器をクラフトできるだけで、強いわけじゃないなのだ。

 武器はあっても、戦う技術がない。

 だから、その部分を補う必要がある。


「まずはクラフトポイント交換からだな。設備があるなら、装備を作るより、素材を交換して自前で作ったほうが安いはずだし……試したいこともあるし」


 素材として『武具:折れた刀』と『中間素材:玉鋼タマハガネインゴット』をポイントで交換する。さらに、鱗主の死体から採ってきた牙や爪、鱗も用意。

 ……あの死体、早々に処理しないと、えらい臭いになりそうだ。ラティーシャちゃん曰く、ティリクの森には、もうすぐ夏が来るそうだし。

 ともあれ、いまはクラフトだ。

 この鍛冶場にも『設備:魔女鍋カルドロン』を設置し、中に『玉鋼』と鱗主素材を放り込む。

 本来は『折れた刀』と『玉鋼』で造る『防具:英霊宿る鋼具足』というアイテムなのだが……鱗主の素材を手に入れたとき、今までのクラフトレシピにはない派生装備が、いくつも増えたのだ。今回はそれを作る。

 『魔女鍋』からボンッと煙が上がり、『中間素材:竜鋼タツハガネインゴット』が完成。

 『折れた刀』を炉で溶かして『竜鋼』と混ぜ合わせ、造形し、叩いて伸ばして……と繰り返していく。

 都合二時間ほどの作業で、『防具:英霊宿る竜具足』が完成した。

 『英霊の魂が憑依した鎧兜の亜種。着用した者に達人の技術を与える。』というフレーバーテキスト。レアリティは、もちろん最高ランクである。

 これを着れば、俺も英霊級の戦闘技術を得られる……はず。

 『次元スーツ』を脱いで、『英霊宿る竜具足』に着替えてみるが……。


「うわ、重た……!」


 作っているときから、うっすら思ってはいたが。

 軽量の全身タイツだった『次元スーツ』と違い、かなり重たい。


「……どっちにしろ、この世界で生活していくなら、体力は必要だよなァ、俺」


 えい、と気合を入れて立ち上がり、ガシャガシャ音を鳴らして、歯車城の外に出る。ほんとうに英霊並みの技術を手に入れられたのか、試運転しなければ。

 いっそ、筋トレがてら、このまま軽くランニングでもしてやろう。

 そう思って、広場をえっちらおっちら走り始めた俺だったのだが――。


〈ねえ、相棒。足を止めて〉

「えっ?」


 脳裏に……ではなく、しっかりと耳に声が聞こえた。

 若い、少年にも少女にも聞こえる声。

 思わずランニングの脚を止めると、ひゅぱッ、と目の前の土に矢が刺さった。

 え、え? なになに? なんなの?


〈向かって右側、城壁の上。『石燈籠』の横。いるよ、そこに。見て、いかにも「僕たちハーレムです!」って感じの一団がいる〉


 また、声。

 言われるがままに見上げると、いくつかの人影があった。

 弓に矢をつがえる狩人風の女性。斧と盾を持つ全身鎧の戦士風の女性。白いロッドを握りしめた僧侶風の女性。

 そして――軽装にレイピアのような武器を携えた、金髪碧眼のイケメン男。


〈構えて、相棒。まだ弓で狙われてるよ〉


 声に戸惑いつつ、俺は腰に差した『次元刀』の鞘を、そっと左手でつかむ。

 対応して矢を放とうとする女狩人を、金髪イケメン男が手で制して、叫んだ。


「私は金級冒険者、テシウス・アドレウス! ラティーシャを迎えに来た! 早々に引き渡したまえ!」


 ……。ごめん、なんの話?


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