リハビリ(お題、何でもします)

「助けていただいてありがとうございました。お食事まで…。」

「気にしなくても良いよ。困ったときはお互い様と言うでしょう?」

借りたタオルを羽織り、温かいスープのはいった器を受け取りながら少女は礼を口にする。器を渡した青年は穏やかな笑みを浮かべながら言葉を返した。

少女はハイキングで一人で山に登っていたのだがうっかり足をすべらせて遭難しかけていたところを青年に助けられたのだ。

「でもびっくりしました…。こんなところに住んでいる方がいるなんて…。不便じゃないんですか?」「案外なんとかなるよ?…それより、頭の怪我は大丈夫?気持ち悪くなるのなら教えてね?」青年は少女の頭に巻かれた包帯に目を向け心配を口にする。少女はあえて明るく笑うと大丈夫ですと答えた。

「明日になったら一緒に山を降りようか、君の事心配だしせっかくの縁だからそれくらいはさせてね。」

「そんな…!こうやって助けてもらえるだけで本当にありがたいです。お礼に私にできることなら何でも言ってくださいね!どれだけ時間がかかっても絶対応えますので!!」

「ありがとう、でも怪我人なんだから安静にしていようね?」

「えへへ、そうします。…このスープ美味しいですねー?」

「秘蔵のお肉を入れたからね。いつも自分にしか作らないから、美味しいっていってもらえてなんだかホッとしたよ。」

「またまたぁ。すっごく美味しいですよ!」

二人は夕食を片手間に他愛のない会話に興じる。

「こんな話を知ってるかな。昔々、山奥の村に身寄りのない男が一人で住んでいた。彼はよく言えば心優しい、悪く言えば生き物一匹殺せないくらい気弱な性格をしており、狩猟ができてこそ一人前とされていた村の連中から疎まれ、気味悪がれ、蔑まれていた。そんなある年に、ひどく寒い夏が来て村の食べ物が底につくことがあった。男は小心者故に、日々の貯蓄を怠らず努めていたため苦しくはあったが飢えることはなかったそうだけど、村人にはそれが「自分達のものを盗んだ」「男が自分達を逆恨みして呪いをかけた」と言いがかりをつけ男に暴行した。男はそんなことはしていない、これは自分で蓄えたものだと弁解をしたけど村人は聞く耳を持たなかった。それどころか、自分達より劣る男の分際で言い返してきた事に激昂したのか村人達はそのまま男を殺してしまい、男の蓄えを根こそぎ奪い取ってしまった。村人達は男の蓄えを食い尽くした後に殺し合いを起こして村を滅ぼしてしまったそうだけど、…さてさて、それが男の呪いだったのかは誰も知らない話。」

ねぇ、君はどうおもう?と青年が少女に問いかける。口元には穏やかなほほえみを宿しているが目に光が灯っていない。その様子に機嫌をよくした青年はぱん、とひとつ手を打つ。その瞬間、全てがずるりと解けた。温かな照明も、質素な机や椅子。少女の頭を被っていた清潔そうな包帯も、青年が少女に貸したぶかぶかのTシャツも、その全てが濃い煤煙のような瘴気に姿を戻り、少女に纏わりついていた。光の一切見えない空間で、まるで水中を漂うように生まれたままの姿で浮かんている少女に対して、全ての幻がなくなったなか変わらず椅子に座った状態で浮かんでいる青年は、誰がどう見ても違和感でしかなかった。

「知らない人相手に、『なんでもやる』だなんて簡単に言うものじゃないよ?しかも『どれだけ時間がかかっても応える』だなんて。」俗世とのつながりが悉く引き千切られていてなんて可哀想な子だと思って拾ったけども、ますます手を離したくなくなるじゃないか。そう独りごちた青年は、山に封印されていた呪いそのものといった存在だった。青年が語ってきた男…、ではなくて山賊村の村人達の他人を害するほどの排他精神と底のない嫉妬や羨望が核としてあり肥大化した結果、呪いとして出来上がった存在だった。ちょうどよく死にかけていた可哀想な少女を拾ったのも、呪いを振りまくヒトガタとしてちょうどよかったからなのだが、相手にとことん入れ込んでしまう奉仕性質が言葉の端々にも現れており、その魂含めて手離し難いと感じてしまったのだった。

「…とはいえ、どうしたものかな?俗世のあれこれを忘れてさせてあげるのはもちろんとして、魂の性質は変えたくないねぇ。」少女を引き寄せ、そっと頬に触れる。頭の傷からはじわじわと瘴気が染み込み、彼女を手元に置くための準備が進んでいる。なにしろ、時間はある。ここは自らの領域だから時間の流れなど切り離してしまえばどうとでもなる。なにより、少女は自ら言ったのだ。どれだけ時間がかかっても何でも応えてくれると。青年は、食べさせた自らの一部が少女の腹で形となって育っていくのも、染み込ませている瘴気が馴染むのも時間をかけて行うことにして、その後のことはその間に考えることにした。

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