第3話 仮拠点おじさん


 水場を探すのが大事!

 ……と、思ったところで、探し方まではおぼえていないのが、おじさんである。

 指を舐めて湿らせれば風向きがわかる、みたいなメジャーなアウトドア豆知識しか出てこない。


「てきとうに歩き回るしかないか」


 ざくざくと土と草を踏んで、歩き出す。

 ……なんか俺、明らかに独り言が増えてない?

 人間、ひとりきりになると正気を保つために独り言が増えるって、マンガかなにかで読んだけど、あれってマジなのかな。

 だとすると……独り言を言っているあいだは、俺は正気ってことだ。

 逆説的思考というやつ。

 突然の異世界転移によって、混乱している自覚はある。

 独り言でもなんでもいいから、しっかりと気を保っていかないとな。

 ざくざく。ざくざく。


「うー、普段からウォーキングとか、しとけばよかった。整備されてない土って、こんなに歩きづらいのか。しんどいなァ」


 ぶつくさ独り言を言いながら十五分くらい歩いたところで、なにかが草むらからぴょこんと飛び出してきた。

 ビックゥ! と小ジャンプで反応して、ぷるぷる震えるスライムに気づく。


「……おや、スライムくんじゃないか。さっきぶりだ。いや、さっきとは別の個体か? あるいはスライムは群体ですべての個体が意識を共有しているのかな? はたまた実はキミが世界で唯一のスライムなのかな? あっ、もしかして、キミは俺の見る夢、幻覚でしかないってオチだったりする? だとするとこれも独り言ってわけだねェ。ふふ、セリフが長いって? だいじょうぶ、俺は正気だから」


 スライムはぷるぷる震えてから、違う草むらに飛び込んでいった。

 人間に敵対的な種類ではない……のだろう。

 片腕で抱えられるくらいのサイズだし、虫や草を食って生きているのかもしれない。


「しかし、スライムくんは信玄餅とかわらび餅とか、あっち系だな。人体の約七割が水だっていうが、スライムくんはその非じゃないくらい含水率が高そうだ。ぷるぷるだし、きっと水辺の生き物なんだろうなァ」


 RPGにはあまり詳しくないが、川とか沼とか、水辺で出てくる系のモンスターなのだろう。

 そう、俺がいま探している水場に――。


「……おう。ええと、スライムくんはどっちへ向かったっけ」


 俺はざくざく歩いて戻り、スライムくんが飛び込んだ草むらに足を踏み込む。

 スライムの生態には詳しくないけれど、あてどなくさまようよりは、スライムくんのあとを追ったほうが、水場に近づける気がしたのである。

 ……そして、その作戦は功を奏した。


「うわー、立派な川じゃないか」


 森を割るように流れる、見事な清流を発見したのである。

 ぽちゃぽちゃとスライムくんの群れが水遊びに興じている。

 のどかだ。仮拠点はここに作ろう。


「でも、野生動物が襲ってくるかもしれないぞ、俺。ここを縄張りにしている熊とかいたら怖いよなァ」


 木を使ったシンプルな掘っ立て小屋では、モンスターには対抗できそうにない。

 そもそも木を使ったシンプルな掘っ立て小屋ってなんだよ。

 日曜大工すらしたことない俺に、木こりから始めて家を作れるわけもない。


「そう考えると大工さんたちには頭が下がる思いだ。いや、大工さんたちだけじゃない、職業すべてに当てはまるけど、働く人には敬意を持たなきゃいけないね。俺もそう思うだろ? うん、そう思う! ははは、俺ならわかってくれると思っていたさ」


 などと若干危うい方向に発展しつつある独り言を呟き、クラフトメニューを開く。

 クラフト辞書には、鍛冶のための設備も登録されているのだ。

 その中には当然、鍛冶屋そのもの――建物も含まれている。

 不安な素人建築を試すくらいなら、クラフトポイントを使って建物を作ったほうがマシだ。ポイントがもったいないけど。

 候補は、やはり鍛冶屋……木と石と土で作られた、簡素な鍛冶屋。

 交換ポイントは安く低コストだが、防御力が不安である。

 一段階上げて上級鍛冶屋にすれば、レンガ製になるが……レンガ程度でも、やっぱり不安だ。

 そもそも鍛冶屋は要塞ではないのだ。防御力を求めるならば……。


大鍛冶城キャッスル・オブ・ブラックスミス……いやいや、さすがに五〇〇万ポイントは重たいぞ、俺。だって五〇〇万あったら、次元刀が五十本作れるんだからさァ」


 建物系設備……つまり、鍛冶屋としての性能は最高級。

 各種素材を自動で量産してくれる機能までついている。

 フレーバーテキストは『鍛冶屋として成功しすぎると城が建つ。これであなたも一国一城の主!』である。

 これ以上のものはないが、しかし、順当に鍛冶屋として発展させていけば、ポイント消費無しで造れる設備。

 さすがにポイントがもったいない気がするものの……ええい!


「大事なのは命! 出し惜しみはナシだ!」


 この世界での第一目標は、とにかく『生き延びる』こと!

 その後の目標は、生き延びたあとで決めればいいのである。

 ごくりと唾を呑み込んで、交換ボタンを押す。

 すると、前方にクラフトメニュー同様に透明な大鍛冶城が現れた。


「おんッ? あ、動かせる……」


 指と連動して、見上げるような巨大な城が動く。

 どうやら、設置場所を決めるシークエンスらしい。

 もう一度ボタンを押して確定させると、アイテム同様『ぽんっ』と実体化されるのだろう。

 【ソードクラフト:刀剣鍛造】にはなかったシステムだ。


「設備系は置く場所を自分で決めろ、ということか。そりゃそうだよな」


 しかし、そうとわかれば話が早い。

 俺はスライムくんたちを巻き込まないよう、川から少し離れた場所目がけて、透明な城を実体化させた。

 直後。


 ゴバッ!!!!!!


 と轟音を立てて、大爆発のような衝撃が発生した。

 余りの強風に巨木がめきめき音を立てて斜めに傾き、川の水がスライムくんたちごとまき上げられて宙に舞う。

 俺はうしろ向きに吹き飛び、川の中に叩き込まれながら――次元アーマーシリーズのおかげか、衝撃はほとんど感じない――気づいた。

 莫大な質量を実体化させたら、元からあった空気や森をはねのけしまうわけだから……そりゃ、こうなるよな。

 スライムくんたち、ゴメン!


「あてて……衝撃は食らわなくても、腰の痛みは軽減されないんだな」


 川が深くなくて助かった。

 尻もちをついたまま、落ちてくる川の水の雨に打たれながら、実体化された城を見上げる。

 分厚い城壁と、ところどころから突き出た歯車や砲塔がスチームパンクっぽさを醸し出していて……ううむ、ゲーム画面ではイラストを上から俯瞰していただけだったからわからなかったが、クソデカいな。

 なんというか、皇居外周を思い出すようなサイズ感……。


「……よし! ひとまずの仮拠点、完成だな!」


 仮にしてはデカいのは、気にしない方向で行くことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る