第6話 俺だけゲームが違うおじさん


「というわけで、ボクはこの歯車の街にやってきたのです」

「ははあ。それは大変だったねェ」


 俺は相槌を打ちつつ、実体化した聖水を渡す。

 三角帽子ちゃん……ラティーシャちゃん? は、水を一口飲んで、「うわ」と半目になった。


「アイテムボックスに、上等なお水を入れて持ち込むなんて。よほど余裕があるのですね」

「アイテムボックス? いや、クラフトポイント交換で……まあいいか。俺は十六夜いざよい剣三けんぞう。……名前が先ならケンゾー・イザヨイかな?」

「ともあれ、ケンゾーさん。助けていただき、ありがとうございました」


 ラティーシャちゃんは、ぺこりと頭を下げた。


白金級プラチナランクの冒険者、それも魔術師がティリクの森にいるなんて、聞いていなかったのですが……幸運だったのです」

「ぷらちならんく? なんだ、それ。俺は冒険者じゃないぞ。見ての通り、ただのおっさんだ。魔術なんて使えないよ」

「見ての通り……?」


 ラティーシャちゃんは俺を頭のてっぺんからつま先までじっくりと見た。


「……なんか、新手の変態さんって感じなのです」

「命の恩人にいう言葉か、それが。ほんとうに、俺は魔術なんて使えないんだよ」

「魔術師が手の内を晒さないのは当然なのですが、その誤魔化しは無理があるのですよ」


 呆れたように言われましても。


「鱗主を切り裂けるような攻撃は、次元系しかありえないのです。ボクですら一日一度しか撃てない魔術を、剣に乗せて連発できるとなると、白金級の冒険者くらいでしょう。簡単な推理なのです」

「そう言われてもねェ。……魔術って回数制限あんの?」

「いやいや、あるに決まっているじゃないですか。なにを馬鹿なことを……」


 半目のラティーシャちゃん。

 悪い子じゃなさそうだし、俺の事情を話して、いろいろな情報を得るのがいいかもしれない。


「あの、さ。……実は俺、違う世界から来たんだ」

「うわあ……やっぱり新手の変態さんなのです」


 違うって。


 ●


 信じてもらうために役立ったのが、次元刀だった。

 次元刀を渡して、鱗主の死体をスパッと試し切りしてもらったのだ。

 ラティーシャちゃんは仰天して「ホワァ!?」と叫んでいた。


「ま、魔力消費もなにもなく、ほんとうに、ただ斬るだけ……!? 実質ノーコストで次元砕と同様の効果をッ!? 魔術理論の基礎、等価交換の仕組みを無視して……いったいどうやって……!?」


 ぶつくさ言いながら、ラティーシャちゃんは次元刀をいろんな角度から見聞する。


「俺が違う世界から来たって、信じてくれるよな?」

「神の奇跡……あるいは、理を無視した理外の一品……? え? あーはいはい、信じるのです」

「雑だなァ」


 信じてくれるなら、雑でもいいが。

 それはそうとして、ラティーシャちゃんとの会話や反応から、俺も大変な事実に辿り着いていた。


 ……なんか俺だけゲームシステム違うくない?


 魔術の回数制限っていうのは、それこそMPのようなシステムが一般化するよりも前のゲームであった仕組みだよな。

 しかも、【ソードクラフト:刀剣鍛造】では割とメジャーな商材である次元刀を知らない……どころか、神の奇跡扱いしているし。

 ううむ。俺だけゲームが違うとすれば、もっと情報を集めないといけない。

 システムの差だけじゃなく、この世界の常識についても知る必要がある。

 ていうか、異世界なのに俺の言葉日本語が通じるのはなんでだ?

 わからんことが多すぎる……。

 顎に手を当てて考え込んでいると、ラティーシャちゃんが次元刀を鞘に納めて、自分の腰に差した。


「ごほん。取り乱したのです。失礼しましたなのです」

「さらっと俺の武器パクらないでくれる?」


 ずざぁ、とラティーシャちゃんが地面に這いつくばった。

 この世界にも土下座があることが新たに判明した。


「解析! 解析させていただきたいのです! お金は払いますので、しばらくお借りできませんでしょうか!?」

「いや、まあ、別にいいけど……。あ、そうだ。じゃあ、こうしよう。ラティーシャちゃんに、その次元刀をあげる。その代わり、俺にこの世界のことを教えてくれないかな?」

「もらえるんですか!? やったー! ……あ、でも、その程度でいただいていい武器とは思えないのです。あとからえっちな要求をするのはナシでお願いするのです」


 しねえよ。

 さっきラティーシャちゃんから十六歳って聞いたけど、だとすると娘でもおかしくないくらいの年齢だ。犯罪感がすごい。


「別にいいんだよ、次元刀くらい。いざとなれば、素材無しでもあと七十本くらいは実体化できるし。素材と設備があれば、それこそ、いくらでも作れる」

「……は?」

「あ、ちなみに、この城も俺がポイント交換で出した城ね」

「はぁあ……!?」


 困惑するラティーシャちゃんに、クラフトポイント交換の実演がてら、二本目の次元刀を実体化させて腰に差す。

 ラティーシャちゃんは口をパクパクさせたあと、頭を抱えてしゃがみ込み……ややあって、勢いよく立ち上がり、俺の肩をがっしりと掴んだ。


「ケンゾーさん。あなたの存在が世に知られれば、世界は大変な混乱に陥るのです。ケンゾーさんは金の生る木、金剛石の毛玉を吐く猫なのです」

「へー」

「へー、じゃないのですよ。いいですか、ケンゾーさん。あなたはただの兵士に白金級冒険者なみの攻撃力を与えられる、最強の兵器を無尽蔵に生み出せると言っているのですよ!? ……身の振り方は、考えなければならないのです」


 そんなこと言われましても。

 頭ふたつ分は低いところから、俺の困り顔を見上げて、ラティーシャちゃんは眉をひそめた。


「……そもそもケンゾーさんは、どうしてこの世界に来たのですか? なにをしに来たのです? 目的は?」

「え? いやァ……そんな入国審査みたいなこと聞かれても。気づいたら、この森にいたからさ。目的とか言われても、ただ生き延びられたら、それで……」

「達成したい目標とか、夢とか、ないのですか? 元の世界に戻りたいとかも? ボクなら、真っ先にソレを考えそうなものなのですが」

「……あー、どうだろ。どうなんだろうな」


 帰りたい、か。うーん、それは……どうだろう。

 我ながら薄情かもしれないが、地球にはあまり未練がない。

 ラティーシャちゃんは、煮え切らない答えしか言えない俺から手を離して、溜息を吐いた。


「ひとまず、ボクはしばらくここに泊まらせてもらうのです。次元刀の解析もしたいですし、常識の話もしたいですし……」

「おお、助かる!」

「だけど、ケンゾーさん。おぼえておいてください。命の恩人だからこそ言うのですが、あなたは危険すぎるのです。冒険者として、無視できないくらいに」

「……おう」

「ですから……ボクがここにいる間に、答えを聞かせてほしいのです。この世界でなにをするつもりなのかを」


 そう言って、ラティーシャちゃんは「周辺の安全確認と、魔物避けのお香を焚いてくるです」と、城壁のほうへ駆けていった。

 その背中を見送りながら、俺は、俺に問いかけてみる。


「目標、か。どうする、俺……? わかんねえよなァ、俺。だって、日本でも……特に、夢とかなかったもんな。ただ、漫然と生きて、就職して、働いて……目の前のことだけやってりゃ、よかったし」


 転生したけど俺だけゲームが違う。

 しかもどうやら、けっこうチートなクラフト能力を持っている。

 そんな状況で、俺は今後……どうしたいんだろう。


「……考えないとなァ、俺」


 だってラティーシャちゃん、「もし俺の目的がヤバいものだったら、刺し違えてでも俺を討たなきゃいけない」って感じだもんな。

 この仮拠点に滞在するっていうのも、次元刀の存在以上に、俺から目を離したくないからだろうし。おっかねえ。

 ……この世界でなにをするのが目的か。

 そんなの、地球ですら考えたことがない。

 しばらく考えたけど答えは出ず、がりがりと頭を掻いて、俺も城壁のほうへ向かうことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る