第5話 ラティーシャ・ネオンプライムの冒険


 ボクの名前はラティーシャ。

 ラティーシャ・ネオンプライム――冒険者をやっているです。

 見た目はちっちゃいですが、これでも名の知れた魔術師スペルキャスターなのです。

 王都の魔術学校はもちろん飛び級して首席卒業、十二歳で冒険者登録し、十五歳で金級ゴールドクラスに昇格した実力は折り紙付きなのです。

 ……自分で言うことじゃない? でも、それが事実なのです。

 たとえば魔法の使用回数。

 並みの魔術師なら日に三度使えれば上等な火弾ファイアボール氷槍アイシクルランスといった攻撃魔法を、一日に十回は撃てるです。

 しかも、本来は大人数による儀式が必要な高等攻撃魔法次元砕ディメ・ブレイクも――一日に一度だけですが――単独で使えるのです。

 次元断裂を引き起こす魔力弾は、あらゆる物理的な防御を無視して貫通し、どんな敵でも致命傷を負わせられる、文字通り必殺の魔弾。

 もはや、ボクひとりで一軍に匹敵すると言ってよいくらいなのです。えっへん。

 そんな優秀で有能なボクですが、優秀で有能だからこそ、めんどうな依頼を受けなければならないときがあるです。

 三日前の話です。


「……ティリクの森の調査、なのです?」


 おう、と支部長がうなずきました。

 グランバル領の冒険者ギルド支部、そのクエストカウンターに肘をついて、まるで大した話じゃないみたいに、背も胸も腰もデッッッカいポニテの女傑は言うです。


「ここの領主、あのぼんくらのファオネム・グランバルがな」

「ずいぶんな言いようなのです」

「事実だからな。あのぼんくらでクソ陰険で脂ぎった目つきのファオネム・グランバルが、冒険者ギルドに指令を出してきやがった。森の開拓に手を貸せってよ」

「ティリクの森の開拓を? 無理なのです」

「わぁってるよ」


 ギルド支部長はひらひらと手を振りました。


「ティリクの森は竜の庭、なんじ鱗主スケイルロードに手を出すなかれ――冒険者のあいだじゃ常識だ。鱗主の縄張りで開拓なんかしてみろ。考えるだけでもおっかねえ」

「そう説明すればよいのです」

「したさ。だが、やっこさんも必死でな。……必死に隠しちゃいるが、他領からの借金が膨らんで、首が回ってねえ。もうすぐグランバル領は破産する」

「……一発逆転するために、ティリクの森の『恵み』にすがるしかない、というわけですか」


 ティリクの森――王国辺境の地、グランバル領に接する未開拓の巨大な森なのです。

 上質な霊草、霊木に加えて魔力鉱石も採取できるのですが、各種強力なモンスターがはびこり、さらに鱗主と呼ばれる強大な竜種の群れが縄張りとしているため、採取目的でも入るのは厳禁とされているのです。

 というのも、鱗主はかなり縄張り意識が強く……もし彼らの縄張り内で見つかれば、まず命はないでしょう。

 開拓なんてもってのほかなのです。


「あの地から利益が出せるとわかれば、借金返済も待ってもらえる、と」

「そういうこと。領主特権を振りかざされちゃ、ギルドも断れねえ。かといって、辺境のカワイイ冒険者たちをティリクの森に放り込むわけにゃいかねえ。死ぬからな。こうなりゃ、アタシが行こうかと思ってたんだが……」


 女傑は、かわいくウインクをしてボクを見たのです。


「新進気鋭の金級冒険者が、グランバル領に来たっていうじゃねえか。どうだ、頼まれちゃくれねえか。二、三日見て回って、『無理です』って報告するだけの楽な仕事だぜ?」


 二、三日見て回る場所がティリクの森ではなければ、たしかに楽な仕事だったでのですが。


「あのですね。ボク、休暇で来たのですが。仕事をする気は……」

「困ってんだろ? 例のストーカー」

「……う。ええ、まあ」

「アタシからギルドマスターに対応を頼む。それでどうだ?」


 ……譲歩案としては、このあたりな気がするのです。

 はあ、とわざとらしく溜息を吐いてみせて、ボクはうなずきました。


「わかりました。クエスト、やるのです。ただし、たとえ単なる調査だとしても、金級冒険者の労働に見合った報酬はいただくのです」

「そりゃ当然。……しかし、アンタも災難だねぇ。同じ金級冒険者に付きまとわれて、こんな辺境まで逃げてくる羽目になるなんて」


 ボクもそう思うのです。


 ●


 そんなわけで、さっさとティリクの森に向かったボクなのです。

 危険地帯とはいえ、鱗主などの凶悪モンスターを避けていれば、命の危険はさほどないのです。……少なくとも、金級冒険者にとっては、なのですが。

 森の外にキャンプを張って、一日目は探索ルートの選定をして、二日目は選んだルート通りに探索していたのですが……。

 突然、ものすごい轟音が森中に鳴り響き、突風が吹き荒れました。

 鳥の群れが驚いて飛び立ち、小動物たちが慌てて巣穴から出てくるような、そんな衝撃。

 もちろん、ボクは一流なので、慌てることなく発生源を探ったのです。

 ……いえ、探るまでもありませんでした。


「な――なんなのですか、あれ」


 木々の向こう、ティリクの森の奥に、巨大な城のようなものがぼんやりと見えたのです。

 すぐさま異常事態だと判断し、ボクは探索を中断。

 キャンプまで戻って、支部長から預かった伝書鳩に手紙をくくり付けて飛ばしました。

 『森の奥地で異常事態発生。巨大な建築物が突如出現。急を要する可能性を鑑み、探索三日目は建築物への偵察を行う。』と。

 そして、ボクはもう一度森へ入り、夜を徹して、いきなり生えてきたお城に赴いたのです。

 早朝に辿り着いた際、城門は固く閉ざされていたのですが、ボクは冒険者です。

 鉤付きロープを城壁の上に投げ込み、乗り越えて侵入しました。

 幸いにして、城壁の上にも城郭都市内にも、見張りはおろか人間ひとりいないので、侵入は容易でした。

 城以外の建物がない、空虚な街。いかなる技術の象徴なのか、お城にはでっかい歯車が生えていて、なんとも不気味なのです。

 警戒しつつ城壁を下りると、ボクと同時になにかが、どすんっ! とだだっ広い街に降りてきました。


 ティリクの森の鱗主でした。ばっちり目が合いました。


 ……当たり前ながら、森の支配者たる鱗主が、この突如現れた不気味な建築物に怒り狂わないはずがないのです。

 規模が規模だけに、明るくなるまで様子見していたのでしょう。

 ともあれ。

 鱗主はボクを睨みつけて、咆哮し――その巨体で、突っ込んできました。

 とっさに横に跳んで回避はできたのですが、巨体は城壁にぶつかって、どかあん! と爆発にも似た轟音を響かせました。

 傷ひとつつかない城壁もすごいですが、鱗主も無傷。さすがは世界最高レベルの防御力を持つ生き物なのです。

 のっそりと向きを変えて、ボクを睨みつけてくるのです。


「……ボクを、この街を生やした犯人だと思っているようですが……違うと言っても、逃がしてはくれないですよね?」


 いちおう聞いてみましたが、言葉が通じるわけもなく……鱗主は再び咆哮しました。

 かくして、ボクは杖を握り直して巨大なドラゴンに立ち向かうことになり――。


 ――なんか、全身をやけにぴっちりした白い服で覆っている、変なおじさんに助けられたのです。


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