第20話 番外編 夢見たお買い物①
「エールカ!こっちよ!」
「ミシュレオン!」
アウラが用意してくれた馬車を降りると、豪華な屋敷の扉の前でミシュレオンが元気に手を振ってくれていた。エールカも慌てて駆け寄ろうとするが「こら、慌てるな」とアウラに腰を引き寄せられ阻止されてしまう。
「ちよ、アウラ!人前でそんなに触らないで!」
「えー、いいだろぉ?だってデートなんだからよぉ。」
「デートじゃない!そもそもアウラについてきてなんて頼んでないんだけど!」
ぷんぷんと怒った顔を見せてみるが、機嫌の良いアウラには全く効果がない。
今日は久しぶりに王都にやってきた。ずっと前から約束しているミシュレオンとのお買い物のためだ。
今年の春からまた王立学校に戻ることになっている。その前に一緒に買い物を楽しもうと手紙が来ていたのだ。エールカとしてはすぐにでも飛んでいきたかったのだが、3人の幼馴染を説得するのにひと月も要してしまったのだ。
やれ、また誘拐されるだの、変な男に声をかけられるだの、最初の買い物デートは自分にしてくれだの。
行かせてくれないのなら、3人と二度と口をきかないと啖呵を切って、なんとかアウラ同伴での王都行きが許されたのだった。
本当はスイもカイもついてくる予定だったのだが、仕事が入ったらしく号泣しながら村を出て行った。
アウラが用意してくれた馬車に乗って、ミシュレオンの屋敷に着いたのは、あと少しで日も暮れてしまう夕方だった。
実はミシュレオンがお泊まりしてほしいとのことだったので、一泊お世話になる予定なのだ。
「…本当に一人で大丈夫なのかエールカ?」
ミシュレオンの前でエールカを下ろしたアウラが心配げな顔でエールカを見下ろす。アウラも泊まると言い張っていたのだが、そんなことをになればミシュレオの屋敷が大騒ぎになってしまうので、自分の屋敷に戻るように言ったのだ。またアウラが駄々を捏ねたが、口をきかない作戦でなんとか了承させた。
「大丈夫だって言ってるでしょ?もう邪神もいないんだし、アウラも魔法で見守っててくれるんでしょ?」
「まぁ、そうなんだがなぁ。うーん。」
「アウラニクス様、どうかわたくしにお任せください!何かあれば私が命に変えてもエールカをお守りいたします!わたくし、最近東の国の格闘術を学んでおりますので大丈夫です!」
「ほぉ、それは安心だな。…では頼んだぞ。俺も見守ってるから大丈夫だがな。じゃあな、エールカ。明日迎えに来るからあんまり夜更かしするんじゃねーぞ?」
「ひゃあ!」
額に口づけされてエールカの顔が真っ赤になる。だから人前でそんなことをしない!と怒鳴ろうにも、アウラはケラケラ笑って馬車に乗り込んでしまった。
「大人ですわ…!」
ミシュレオンは赤くなった両頬を両手で抑えながらそんな2人を眺めていた。
「きゃー!エールカ、そのナイトドレスとっても可愛らしいですわ!」
「へへ、ありがとう!ミシュレオンのもすごく素敵だね!」
2人でえへへと笑い合う。エールカが着ているのは胸元に赤いベルベットのリボンがあしらわれた白いナイトドレスで裾にはふんだんにレースが使われている。
一方、ミシュレオンはダークパープルのサテン生地のドレスで、身体のラインがはっきりと出ており、スタイルのいいミシュレオンによく似合っていた。
「さぁ、今日はいっぱいお話ししましょうね!」
ミシュレオンがエールカの手を引いて自分のベッドへと促す。
邪神事件の処理がやっと終わり、ミシュレオンは屋敷に帰ることが許された。王立学校で起こした虐めや王族へ禁止魔法をかけた罪などは、操られていたことを理由に特別な罰もなく許された。きっとアウラニクス様たちが口添えしてくれたことも大きいのだろう。ミシュレオンは一度、王都のアウラニクスの屋敷にお礼の手紙を書いたが「全てエールカのためにやったこと」と短く書かれた文が帰ってきただけだった。
「明日はアウラがついてきちゃって2人っきりじゃないから、今日のうちにいっぱい話そう!」
エールカがベッドに座ってにっこりと笑う。ミシュレオンも笑顔で頷いた。
「それでね!アウラとカイが喧嘩したせいで畑の野菜が燃えちゃって!その日は2人とも晩御飯抜きだったの!」
「ふふふ!あのお二人が晩御飯抜きって!そんなことができるのはエールカだけよ。」
2人で笑い合う。お茶を飲んだり、お菓子を摘んだりしながらすっかり話し込んでしまった。時間はすでに深夜に近い。明日も朝から買い物に出かける予定なので、そろそろ寝た方がいいだろう。
ベッドの上に置いていたお菓子などを片付けて、電気を消した後、2人でベッドに潜り込む。
「…エールカ、ありがとう。」
「こちらこそ誘ってくれてありがとう!とっても楽しかった!」
「違うの。」
ミシュレオンがほほえむ。エールカ。いくら操られていたといえども自分を虐め、陥れ,殺そうとまでした自分を許してくれた人。
公爵家の娘として育てられた自分にとって、本当の友人というものはいなかった。全て利害関係で結ばれた人々。いつ出し抜かれるか分からず、外ではいつも気を張っていた気がする。
植物が好きという貴族らしからぬ趣味を知られれば弱みになってしまうかもしれないと思い、必死に隠してきた。
そして、小さい頃から秘めてきた淡い恋。社交パーティーで見たこの国の王子様。
何の取り柄もない自分では彼の横に並ぶことなどできないと思っていた。でもその瞳に自分を映してほしい。
そんな自分の醜い心を邪神に見抜かれたのだろう。だからこの身の内に入られてしまったのだ。そんな愚かな自分を友達だと言ってくれたエールカ。
「わたくしの心が弱いばっかりにあんなものに操られてしまったの。本当にごめんなさい。いくら謝っても足りないわよね?貴方の気がすむのならぶってくれても…。」
「駄目よ、ミシュレオン。それ以上は言わないでね。」
「あっ…。」
エールカが指をミシュレオンのくちびるに押し当てる。
「友達だっていったでしょ?友達はね?喧嘩しても仲直りすればもとどおりなの。だからいっぱい喧嘩してもごめんなさいって心から謝ればいいの。そしたら私が許すから。…あのね?私、女の子の友達ってあんまりいないの。村の女の子たちはアウラたちが好きだから、チヤホヤされてる私のことあんまり好きじゃなくて…。だからはじめての女友達がミシュレオンなの。」
「っ!わたくしもよ!エールカ、わたくしの親友になってちょうだい!」
「うん!うん、もちろんだよ!」
2人でちょっぴり涙目になりながら抱き合ったのだった。
「ミシュレオンがアウラたちにメロメロにならなくて嬉しいなー!あ、そっか!ミシュレオンにはロベルト様がいるもんね!」
「なっ!なにをいってますの!」
突然自分の恋心を言い当てられ、ミシュレオンはベッドから勢いよく身体を起こした。
「え?だって婚約者なんでしょ?」
エールカがことりと首を傾げる。
「た、確かに私たちは婚約者同士ですがあくまで国のための婚約であって恋愛感情とかそういうものは!」
「え?好きなんでしょ?告白されたってロベルト様の手紙に書いてあったよ?」
「ほあっ!!」
ミシュレオンは恥ずかしすぎて顔が赤くなり、涙目になってしまう。
「どうしてロベルト様がエールカにそんな手紙を!?」
「あぁ!なんか学校でのことで謝罪の手紙が来たの。お詫びにお城に招待したいからアウラたちとぜひ来てくれって。それ以外は全部ミシュレオンとの惚気話だったけど?」
「いやぁー!」
とんでもない話を聞かされて、ミシュレオンはそのまま失神してしまったのだった。
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