第10話 追憶


咲恵さえと出会ったのは高校1年生の頃だった。


まだ高校入学間もない頃、中等部からの内部進学組のわたしは、隣のクラスになった友達に会いに行った。

2組の教室のドアを開けようとすると、先に教室の中からドアが開いた。


大きな瞳と目が合う。


「ごめんなさい」

ぺこっと会釈をして瞳の持ち主は風を切って歩いていった。




「おはよう、菜乃。クラス離れちゃったね」

ぽかんとしていると、友達が肩をぽんと叩いて声をかけてきた。


「今の子、常盤咲恵ときわさえ。すごい綺麗な子だよね。なんかもう告白した奴いるらしいよ」



どうやら既に学校内では有名人のようだったが、噂話に疎いわたしは全く知らなかった。



「綺麗な子なんだけどね、物静かというかなんというか…話しかけてもずっとおどおどしてるのよね。まあ男子はそこもかわいいとか言ってるけど」


「きっと大人しい子なんだよ。ぐいぐい来られるのは苦手なのかもね」



苦手なのもそうかもしれないけど、そりゃ入学してすぐに寄ってたかられるんじゃ目立ってしまうし嫌だろうな…なんてちょっと常盤咲恵さんに同情してた。









高等部は中等部と同じ敷地内にあり、校舎だけ渡り廊下を通じて分かれるような形になっている。


わたしには中等部時代からお気に入りの場所があった。


中等部と高等部が共用で使用している、音楽室や美術室がある技術棟。

美術室の裏にある小さなスペースだ。


美術室は1階にあるものの、学校自体が周りの土地よりも少しふもとにあるため、

美術室の窓からは堤防のような芝生の丘しか見えないのだ。


わたしのお気に入りは美術室とその丘の狭間。

狭間といっても幅は2mほどあるのでそこまで窮屈ではない。

そして風がよく通り抜けるので居心地もいいのだ。



入学後のオリエンテーション期間が終わり、高校生になって初めての昼休みがやってきた。


わたしは中等部時代と変わらずそこで昼食とろうと技術棟へ向かった。



友達とわいわいするのももちろん好きなのだが、ずっとだと疲れてしまう。

笑顔の引きつりを感じるようになったのは中学2年生の頃だった。

こうして昼休みをひとりで過ごすことによって適度なリフレッシュをしているのだ。


美術室の裏に周ろうとしたとき、あの場所に人がいることに気が付いた。


先客がいたか、とあきらめてバレないようにその場を立ち去ろうとした瞬間。

「ぐうぅ」と気の抜けた音が鳴った。

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