第4話 初戦闘おじさん
外周をぐるりと囲む、分厚くて高い城壁。
かなり広い城壁内の街……城郭都市っていうんだっけ。
そして中央にそびえる巨大な歯車のついた城。
西洋風の城と街が一体になっている城塞建築なのだろうと思う。
「安全に寝泊まりできそうって意味では、仮拠点として満点だしな、うん」
城門が、ゴゴゴ……と、ひとりでに開く。
たぶん、スチームパンク的な仕組みがあるのだろう。
城門をくぐると、ゴゴゴ……と、閉じた。
ゲーム画面で大鍛冶城を設置すると、城郭都市にいろいろな建物や屋台があったけれど、なんにもない。
ふうむ……。ゲームとの相違点がいろいろあるな。よくわからないけど。
あれか? 城は作れても、内部に関しては自分で作らないとダメなのか?
ともあれ、いまは考えても仕方ない。
「どこで寝るかね……」
壁をよじ登ったり、空を飛べるモンスターがいると、城壁内でも安全とは言い難い。
真ん中の歯車城に住むのがいいだろう。
これで、水場と仮拠点は確保できたわけだ。
川の水が飲めるかどうかはわからないので、蒸留器と濾過装置を作る必要があるが……作り方、知らんしなぁ。
おいおい、なんとかしていくしかない。
食料に関しては、しばらくはクラフトポイント交換で対応するしかない。
食べられる野草辞典があったとしても、見分けられる自信がないし。
「やっぱり、人間を見つけないとなァ。それにしても、でっかい城だ。俺ひとりで住むのは寂しいな。いやいや、ひとりじゃないぞ。なんせ俺がいるからな。ほら、俺と一緒なら寂しくないだろ? うんうん、俺はひとりだが、ひとりじゃない――」
ぶつくさ言いながら歯車城に入り、内部を探検する。
内装はあるものの、どこか殺風景で物悲しい。
せっかくスチームパンクっぽい城なんだから、機械人形的なメイドさんとかいればいいのに、動くものの気配はゼロ。
「お、食堂発見。晩飯にしますか」
長机がいくつも並ぶ、食堂らしき部屋を見つけた。
窓から見える空もかなり暗くなってきているし、今日のサバイバルは……サバイバル感はあまりなかったけども……終わりにしよう。
さっそく、クラフトポイント交換で豚骨ラーメンを実体化させる。
疲れたときはコレだよな!
ちなみに、なんで鍛冶屋が豚骨ラーメンまで作れるのかは謎。
「さて、今夜俺がいただくのは、こちらの豚骨ラーメン。注文から配達までなんとゼロ秒……おい箸とレンゲがないぞ!? おのれ店員め、入れ忘れやがったな……!」
もちろん店員とか関係なく、クラフト内容に箸とレンゲが含まれていないだけだろうが、さすがに手づかみで食べるわけにもいかない。
どんぶりごと実体化させてくれるなら、割り箸くらいつけてくれればいいのに。
食堂に併設されたキッチンに駆け込んで、そこかしこの引き出しをガシャガシャ開け閉めし、なんとかフォークとスプーンを見つけ出した。
フォークとスプーンはたくさんの種類があるのに箸はないの、納得いかねえ。
「まあいいや、冷める前に食って――」
キッチンから食堂に戻ると、スライムくんがどんぶりに覆いかぶさってスープと麺を吸収し、青色から豚骨スープ色に変化している最中だった。
「お――おまえェ! それ俺の晩飯なのに!」
スライムくんはぷるぷる震えながら、ゆっくりとラーメンをすすり続けている。
すするというか、一体化というか、吸収というか。
仕方ない。
だはあ、と大きく息を吐いて、スライムくんの隣の席に座り、もう一度ラーメンを実体化させる。
「ま、ひとりで食うよりはいいか」
ずるずる。すするゥ。
●
翌朝、どでかい音でたたき起こされた。
「な、なになになになに!?」
王さま専用寝室っぽい豪奢な部屋の、馬鹿でかいベッドの端っこで毛布にくるまっていた俺は、ビックゥ! と跳ね起きた。
外からこう、爆発音みたいなのが聞こえたのである。
どごおん、と。
慌てて壁に立てかけておいた次元刀を引っ掴み、歯車城から飛び出す。
「う、わ……! なんだあれ!? 俺、アレなにか知ってる? ううん、知らない。だよなァ! 俺も知らん!」
目に飛び込んできたものは、巨大な――竜。
城郭都市に、少なくともトラックよりは巨大な四足の竜がいる。
緑色の鱗に、折りたたまれた翼。
でっぷりと太った腹とぎざぎざの鋭い牙が、これでもかと『私は捕食者です』と主張している。
そして。
「きゃ、きゃあー!」
三角帽子をかぶり、身の丈ほどもある杖を持った三つ編みおさげの女の子が、ダッシュで逃げ惑っている。
竜に追われているらしい。炎の塊や氷の塊を生み出して、竜にぶつけているようだが、全身を覆う鱗に防がれているのか、効果があるようには見えない。
あれ魔法か? すっげー、おじさん初めて見たよ。
やがて、三角帽子ちゃんと竜の戦闘は歯車城前の広場に辿り着いた。
俺は慌てて扉の影に身を隠す。巻き込まれたらかなわん。
でも顔だけ出して見物はする。
「く……! さすがはティリクの森の
三角帽子ちゃんが叫び、杖が輝く。
きゅらり、と閃光の塊が竜目がけて飛んでいき、しかし竜はその腹の太さとは裏腹な身軽さで、さっと首を引いて回避した。
ティリクの森の……なんたら? とかいう竜の、その首の鱗にかすって傷付け、黄色い体液を流させたようだが……致命傷には、程遠いんじゃないか?
三角帽子ちゃんは、荒い息を吐いて、その場にへたり込んだ。
「……はあ。当たれば勝ちの『次元砕』も、避けられれば意味なし、ですか。ボクの……負け、なのです」
敗北宣言だ。やべー、負けちゃったよ。
言葉の意味が分かっているのかいないのか、ともあれ竜は大きく口を開けて、三角帽子ちゃんを頭から丸かじりしようと――あれ?
その、三角帽子ちゃんの足元に……青色の、ぷるぷるがいるように見える。
「ススス、スライムくーん!?」
俺はとっさに扉の影から飛び出して、スライムくん(と、ついでに三角帽子ちゃん)を蹴り飛ばす――竜の
死ぬ。
そう思って、ぎゅっと目を閉じて……あれ?
「痛くない?」
こわごわと目を開けてみると、竜の真っ赤な口内が目の前にあった。うわグロ。
次元スーツの表面に虹色のバリアが展開されて、牙を完全に受け止めてくれている……らしい。
牙がなくとも、この顎だ。ぷちっと潰されてもおかしくはないが……もしかして、噛みつきの圧力とかも別次元に飛ばしてしまっているのか?
竜は、ぐるぐる……! と唸りながら、必死にかみ砕こうとしてくるが、バリアに阻まれ続けている。
よくわからないけど、チャンスだ。
いま、竜は俺を頭から丸かじりしようとして、肩くらいまで呑み込んでいる。
この距離なら、剣道どころかあらゆる格闘技未経験の俺でも……!
「う、うおおおおッ!」
我ながら情けないへっぴり腰で、鞘から抜いた次元刀を、俺の頭上で掲げる。
ほんとうに『斬れないものはない』なら、魔法を弾く鱗だって切り裂けるはず。
頭上の次元刀を、えい! と横に振り抜く。
豆腐かなにかを切るような、すーっという感触だけがあった。
……すぐに、おびただしい量の血が頭に降りかかってきた。
さっきまで俺を噛んでいた竜の頭が、どしゃっと地面に落ち、首を失った肉体が轟音を立てて広場に倒れ伏す。
「……うわああ」
ついでに、俺もまた、その場にへたり込んだのだった。
……勝てたは勝てたが、もう二度とやりたくない。
戦闘は無理だな。俺、いちおう鍛冶屋なわけだし。
けど、まあ。
「守ったぜ、スライムくん……!」
ぷるぷる。
スライムくんは震えて、その場で二、三回跳ねた。
ありがとう、と言っているのだ……と、思おう。
「す、すごいのです! ティリクの森の鱗主を倒すなんて……!」
「あ、そういやキミもいたねェ。おじさん忘れてたよ」
「あれあれ? もしかしてボクの存在感、スライム以下なのです……?」
ジト目で見てくる三角帽子ちゃん。
今さらながら、俺は運よく第一村人を発見できたらしい。
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