第4話 天気予報

 数日後、また閉館間際にグラーツは図書館を訪れた。男たちの波が途切れた合間に話しかける。流石にリアリナも嫌そうな顔はしなかった。


「今日はどの様な御用件ですか?」


 事務的なセリフも、いささか棘が丸くなったのはグラーツの気のせいだろうか。


「なぁ、明日の天気ってどうやってわかる?」


 リアリナは一瞬、目を見開く。すると、壁の時計を見た。


「こちらです!」


 急足で、行ってしまう。何やらわからないが、グラーツもついて行った。図書館を出る。回廊を通り、王立大学の敷地だ。向かったのは大学でも、様々な研究所がある建物だった。グラーツは大学へ足を踏み入れるのは初めてだった。


「どこへ向かっているんだ?」


「天文局です。暦と、星と、天気の移り変わりなどを全て記録しているんです。ちょうど、今の時間のはず……」


 と、建物の屋上まで登る。すると、老人が1人何やら器具を用いている所だった。


「おや、リアリナ君。ここへは久しぶりだのう」


「レーゲン先生、ご無沙汰しております。ええと、こちら…」


 グラーツの方を振り返る。


「第12小隊隊長のエラン・グラーツです。明日のディヒタバルトの森あたりの天気を知りたいのだが…」


 ディヒタバルトは都から出て少し郊外に位置する森である。


 レーゲンはそれを聞いて笑った。


「明日は戦か何かか?」


「おっしゃる通り。ちょっとした模擬演習戦があるのでね」


 よしよし、と、レーゲンは屋上のさらに高いところに梯子で登り、計測機をいじりだす。リアリナも慣れた手つきで手伝い、メモを取る。双眼鏡でフェルセン山の方面を眺めた。


「ふむ、明日は朝は晴れ。昼ごろ、短時間だが雨が降るかもしれん」


「かもしれんってのは?」


「天気は自然の賜物。自然の謎を全て解き明かせる様には科学はまだまだなっておらぬわ」


 言い方は辛辣だが、何やら嬉しそうである。


「軍人がわしに天気を聞きに来るのは2回目だ。なかなか良い着眼点じゃな。宮廷でもいまだに天気は呪い師のところへ聞きにいく者が多いと言うのに」


「どっちが当たるんだ?」


「呪いと科学を一緒にするでない!」


 2回目というが、グラーツには1回目の軍人の心当たりがある。


「そこのでかいの、礼にこの機材を運ぶの手伝っとくれ」


 リアリナも機材の片付けをしている。天文部の研究室まで機材を運び終わると、リアリナは頭を深々と下げた。


「ありがとうございます、レーゲン先生」


「構わんよ、ついでだ。司書に飽きたら、わしの研究室に来るのをいつでも待っとるからな、リアリナ」


「…はい」


 部屋を辞して、二人はまた図書館へと戻る。


「リアリナ殿は天文にも詳しいのか?」


「詳しいわけではありません。大学にいる時、少しだけ研究室へお話を聞きに行ったり、お手伝いをしていただけです」


「だが、それで式典で雹が降るのを当てた?」


 リアリナはちょっと顔をしかめた。


「あれは……レーゲン先生が間違いなく降るって言うから、雨具を持っていったら、私だけで……おかげで変なあだ名もついちゃって」


「見事当てたわけだ。明日も期待できるな」


「でも、レーゲン先生もおっしゃってましたけど、天気を完全に予想するにはまだまだ研究が必要なんです」


 道すがら、天気の測定方法について解説してくれる。やはり、本や知識に関する話題だと、リアリナは露骨に生き生きするようだった。

 

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