第1話 透明な羽


あまり目覚めのよろしくない朝だ。

なんでもあんな夢を見てしまったから。




「おはよう、未波」

リビングへと降りていくと、夜勤帰りの母がいた。




今日は土曜日。

学校が休みでも、昼過ぎまで眠ってしまうなんてことはなく

7時には目が覚めるような体になっており、

比較的規則正しい生活を送っている。




昨日の帰り道にかわいい野良猫がいたこと、

抜き打ちの数学の小テストがまあまあ手ごたえがあったこと、

友達が誕生日でみんなでサプライズをしたこと…


母と他愛もない会話をしながら朝食をとる。


あたしは鹿野未波かのみなみ

自分で言うのもなんだが、あたしはなんでもそこそここなせる人間だ。

要領も良いほうで、そこまで追いつめて勉強せずとも割と良い点数がとれるし、

運動も部活に所属していないにもかかわらず、まあまあできる。

反抗期なんてなく家族関係も良好だし、友人にも恵まれている。


特に泥臭い努力をせずとも、人並み以上の結果を残すことができる。

そんな自分をラッキーとも思いつつ、

つまらないなとも思う。


まあまだ15年しか生きてきていないから、

これからとんでもない挫折が待ち受けているのかもしれないけれど。




母がテレビっ子世代のため、わりかし流しっぱなしにしているテレビからは

衣替えの話題が出ている。


最近ようやく涼しくなり、夏が過ぎ去ろうとしている。


もう秋か…

そう思いながら、朝食を食べ終わった皿を流し台へ運ぼうと立ち上がると

「そういえば」と母が口を開いた。



「お隣の家、今日引っ越して来られるみたいよ。」



お隣の家と言えば、10年ほど前にあたしたちが引っ越してきた頃には

すでに空き家だった。


時々、誰かが掃除をしに来ていたのか、家を出入りしている様子があり、

比較的広い庭も、空き家にしてはきれいな状態だった。





昼を過ぎたころ、インターホンが鳴った。

ドアを開けると、美しい2人の女性が立っていた。


「はじめまして。隣に引っ越してきた冴木さえきです。」


2人の女性はどうやら親子で、娘はあたしと同じ年だった。

母親の女性は同級生の母親と比べてとても若々しく、

娘の少女は同じ年と思えないくらい大人っぽく、

2人並ぶと姉妹のようにも見えた。


冴木透羽さえきとわです。」

そう自己紹介をし、ほほえむ彼女の顔を、

なんだか面映ゆくて直視することができなかった。



世話焼きな性格の母が、冴木さんのお母さんに

スーパーやら、コンビニやら、病院やら、周辺の情報を伝えている。


後に冴木さんのお母さんは、長い間空き家だったお隣の家に

20年ほど前まで住んでおり、戻ってきたということを知った。


ショッピングモールや、小洒落たカフェのように、

ここ十数年で新しくできたものもあるが、

街の景色としては当時とあまり変わっていないようだ。




ご挨拶と世間話を軽く終え、別れ際になったとき、

冴木さんが口をパクパクとさせていることに気が付いたが

なんと言っているかまではわからず、

そのまま背を向けることになってしまった。

























「やっと会えたね。ナノ…。」

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