第2幕
これは夢ではない。
過去に起きたこと。そのことについて、ランは細部まで覚えていない。ただ一つはっきりとしてた真実が、記憶の中の映像を焼きつかせていた。
ともだちと思っていた人物に裏切られた。
そのことだけを鮮明に覚えている。それ以外のことはまるで記憶になかった。
友達とは、演劇を通じて出会った。といっても、ランの方はまったく興味がなく、友達の方ははなから興味を抱いていたらしい。
出会ったのは新国立劇場の一階席だった。示し合わせたわけではない。嫌々やってきたランの隣が、友人となる――そして憎む相手である――愛染咲良だったのだ。運命の出会いといってもよい。この日を境に、ランと咲良はともに舞台を目指すこととなったからである。
共通の夢。
同じ舞台に演技をするのだ。幼い日に出会った新国立の劇場で。
二人の心のうちに浮かんだ夢を共有するかのように、幼い二人は手をぎゅっと握りしめた。
その眩い光を放っていた夢は、ある日、泥にまみれた。そうしたのは、志を同じくとしたはずの咲良であった。
同じ学校。同じ部に所属していたランと咲良。二人は競い合うように、互いの実力を確かめるように舞台上を舞った。自分たちの夢を現実のものとする。ただそれを目指して。
だが、中学生の時に気が付いた。嫌でも気づかされた。
主演を務めることができるのは、舞台上でただ一人。主役を二人で演じることなどできない。仮にダブル主人公の脚本があったとしても、どちらかに視線が向かう。つまりは、上下を決めることとなる。望む望まないを別としても。
そんな真理に到達したのは、どちらが先だったのかはわからない。少なくともランは気がついてなかった。……残酷な現実を直視するまいとしていたのかもしれない。気が付いたとしても、これまで築いてきた関係性を壊してしまう真理なんて、放り投げていたことだろう。演劇と友情ならば、後者を選ぶ。
咲良は違った。彼女は友情よりも演劇を取ったのだ。
そして、騙された。騙されたのは、ランとその他大勢の人間。ランは、咲良をいじめる『悪役』をあてがわれ、咲良はいじめられながらも努力を続ける『主人公』となった。
ランにはどうすることもできなかった。咲良の演技は、プロの舞台俳優に負けないほど真に迫っていた。
咲良の体からあふれんばかりの才能のことなど、どうでもいい。咲良が、自分のことを蹴落とそうとするだなんて。そんな人間だなんて考えもしなかった。
最終的に、ランは転校する。咲良と会ったのは、その時が最後だ。その時に謝罪の一言でもあれば、ランも納得したかもしれなかったが。
――騙されちゃって、ホントバカみたい。
咲良は口元を歪め、そう言いのけたのだった。
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