第18話 それぞれの未来へ②



メルギーside


「もう嫌だ…もう家に帰る。」


「何を言ってるんだ?帰れるわけないだろ?そんなこと言ってる暇があるんだったら、さっさとこれ運んどけよー?」


「うぎゃあ!」


 今日も訓練でボロボロのボコボコにされた。体力も尽きて地面に倒れ込んでいるのに、その背中に容赦なく訓練で使った武器を放り投げられた。メシャッと嫌な音がして、背中が酷く痛んだ。


「うぅ…痛い、うぅ…!」


「また泣いてるのか、あいつは?本当に人間ってのは脆い生き物だなぁ。おい、誰かあいつを運んでやれ。また立てなくなってるみたいだからな。」


「へーい、ほら行くぞメルギー。」


 あまりの痛みにシクシクと泣いていると警備隊隊長であるクロスがため息をついて部下に指示をする。するといつものことで慣れているのか、数人が進み出てメルギーの身体を担ぎ上げた。


「相変わらず細いな、お前。ちゃんと食べれてるのか?好き嫌いするから大きくなれないんだぞ?」


「お前ら龍と一緒にするなぁ…。」


ズビッと鼻を啜りながら言葉を返す。自分より一回りも二回りも大きい身体を持つ男たちとの訓練は毎回とんでもなく恐ろしいものだった。



 シーロンに負けてそのまま連れ去られた自分。あれから約ひと月ほど経っているが、一向に迎えがくる気配はない。アウラニクスが言っていた通り、自分はもう見捨てられたのだろう。それに、この国の屈強で規格外な強さを誇る男たちと訓練をしていると、我が国では決して古龍国には勝てないだろうと確信している。


「ほら、ついたぞ?手当するから服脱げよー?」


 ほら、バンザーイと数人の男たちにテキパキと世話をされるメルギー。最初はいい歳をした男が巨大な男たちに世話をされることが嫌で暴れていたが、彼らには全く敵わない。どうも、こいつらは龍の幼体よりも細く小さい自分に庇護欲が刺激されるらしく、あれこれと世話を焼いてくるのだ。


「ほら、傷を見せろ。消毒するから動くなよ。」


「新しい服持ってきてやるからちょっと待ってろ。」


「なんか食べ物持ってくるな。」


「おい、ついでに飲み物ももらって来い。こんなに泣いてちゃ喉がカラカラになる。」


 自分は決して幼子ではない。もう酒だって飲める。身体だって、他の人間に比べれば随分と大きい。しかし、それはあくまで人間のレベル。龍である彼らの身体や寿命、力はとても人間が敵うようなものではなかった。


「おー、また甲斐甲斐しく世話をされてますなぁ。」


「シーロン!!」


 未だ涙が止まらず、グズグスと泣き続けるメルギー。その口にタイミングよく果物を放り込んでいる男たちの姿を見てケラケラと笑いながら近づいてきたのは、自分をこの国に連れてきた張本人、シーロンだった。


「元気そうですね、メルギー?」


「誰が元気なものか!さっさと俺を国に帰せ!」


「それはできないって何度も言ってるでしょ?その性格もまだ治ってないみたいですし!おい、お前らが甘やかすからですよ?」


 シーロンがため息をついて、メルギーの周りで世話を焼き続ける男たちを睨みつける。男たちはバツが悪そうな顔をしているものの、メルギーの口に食べ物を放り込むことはやめていない。


「だって、近衛隊長!こいつ、めちゃくちゃ小さいじゃないですか!頻繁に食べ物あげないと、多分死んじゃうんすよ!」


「死なないですから。」


「こんな小さいんだから、きっと服を着たり傷の手当てをしたりするのもできないんすよ!だから俺が!」


「一応言っとくけど、この人これでもほぼ成人だから。心配しなくても全部自分でできますから。」


「「「そんなわけないっす!」」」


「んぎゃ!」


 屈強な男たちにギュウギュウと抱きしめられたメルギーは悲鳴を上げて「離せ!」と

ジタバタ暴れ始める。しかし、やはり力では全く敵わない。


「はぁー。人間を見るのも初めてって奴らも多いですしねぇ。ギタンギタンに痛めつけてやる予定でしたけど、隊長でさえお前に甘いところありますし…。やっぱり俺と王様で躾けるしかないですかねぇ。でも王様帰ってこないし、実質俺1人でやらないといけないと…。」


「近衛隊長が稽古なんてつけたらメルギーが死んじまうじゃないですか!」


 驚いたことに、シーロンという男。この国の近衛隊長を務めているらしい。人間の自分よりも小柄なその身体は、他の龍たちと比べるとまるで赤子と巨人という感じだが、アウラニクスと隊長以外に負けたことはないというから驚きだ。


「いつまでも龍の国に置いとく訳にはいかないんですよ。この男、一応貴族ですからね。性格が矯正できれば国に帰すと言う約束になってるんです。」


「帰れるのか!」


「矯正できなければ一生この国で兵士生活です。」


「ひぃ!」


 にっこりと笑うシーロンに小さく悲鳴を上げてしまう。


「メルギーを虐めないでください!」


「そうだそうだー!」


 男たちの声援を頼もしく感じてしまうのは、自分がこの国に慣れてきている証拠だろうか。


 幼い頃から、厳しく育てられてきた。立派な騎士になれるように、身の回りのことは1人でやらされ、周りの人間に頼ることは許されなかった。屋敷に缶詰で稽古をしていると、外から子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきていた。貴族の自分と庶民の子供。自分は選ばれた人間なのだ。彼らとは格が違う。


 そう思わないとやっていけなかった。涙を堪えられなかった。


「メルギー、まだ残ってる。ちゃんと全部食べろ。」


「それともこれは好きじゃないのか?おい、べつの食べ物もらってこい!」


「だから甘やかすなって言ってるでしょ!」


 そう言いながらもシーロンが故郷の食べ物をこっそり自分の部屋に差し入れてくれていることを知っている。赤ちゃん扱いなのかもしれないが、大切にされていることは決して嫌ではない。凍えてしまった心のどこかが、少しずつ温まり、溶け始めていることをメルギーは感じていた。




ロベルトside


「忙しすぎるぞ…。」


 まだ日も昇らぬ時間からひたすら執務を続けている。もうとっくに日は暮れているが仕事が終わる気配は全くない。でも仕方がない。この忙しさは王族が招いたことだ。


 王族である自分と公爵家の娘であるミシュレオンが邪神と呼ばれる存在に操られていたと言う事実がアウラニクスたちによりこの国にもたらされ、大混乱が起こった。加えて、モリア家の魔術研究のための殺人事件、王立学校における1人の生徒への醜悪な虐め行為が発覚し、とにかく大騒動になった。


 自分は操られていたものの、生徒への虐めを私欲から誘導したことが問題視され、父によって軟禁を言い渡された。現在、ひたすら自室で公務に励んでいると言う訳だ。


 父である国王は、古龍国を怒らせたレニアーリスとメルギーの処理に忙しく、言葉通りかけずり回っていると聞く。2人のことを助けてやりたかったが、自分が意識を取り戻した時には、既に2人とも出国し、自分の手の届かない所へ行ってしまっていた。せめて命だけは助けてもらえるよう、父親に伝えてみたが「…努力はする。」という一言で終わらせられてしまった。


 そして今回処刑が確定したモリア家の当主の息子、ウラノスは姉とともに姿を消したらしい。いつもヘラヘラと笑っている男だったが、陰で努力をしていたことを自分は知っている。どこかで元気に暮らしていてほしい。


「いつか、みんなで再会できる日が来ればいいんだがな…。」


 そんなひとり言を呟いていると、部屋の扉がノックされた。こんな夜更けに誰だろうかと入室を許可する。


「あ、あの。お疲れではないですか?少し休憩いたしません?」


「ミシュレオン…。」


 部屋に入ってきたのは、頬を赤く染めたミシュレオンだった。ゴテゴテと宝石やドレスで飾り立てていた以前とは違い、今ではシンプルなドレスや髪飾りを好むようになっている。今日も、青く胸元で切り替えのあるナイトドレスに、同じく青い花があしらわれた髪飾りで美しい髪をまとめている。


「お仕事の邪魔になるようであれば下がらせていただきますが…。」


「いや、ちょうど休憩しようとしていたところだ。一緒にどうだ?」


「ぜひ!」


 不安そうな顔でこちらを見てくるものだから、笑顔で同席を促すと満面の笑みで頷いた。


 今回の騒動の中心人物とも言えるミシュレオンは、現在城で匿われている状況だ。数年、邪神に身体を乗っ取られていたからから、体調を崩しやすくなっている。それに、まだ邪神による事件の火消しが終わっていない。身の安全を確保するためにもと、アグノス家から依頼があり、ロベルトがいる郊外の屋敷にともに匿われているのだ。


「うん、あいかわず美味しいな。」


「ありがとうございます!これはリラックス作用のある香りを持つ花から煮出したお茶です。…ロベルト様が少しでも身体を休められたと思いまして。」


「ありがとう、ミシュレオン。君の気遣いに感謝するよ。」


「い、いえ。っ、こ、婚約者として当然のことですから!!!」


 ミシュレオンが場違いなほど大きな声を出す。どうやら緊張してしまっているらしい。顔を真っ赤にして縮こまっている。そして、それを誤魔化すかのようにお茶の効能をペラペラと話し始めた。その姿に少しだけ愛らしさを感じてしまう。


「はは!そうだな、君は私の婚約者だったな。」


 でもそれは、操られていた時のミシュレオンがエールカを傷つけるために決めたこと。本物の彼女がそんなものに囚われる必要はない。


 少しずつ体調が回復してから、植物に関する本をよく読むようになったと聞く。部屋を掃除してくれたメイドから、なんでも植物研究所で働きたいと夢を語っていたと言う情報も仕入れていた。


 自分の婚約者を続ければ、社交パーティーや外交行事などにも同行してもらわなければならない。彼女に夢があるのなら、そんなことに付き合わせたくはなかった。


「…いつでも婚約者はやめて構わないぞ、ミシュレオン。」


 お茶を一口飲んでそう告げる。すると先ほどまで元気よく喋っていたミシュレオンの口がぴたりと止まった。どうしたのかとその顔を見ると、なんとボロボロと涙をこぼしていたのだ。


「なっ、ど、どうしたのだミシュレオン!などこか、痛いのか!い、医者を!」




「ロベルト様はやはりエールカの方がよろしいのですか!!?」


「へっ?」


 ミシュレオンが顔をクシャクシャにしながら大きな声で叫んだ。まさかの言葉にロベルトは言葉を失う。


「ロベルト様がエールカを好きなことを知っています。も、もしロベルト様がエールカを妃に迎えたいというのであれば、私応援いたします!けれど、わ、わたくしもロベルト様のことを好いておりますので!そうなったら、涙を流すこと許していただいてもよろしいですか!」


 すでに涙を流しながらも強い視線でこちらを射抜いてくる。


 正直、まだエールカのことを忘れられた訳ではない。でも彼女への気持ちが本当に恋だったのかと問われるとなんとも言えない。しきたりや王族としてのルールにがんじがらめにされて生きていた自分には、田舎から出てきた天真爛漫な少女にある種の憧れを抱いていただけなのではないかと思っている。


 その証拠に、自分はミシュレオンのいじらしい涙を見て心をときめかせているのだから。


「ミシュレオン。君は植物研究所で働きたいのだろう?婚約者を続ければその夢は叶わないかもしれない。」


「わ、私はアグノス家の娘。婚約者も植物の研究も完璧にこなしてみせますわ!」


 泣きながらも胸を張るミシュレオンを見るとクスクスと笑いが込み上げてくる。


「そうか、なら君に頼もう。いや、こんな言い方は良くないな。…どうか私の婚約者になってほしい、ミシュレオン。」


「はひっ!」


 跪いてミシュレオンの手を取り口付ける。今度は目を見開いてブンブンと勢いよく首を縦に振る彼女の姿に、大きな声で笑ってしまった。

 

 

 愛するものとの幸せな結婚など王族には存在しない。しかし、小さな頃から諦めていたものがもしかしたら手に入るかもしれない。そんな予感を感じながら、ロベルトはミシュレオンを強く抱き締めたのだった。

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