第3話 軍議

「私が…軍略室へ?」


「ああ、この資料を届けてほしいとな。よろしく頼む」


 次の日の朝一番に司書長から命じられるまま、リアリナは資料を揃え始めた。最近兵法や軍略・戦歴に触れる機会が多い。


 今回のもグラーツの依頼だろうか?


 少し期待している事に当の本人は気づいていなかった。



 王宮の隣に衛兵詰所があり、併設して練兵場もある。軍略室は詰所の建物の一室にあるらしい。リアリナは初めて来る場所だ。練兵場の兵隊がジロジロと見てくる。女っ気のないここでは、リアリナの目立つ容姿はここではさらに目を引く。好奇の目線はいつものことだった。


「失礼致します、資料をお持ちいたしました……」


 部屋へ入ると、目線がこちらは集まった。いずれも重厚な面持ち、見るからに高位の将軍クラスの面々であろう人達である。その中に、グラーツもいた。いつものように笑いかけながら手招きする。


「あぁ、ありがとうリアリナ殿。さぁこっちへ」


 場の空気に戸惑いながらもグラーツの隣へ行く。軍議の途中のようで、中央のテーブルには地図が広げられていた。


「丁度この戦略を話していた最中でな。俺よりも考えた本人の口からがいいと思ってな。さぁ、解説してくれないか」


「そ、そんな……」


 文字通り、グラーツがリアリナの背中を押す。逃れるはずもなく、たどたどしく話し始める。


 隣国が攻めてきた過去の戦と照らし合わせ、天候も加味しながら、説明する。


 それを聞いて、将軍たちは皆押し黙ってしまった。


「よくまとまってある。……これは本当にそなたが考えついたのかな?」


 座席1番奥の初老の男が尋ねる。


「私が考えた訳では……今までの事例と、外国の戦略で応用できそうな策をまとめただけです。ただ、実際にできるかどうかは……」


 その後、リアリナを置いて、お偉そうな方々がその戦略について意見を交わし合う。


 部屋を出されたリアリナとグラーツ。


「お疲れさん。よく頑張ったな」


 ポンポンと頭をなでる。


「あの、これは一体……?」


 グラーツはニヤッと笑った。


「お嬢ちゃんの分析が面白かったんで、ちょっと軍略室のジジイどもにも聞かせてみたかったんだ」


「でも、あれは今までの記録をつなぎ合わせただけで、私が考えたものではない……」


「それでいいんだよ。備えってのはどれだけのパターンを想定できるかで決まる。少なくとも、俺たちが想定していたのとは違うものが出てきた。軍事演習ついでに試してみるのもありだろう」


 長い回廊を2人並んで歩く。すれ違うものたちは皆、リアリナに目線が送られる。だが、グラーツと一緒だからか、来た時よりも居心地の悪さは感じなかった。


「知識を詰め込むだけよりも、それを使うのも面白いだろう?」


「そうですか……?」


「まぁ、気が向いたらまた相談に乗ってくれ」


 それより、とグラーツは言った。


「これから暇か?飯食いに行こう。今日のお礼に奢るぞ」


「いえ、結構です」






「まさか断られるとは思わないじゃないか!」


 そう不貞腐れるエランの前には、娼館の着飾った美しい女が酒を作りながら、艶やかな笑みを浮かべる。


「百戦錬磨のグラーツ様でも、落とせない相手がいるのですねぇ」


「落とすとかそういう問題じゃなくてな……人と関わろうとしないんだ、あの引きこもり娘は!」


「すっかり夢中ですこと」


 酒を受け取り、口をつける。ふと考える。なぜ、彼女に関わろうとするのか。


「夢中ねぇ……強いて言えば懐かない珍獣を懐かせる達成感というか……」


「まぁ、ひどい言いよう」


「確かに姿形は美しいから、あれは評判になるのも、変なのが湧いて出るのも理解できるが……」


 それより、と付け加えた。


「資料を目にした時の豹変が面白いな、あれは。中々の変人で、見ていて飽きない」


「それは女子への褒め言葉ですか?」


「だから、そういうのじゃないんだって」


 と、わざわざ娼館で他の女の話すのも馬鹿馬鹿しいことに気づく。エランは杯を置くと、女の腰を抱き寄せた。


「でも俺の好みは…知っているだろう?目の前にいる美女だ。美味い酒ととびきりの美女と夢のような麗しい一夜。それだけあれば十分さ」


 引きこもり気質の氷姫のことは忘れないまでも、一旦頭の隅に置いておくことにして、ここへ来た目的をようやく思い出したのだった。

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