第19話 それぞれの未来へ③
「ふぅ、今日はこのくらいにしとこうかなぁ。」
畑の草むしりを終えたエールカは、額から流れる汗を拭いて天を仰ぐ。日はもう山の向こうに消えていこうとしている。随分と長い時間、農作業に励んでしまっていたようだ。
いいタイミングでぐぅっとエールカのお腹が鳴る。そろそろ家に帰って夕食を食べよう。持ってきた荷物をまとめていると、遠くからエールカを呼ぶ声が聞こえてくる。
「エールカー、そろそろ帰りましょうー!」
やってきたのはスイだった。その美しさは村の商店で売っている質素な服を着ても全く失われていない。
「うん、そろそろ帰ろうと思ってたところだよ。スイは妖精国の仕事終わったの?」
「えぇ、やっと終わったわ。聖女の選別とか聖堂での祈り方とか、全部忘れちゃってるんだもん。最初から教えないといけなくて大変だったわ!」
だから慰めてー!と言って抱きつこうとしてくるスイをひらりとかわした。するとスイは恨めしそうな顔でこちらを見つめてくる。
「エールカ、まだ怒ってるの?」
「さーて、帰るよー!」
「エールカぁ!」
シクシクと泣き真似をしているスイを置いて歩き出す。別に怒ってない。本当に怒ってない。だって、怒るようなことではないし。ただ、スイが最初自分を騙していたというだけ。エルカミニオンを助けるために必要なことだった。そうだ。必要なことだ。エルカミニオンはいい人?神様だったし、助けたいのは当たり前だ。そうだ、そうだろう。
「怒ってるわよね?ね?」
「怒ってませんけどー?全く怒ってませんけどー?」
周りをウロチョロと動き回って焦って話しかけてくるスイに適当に返事を返しておく。
ミシュレオンに囚われていた洞窟から王都に帰ってきて、とにかく大変だった。城に呼び出されたかと思えば、国王から直々に謝罪され、ロベルト様からも土下座された。退学に関しては取り消しすし、一切お金が必要ない特別特待生としてまた通ってほしいとお願いされた。
村を救うための方法はもう分かったし、これ以上学校に通う必要はないが、正直あの学校で学んでから勉強というものが楽しくなってしまった。もし、もう一度学びの機会を得られるのならぜひやらせてもらいたいというのが本音だ。
しかし、それを許さないのが幼馴染3人だ。村に戻ってくると言ったではないかと3人で協力してこっちを丸め込もうとする。たしかに一度は帰ると言ったが、事情が変わったのだから少しは柔軟に対応してもらいたい。
「おかえり、エールカ。今日も可愛いな、俺の伴侶になってくれ。」
「ただいま、カイー。」
息をするようにプロポーズをしてくるカイに挨拶してから家に入る。
「おかえり、エールカ。」
そして家の中ではアウラが待っていた。まるで自分の家であるかのように本を読みながらくつろいでいる。
あの一件以来、3人ともに躊躇なくアピールをしてくるようになった。何かと貢物をしてくるスイに、ひたすらに愛を伝えてくるカイ。そして。
「あっちにエールカの部屋はもう用意させてるから、身一つで来ればいい。エールカの両親にも話は通してあるから、いつでも来られるぞ?一応、両親からも一緒に住むのは結婚してからって言われてるから、まずはお試しで泊まってみるのがいいじゃねーか?国中に、次に俺が帰ってくる時は番いを連れてくる時だってお触れを出してあるからみんな楽しみにしてる。ウェディングドレスも発注してーけど、それはエールカの好みもあるだろうからまだ我慢な。リボンも刺繍もなんだって好きなもの使っていいからな?ただ宝石だけは古龍国に代々伝わる柘榴結晶を使わせてもらうぞ?悪いなぁ。結婚式典の後のお披露目会では好きな宝石を選ぼうな?いつ選びに行く?」
怒涛の勢いで外堀を埋めていこうとするアウラである。
「ちょっと、馬鹿龍!何勝手なこと言ってるのよ!」
「そうだ、少し黙れ!結婚なんてお前の妄想に過ぎない。」
カイとスイが外の窓から部屋を覗き込み、ギャンギャンと文句を言っている。実はスイとカイはまだ家を出禁にしている。なんたって一度はエールカよりもエルカミニオンを選んだ2人だ。少しぐらいお灸を据えてもバチは当たらないだろう。それにエルカミニオンもお仕置きしても構わないと言っていた。
「おうおう、負け犬どもが吠えてるじゃねーか。なぁ、エールカ?春からまた学校に戻る予定なんだろ?だったらそれまでに一度俺の国に戻ろうぜ?」
「そしたら番い扱いされちゃうんでしょ?」
「いや、今回はお忍びで戻る。…エールカに俺の国を見てもらいたいんだ。駄目か?」
「くっ!」
ベッドに座っている自分の腹に抱きつき、上目遣いでこちらの顔を覗き込んでくるとんでもない美丈夫に敵うわけがない。それに、龍が住む国をというのも見てみたい。
エールカは、なんとか幼馴染3人の説得に成功し、次の春からまた学校に戻ることができるようになったのだ。ミシュレオンと一緒に学べることが楽しみで堪らない。もしかしたらまた虐められるかもしれないが、そんなことは絶対にさせないとロベルトが約束してくれた。だから、きっと大丈夫だ。
「ま、まぁ、国を見に行くぐらいならいいけど。スイとカイは?」
「「もちろん行く!」」
外から元気な声が聞こえてくるが「却下」とアウラがにべもなく断った。
「スイはまだ妖精国の聖女問題が解決してねーだろうが。また戻ってきて欲しいって国王直々に要請があった。今すぐにでも飛んでいけ。カイは邪神に操られて精神摩耗が残ってるミシュレオンの治療依頼が来てる。お前もさっさと飛んでいけ。」
「嫌よ、行かないわ!帰ってきたばっかりなのに!せめてエールカともっとイチャイチャしてから!」
「俺も行かない。お前と2人っきりにしたらエールカに何をされるか分からないからな!」
「…ちゃんとお仕事してくれる人の方が好きだな。」
「「行きます…。」」
窓にへばりついたまま肩を落とす2人を見て、エールカはケラケラと笑った。そして、チョイチョイと2人に向かって手招きをする。もう家に入っていいという合図だ。
それを瞬時に理解した2人の姿は一瞬で消えて、入口の方からバタバタと走ってくる音が聞こえてくる。最初にものすごい勢いで部屋に入ってきたのはスイで、エールカを抱きしめたまま、上に持ち上げだ。
「エールカ、ありがとう!大好きよ?」
「ひゃっ、ちょっと!ここで男の人になるのはズルい!」
スイは来る途中で男性に変わったらしく、男らしい笑みを浮かべてエールカの頬にキスをする。
「ズルくたってなんだっていいよ、エールカに好きになってもらえるなら。お姉様が帰ってくるまでにエールカに伴侶を決めてもらわないといけないんだから、もう我慢なんかしないことにしたよ?」
そういうと、スイはエールカの首元に顔を寄せ甘噛みした。
「ひゃあ!ちょ、ちょっと、何して!」
「身体から籠絡してみるっていうのも1つの手だよね?…大丈夫、エールカ。俺が優しくするから…。」
今まで聞いたこともないようなスイの低く艶のある声にエールカの頭がジンと痺れる。このままじゃ、本当に食べられてしまう。ベッドの上に下ろされて、そのまま押し倒されそうになった。
「エールカ、次は俺の番だ。」
「あ、あれ?スイは…?」
「転移魔法で飛ばした。」
スイが突然カイと入れ替わる。どこか遠くでスイの怒声が聞こえたようだ気がするが気のせいだろう。
「エールカ、覚えてるか?小さい時にお前は俺とずっと一緒にだと言ってくれただろう?その約束、ちゃんと果たしてくれ。」
「や、ちょ、カイ!」
カイの手がスルスルとエールカの脇腹を掠めていく。
「家族になろう。そしていっぱい子供をつくれば、寂しくない。お前に似た子供がたくさん欲しいんだ。」
「カイ、待って!お願いっあ!」
カイの唇がエールカの口を塞ごうとする。
「次は俺だなー。」
先程と同じようにカイがアウラに入れ替わった。どうやったのか分からないな、床でカイが気絶している。
「俺のお姫様。俺は急がないぜ。ゆっくり決めればいい。子供だってもっとエールカが大きくならないと身体の負担になるからな。…千年待ったんだから、あと千年待つのも同じさ。」
優しく微笑むアウラの顔を直視して顔が赤くなる。そんなエールカの顔をアウラがニヤニヤしながら覗き込んだ。
「愛してる。俺の国に嫁いできたら2度と離さないから覚悟してくれ。」
最近、アウラの顔を直視することができなくなってきた。どうしても顔が赤くなってしまうのだ。自分を守ろうとしてくれた時の大きな背中を思い出すと胸が甘く痛む。自分でもよく分からない感覚にエールカは振り回されている。
「エールカも了承してくれたことだし、明日にでも出発するか。早く行かねーとスイもカイもついてきちまうからな。さっさと仕事に行けって蹴り出してやろうぜ?」
アウラがエールカの手をとって、その甲に優しく口付ける。
「エールカ。どれだけ時間がかかっても、俺はお前を手に入れる。いくら大事な幼馴染だからってあいつらに渡すつもりはないさ。未来永劫、俺と一緒に過ごしてくれるよな?」
「ま、まだ答えは出てないよ!」
慌ててアウラが握っている自分の手を引き抜くエールカ。アウラに触られた場所が熱くて堪らない。
「答えが出るのを楽しみにしとくさ。」
喉をグルルッと鳴らして嬉しそうに笑うアウラ。
まだ愛おしいという気持ちは分からないけれど、いつかきっと分かる日が来るはずだ。そう確信しながら、エールカは夕飯の準備をするためキッチンへと向かう。
今日はアウラの好きな肉の入ったシチューにしよう。隣町に行って今帰ってきているはずの両親がきっと美味しいパンを買ってきてくれているはすだから、一緒に食べれば絶品のはずだ。
明日はお菓子を作ろう。今度ミシュレオンと会う時に、手作りのお菓子を交換し合うと約束した。自分で厨房に立ったことがないというミシュレオンは、目を輝かせて「絶品なお菓子を作るから覚悟してちょうだい!」と胸を張り、アーノルドと一緒に練習で忙しくしているらしい。
窓から外を眺めると、夕日に染まって輝く黄金色の糸が村中に広がる。エールカが見つけた魔物の糸は、現在でも大変貴重なものであり、美しさに加えその丈夫さから王都を中心にとんでもない人気が出ていた。周辺国からの購入依頼も相次ぎ、以前の特産品である果物を作っていた時よりも村は遥かに潤っている。そのおかげで、村に笑顔と安らぎが戻った。
「綺麗…。」
これが自分が勝ち得たもの。努力の先の答えなんだろうか。
「エールカ、腹減ったぁ。」
「ちょっと待ってー!」
腹を鳴らしたアウラの姿が可笑しくてエールカは笑う。今は難しい話はいい。ただこの幸せを全身で噛み締めよう。
エールカは腹を空かした番い候補のため、料理の手を速めたのだった。
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「やめろやめろやめろ!そんなもの俺に近付けるな!どこから持ってきたんだ、そのヘドロは!」
「ヘドロなんかじゃないわよ、失礼ね!とっても貴重で高かったのよ!なんでも、この液体には浄化作用があるらしくて!貴方も浸かれば色が戻るかもしれないわ。さぁ、試してみましょう!そうしましょう!」
「そんなよく分からん七色に光る液体で戻るわけないだろう!俺でも分かるぞそんなこと!しかもなんか臭い!本当にやめろ!早く捨ててこい!」
「よいしょっと!」
ドボン!!!!!
「ぎゃあーーー!何するんだ、馬鹿!くそ、やっぱり臭いじゃないか!しかもなんかヌルヌルしてるぞ!!なんなんだよ、これは!」
「幻獣の涎。」
「いくらしたんだ!」
「もうお金なくなっちゃった!」
「いい加減にしろよ、この馬鹿女神がぁ!いつになったらまともな旅ができるんだ!」
「馬鹿じゃないわよ。オルガーのバカっ!」
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