今日できるすべてのこと

皿日八目

今日できるすべてのこと

 朝。彼は起きてすぐ海に出て、大きなサメをとって朝食にした。残った骨でトロンボーンを作り、人魚に三千万で売った。


 そのあと彼はバスで大学に行き、卒業した。二百ページにおよぶ卒業論文は行きすがら書いたものだった。


 卒業式が終わるとすぐ図書館に入った。そこには五十万冊の本があった。彼はそれをすべて読み、一冊一冊についてブログで書評を書いた。


 それは評判となり、百万人もの人が閲覧した。書籍化が決定し、サイン会が開かれた。


 ついさっき彼を知ったばかりだという五千人のファンが来て、その一人ひとりに手ずからサインをした。


 サイン会を終えたあと、彼は自分が熱っぽいことに気づいた。日本じゅうの病院にかかったが誰も原因を突き止められなかった。


 彼は自分が医者になって治療法を探そうと思い、試験を受け、医療大学に入った。


 そして卒業して医者になったのち、自分の病気がまったく新しいものであることを発見した。ついでにその治療法と予防法も発見した。


 そのときちょうど宅配便が来て、ダンボールを開けると、そこには小切手と賞状とメダルが入っていた。どうもノーベル賞らしかった。


 医者をやめて暇になったので、彼は本屋に立ち寄り、そこにある本をすべて読んだ。しかし面白いものが一冊もなかったので、自分で書いてみることにした。


 同じ本屋で百冊のノートと十本のボールペンを書い、トイレの個室に座って書き始めた。


 その速度があまりにも速かったので、彼が個室から出たとき、まだ小さいほうが終わっていない人すらいた。


 小説はたちまち評判になり、あらゆる賞を総なめにした。彼自身が新しい賞を作らなければ間に合わないほどだった。


 彼が小説を書いた本屋は聖地と化し、毎年世界中から巡礼者が訪れた。


 彼の小説はすぐアニメ化され、映画化され、実写化され、森羅万象の企業とタイアップし、千曲ものテーマソングが作られた。シリーズの総売上冊数は聖書を越えた。


 あまりにも儲かったので、銀行に入り切らないお金を山に埋めなければならないほどだった。


 また、その財産を当てにして、借金を頼みにくる各国首脳がいたとかいないとか噂もされた。


 しかし、彼はまたサイン会を開くのには飽きていたため、すぐ小説家をやめ、今度は作曲家を目指した。


 今までに作られたすべての曲を聴いたあと、たぶん誰も作っていないんじゃないかと思われる曲を試しに作った。


 公開しようと思ったが、イカしたムービーを一緒に流したいと考えた。


 だがそこで、彼は絵がまったく書けず編集技術もまったくなかったことに気づいた。だから勉強した。できるようになった。それで動画を投稿した。


 たちまち世界中の注目を集め、あらゆるSNSで話題をかっさらった。あまりにも有名になったので、チベットの修行僧でさえ彼の曲を知った。


 その名声は火星にまで届き、一時は真剣に火星人が彼の召喚を検討するほどだった。


 彼はその後、漫画を書いたり、ゲームを作ったり、Vtuberになったりした。


 しかし現実にもいい加減に飽きあきしたので、さっさと異世界に通じる次元の裂け目を見つけ出し、この世界から飛び出した。


 そこで彼は百の剣を抜き、百の竜を倒し、百の国を救い、百の姫の求婚を受け、百の海を航海し、百の船から落下し、百の海を泳ぐなどした。


 だがそろそろ昼過ぎとなったので、空腹を覚えた彼はいったん現実へと帰還した。


 次元の裂け目からいちばん近いコンビニに行き、カップラーメンを買った。六秒で作って三秒で食べた。満腹すると眠くなったので、一秒だけ眠った。


 目覚めると彼は消化不良を起こしていた。もう医者ではなかったので自分で治すわけにはいかなかった。


 彼はいくら食べても平気な食べ物が食べたいと思い、ざっとこの世を探したがどこにもないようだったので、自分で作ることにした。


 彼は月を買い、月面をすべて耕して畑にした。種をまいて水をまいた。すぐさま芽が出て野菜になった。木も生えて果物が実った。おかげで月は今や真緑色だった。


 彼はそれらの食材を料理しようと思ったが、料理の方法を一つも知らないことに気がついた。


 そのため調理学校の通信教育を月面で受講し、免許を獲得してから料理をした。例のごとく料理は評判となり、金星から客が訪れるほどだった。


 月から帰ると、彼は地球の狭さをまざまざと感じた。そのためすぐ宇宙に帰った。


 しかし彼は宇宙では息ができないことに気がついた。息ができないと、彼は死んでしまうのだった。


 宇宙服を着て活動できるほど彼はタフでもマッチョでもなかったので、代わりに魔法を習うことにした。


 ご存知の通り、魔法にはかなりの種類があるため、その中には宇宙で息が続くようにできるものもあるはずだった。


 彼は魔法学校に通い、そこを卒業すると、すぐ宇宙に行った。太陽系をめぐり、銀河系を飛び出し、宇宙の果てでスパゲッティを食べた。


 しかしそれはスパゲッティではなく、神だった。神を食べた彼は神となった。


 彼はもっと面白い世界を作ろうとして、今ある宇宙を別のファイルにコピーしてから消去し、「新世界ニューワールド」というありふれた名前の世界を新規作成することにした。


 彼は無に光を灯し、万の星を散りばめ、原子をこねて惑星を作り、大地を削り、海をそそぎ、空を描いたが、そこまでやって飽きてしまったので、元の世界に帰ることにした。


 ちょうど日も暮れてきたころだった。


 彼は家に帰るまでに千の会社を立ち上げて潰し、百の映画に出演し、十の重大な自然法則を発見し、二十人の子供を育て、七つの国を建国し、五百人の生徒を卒業させ、五つの山に登り、三十の川を下り、邪神に誘惑され、女の子になり、老人になり、牛になり、過去に行き、未来に行き、神々の玉座に座り、神々の玉座を追われ、作者を殴り、海王星に出かけていってかき氷のための氷をとってきたり、深夜アニメの録画予約をするなどした。


 テレビを消して時計を見ると、ちょうど寝る時間に近づいていた。


 彼は歯を磨き、ついでに家を掃除し、ついでに家を建て替え、ついでに家を引っ越し、ついでに家を売りに出し、ついでに家を買い戻し、ついでに部屋に布団がなかったことを思い出し、実家に帰って貰ってくることにした。


 それから寝る前に、今日あったことの全てを日記に記した。それはだいたい2546文字くらいになった。だが彼はあまり真剣に数えなかったので、おそらく間違っているだろう。


 日記を読み返し、彼は満足げにため息をついた。


布団を敷いて寝ようとして、やっぱり別の場所に敷くのがいいかと悩み、そもそも布団よりベッドがいいと思い始め、慌てて買いに行って設置してもらい、やっと潜り込むと目を閉じてうつらうつら考えた。


 明日はもっと多くのことができたらいいな。

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