転生したけど俺だけゲームが違う。

ヤマモトユウスケ

一章 おじさん転生編

第1話 異世界転生おじさん


 起きたら、森にいた。


 なにを言っているんだと思うかもしれないが、目を開けたら森だったんだから仕方がない。

 俺は清澄な木々草花の香りを一身に受けながら、困惑していた。

 どこだよ、ここ。

 周囲は木々に囲まれていて、俺のいる所だけ少し開けている。

 下を見れば、裸足にパジャマで、いつもの寝るときの格好だ。

 柔らかい土と草の感触を、足の裏に直に感じる。

 ……ダメだ、状況が呑み込めない。

 混乱で加速し始めた心臓を肺をなだめるため、ふう、と大きく息を吐く。


「落ち着け、俺。落ち着け、十六夜いざよい剣三けんぞう、三十五歳。まだボケるような歳じゃないぞ……!」


 眉間にしわを寄せて、必死に記憶を探る。


「ええと、たしか……仕事から帰って、そんで家事やって飯食って風呂入って着替えてパソコン立ち上げて、それから……それからいつも通りに……」


 ……そう。俺は、ゲームをしていたはずなのだ。


 ●


 スルメ系のゲームって、あるじゃん。


 噛めば噛むほど味が出るスルメみたいに、やりこめばやりこむほど面白くなっていくゲームのことなんだけど。

 俺の好きな【ソードクラフト:刀剣鍛造】も、そういうスルメゲーだった。

 鍛冶屋になって商売するシミュレーションゲームで、冒険要素とかは一切ナシ。

 最初は石斧くらいしかクラフトできないけど、設備をアップグレードさせて武器や防具、アイテムを量産して売りさばき、溜まったお金で素材を買って設備をアップグレードさせて次は魔剣を量産し……という、ちょっと古めのブラウザゲームだ。

 流行りのスタイリッシュなアクションRPGや、チームを組んで対人で撃ち合うFPSじゃない。スマホでできるソシャゲですらない。

 マウスをカチカチし続けるだけで爽快感なんて微塵もなく、だけど、シンプルだからこそやめられないゲームだった。

 毎日毎日、朝早くから出社して働いて、夜遅くに家に帰ってカチカチして寝る。

 そんな生活を、十年も送ってきた俺は、その日もカチカチして、うとうとして……。


 ●


 ……はっと気づくと、森に突っ立っていた。

 青々と茂る森。遠景には山の連なり。

 記憶の連なりに、一切の整合性を感じられない。なんでいきなり森?


「夢遊病? 深夜徘徊? いや、徘徊した程度で、こんな森には辿りつくような田舎には住んでないはずだけどねェ」


 拉致されて、山中に放置されたとか? わざわざ俺を狙う意味があるか?

 自慢じゃないが、恨みを買うような人間ではない。

 というか、そもそも人間関係が希薄なおじさんだ。

 親も早くに亡くしたし、剣三なんて名前だけど一人っ子だし、友達もいないし、親しい同僚もいない。

 毎日職場で顧客にペコペコ頭を下げ、家ではシミュレーションゲームをカチカチするだけのおじさんだ。

 だれが何の目的で、俺にこんないたずらを仕掛けたというのか。

 首をひねっていると、背後の草むらが、がさりと鳴った。

 ビクウッと跳びあがって振り返る。急に動いたので腰がビキってなった。

 草むらから、がさがさ音を立てて出てきたのは、青くて柔らかそうな物体。


「え? す……すらいむ、か?」


 RPGじゃ定番の粘性の塊が、ぽよぽよと跳ねて動いていた。

 機械には見えない。

 そのぽよぽよは、こちらを見て――どこが目なのかはよくわからないが――ぷるぷる震えてから、違う草むらに飛び込んで去っていった。


「は、はーん……? なるほどね?」


 ほっぺたをつねってみる。

 とっくに若さを失った皮膚は固くて、うまくつねれないが……ちゃんと痛かった。

 つまり……異世界ってやつなのかもしれない。


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