第2話 クラフトおじさん


 ここが本当に異世界で、スライム以外にもモンスターがいるとすれば。


「裸足にパジャマで森の中ってのは、ヤバいよなぁ」


 Web小説やアニメにはあまり詳しくないが、こういう時はまず、アレだ。

 転生ボーナスとか、そういうのがあるかどうかの確認だ。


「す、ステータスオープン……?」


 ……特になにも起こらない。ダメっぽい。

 コレ口に出すの恥ずかしくないか?

 いや、俺が十六歳なら大声で叫んでいただろうが、今やもう三十五歳。

 人目がないとはいえ、堂々と「ステータスオープン!」と叫ぶのは、ちょっと。

 せめて武器になるものくらいは、と思って、足元に転がっていた枝を拾う。


『クラフト素材:枝を入手しました。』


 ……ん?

 脳裏に声が響いた……ような。

 気のせいか? だが、もしかすると。


「……クラフトメニュー……?」


 半信半疑で呟いてみると、ぽん、と軽い音を立てて、視界に見慣れたUIが浮かび上がった。

 おそるおそる手で触れてみる。

 素材リストからクラフト辞書まで、手指で操作できる。

 俺の知っている通りに、扱える。


「そうか、【ソードクラフト】のデータが使えるのか……!」


 ということは、ここはおそらく【ソードクラフト:刀剣鍛造】の世界なのだろう。

 ……あのゲーム、ろくな世界観とかなかったはずだが。

 拠点の鍛冶屋を拡張しながら商売を繰り返すだけのゲームだし。

 アイテムも卸業者や流れの冒険者から購入するシステムで、ストーリーらしきものもないのだ。

 いや、世界の考察はあとでいい。いまはともかく生存優先!


「……鍛冶屋レベルはマックス、素材と所持アイテムはゼロ、クラフト辞書はコンプリート状態で、クラフトポイントの残高は一二〇〇万ちょい……てことは『強くてニューゲーム』モードか。助かった……!」


 鍛冶屋レベルは『どれだけレア度の高いアイテムを作れるか』、素材と所持アイテムは文字通り『持ちもの』、クラフト辞書は『これまで手に入れたことがあるものの辞書』、クラフトポイントは『消費してアイテム等と交換できるポイント』だ。

 鍛冶屋施設や武器防具は引き継いでいないが、いま重要なのはクラフトポイント。

 クラフトポイントは鍛冶をやっていると勝手に溜まるものだ。

 ポイント交換によって素材回収やアイテムコンプを簡単にする、一種の救済システムではあるのだが……効率がかなり悪い。

 普通にアイテムを買うなり、冒険者に依頼するなりしたほうがはるかに効率が良いため、攻略サイトでも「いらないシステム」なんて言われていた。

 正直、俺も「いらんよなァこれ」と長年にわたって溜め続けたポイントを見るたびに思っていたのだが、ついに役立つ時が来たらしい。

 このポイントを使えば――クラフト辞書に登録されているモノなら、なんでも作れてしまうのだから。


「ええと、まずはクラフトポイントで次元ディメンショナルアーマーシリーズ一式と次元刀を一本。……う、一部位につき十万ポイントは高いって」


 だが、背に腹は代えられない。

 交換ボタンを指で押すと、空中に『ぽんっ』とアイテム類が湧き出てきて、草むらに落ちた。

 白を基調としたSFチックな薄い素材の鎧……というか金属装飾付きの全身タイツだが、フレーバーテキスト説明文には『あらゆる攻撃を次元をずらして防御する最強のバリアスーツ。』と書いてある。

 防御力は抜群なはずだ。

 戦闘がないゲームで攻撃力とか防御力とかの表記がなく、フレーバーテキストしかないため、ほんとうにバリアが張れるかは怪しいところだが……パジャマよりはマシだと信じよう。

 関節の硬い体をなんとか全身タイツに押し込んで、次元刀を拾う。

 次元刀も白を基調としたSFチックな装飾の武器だが、そのシルエットはおおむね日本刀のものと同じである。ずっしりとした重みを感じる。

 ついでに刃を少しだけ抜いてみると、光を七色に反射する刀身に、冴えないおじさんの顔が映った。


「……異世界転生なら、どうせならイケメンとかにしといて欲しかったなァ」


 刃を鞘に納めて、次元刀を腰に差す。『七色の刃が次元断絶を引き起こす。斬れないものはない。』というフレーバーが真実なら、心強い武器になるはずだ。

 なお「これホントに鍛冶屋が作れる武器か?」という疑問を抱いてはいけない。

 【ソードクラフト:刀剣鍛造】は無限にインフレしていく魔剣、聖剣のフレーバーテキストを楽しむゲームでもあるのだ。


「……まずは、街探しか? いや、こういうときってたしか……そうだ、水場を探すんだ。飲料水の確保が第一だって、外国のサバイバル番組で見たような気がする」


 よし。俺はさっそく水場を探すべく――待てよ?

 クラフトメニューを開いて、辞書ページをめくってみる。

 あ、あるわ。


「10ポイントで聖水をクラフト。……お、おっと」


 空中に『ぽんっ』と現れたガラス瓶を、慌てて受け止める。

 聖水は素材系アイテムの一種で、『飲んだものに清浄なる加護を与え、またアンデッドには聖なる救済を与える。』というフレーバーテキストを持っている。

 つまり、飲める……はずだ。加護だの救済だの、ちょっと大仰なテキストもあるが、気にしないでいこう。

 瓶のコルクを抜いて、一口飲んでみる。爽やかな後味の……水である。

 一回だけ行ったことのある、ちょっと高いイタリアンで「お冷や」って言ったら出てきたグラス一杯800円の水と同じくらい美味しい。


「……よし! 飲料水も確保!」


 なお、【ソードクラフト:刀剣鍛造】は刀剣以外にも薬品や食べ物もクラフト可能であるため、食糧についても問題ないはずだ。

 ただ……このペースでクラフトポイントを消耗し続けるのは、良くない気がする。

 次元シリーズは最高レア度の武器ではあるけれど、数十時間やりこめば余裕でクラフト可能な装備。

 この世界が【ソードクラフト】の世界なら、この程度の武器は全人類が持っていても不思議ではない。

 次元刀レベルの武器じゃないと、まともに相手できないモンスターが、ゴロゴロいると考えるべきだ。

 最高レアリティの装備でも安心できない。

 クラフトポイントは可能な限り節約していく……もちろん、使うべきときは惜しみなく使うが。

 となれば、やはり、水場の確保は重要。

 あてもなくさまよって人里を探すよりも、まずは――。


「サバイバル拠点作りだな」


 こういう単語にちょっとワクワクしてしまうのは、十六歳も三十五歳も一緒である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る