第17話 それぞれの未来へ①
レニアーリスside
「離せ離せ離せ!わらわを誰だと思っている!その下賎な手で触れるでない!」
「…おーい、もうこいつ捨てていこうぜ、うるせーよ。」
「駄目だよ、兄さん。ちゃんと送り届けるように古龍国と約束してるんだからー。約束破ったら殺されちゃうよー。」
「かー!めんどくせぇ!何でこんなめんどくせぇことを!誰だよ、こんな仕事請け負ったの!」
「兄さんでしょ?」
「俺かー!」
「わらわをここから出せ!今なら殺さずに済ませてやる!おい、聞いておるのか!」
「おい、うるせえって頭領が言ってんだよ!さっきからピーピーピーピー喚きやがって!その口縫い付けてやってもいいだぞ!」
「ひっ!」
錆びついた汚い檻の中で目を覚ました時には、もう王都リングインから遠く離れた後だった。自分は妖精国の姫であり、こんなことは何かの間違いだと何度も伝えたが、自分を運んでいる男たちはヘラヘラと笑うだけで全く相手にしてくれない。挙句の果てには、喋り続ける自分を黙らせるために、檻を刀で強く叩いてくる。
「こらこら、そんなに虐めないの。うるさくても商品なんだから。買主まで無事に送り届けるのが僕らの役目でしょ?」
「すいません、副頭領!ちっ、命拾いしたな女!」
「ごめんねー、うちの奴らが。血の気が多くてね。だからあんまり刺激しないでね!」
「っ!」
乱暴な男たちを束ねているのが、この兄弟だった。兄は黄色の髪を短く刈り込み、耳の横だけを長くして三つ編みにしている。一方弟は髪全体が長く、兄と同じく三つ編みにしている。粗野な言動が目立つ兄と違って、弟は人当たりが良さそうにも見えるが、弟の方が残虐であることは道中のやり取りで知っている。
数日前。男たちの仲間の1人が奴隷を逃してしまった。酒を飲んで酔い潰れているうちに、手錠の鍵を盗まれてしまったらしい。
「すいません、副頭領!必ず見つけてきますから、許してください!!!」
震えて土下座する男の前に座り込み、三つ編みの男はにっこりと笑う。
「そんなに気にしないで。謝ることはないよ。」
「副頭領…、っうがぁ!!!」
「阿呆みたいな間違いを犯す奴はうちにはいらないからねー。」
刀で一閃、土下座していた男の首が飛んだ。片付けといてと軽く言うと、三つ編みの男はカタカタと震えていてるレニアーリスの方へやってきた。
「震えてるのー?かわいいねー、流石純粋培養のお姫様。その絶望した顔たまんない!」
「わ、わらわに触れるなぁ!」
顔に血飛沫が飛んだまま、男がこちらに手を伸ばしてくる。あまりのおぞましさに、レニアーリスはその手を叩き落とした。
そんなレニアーリスをキョトンと見た後、男はケラケラと笑い出した。
「あっはは!よっわいねぇ!弱すぎてくびり殺したくなっちゃう!…でも商品だから手は出せないし。うーん、残念残念。」
またねと笑って男は去って行った。
それ以降、あの男が恐ろしくて堪らない。人を見下したようなあの瞳も見たくないのだ。
自分の今後の運命についてはなんとなくわかる。最後に漆黒の男が言っていた言葉。妖精好きの変態に可愛がられる。
女神のことを忘れ、驕っていた自分への罰なのだ。自分は美しいということは間違いない。しかし、だからといって美しくないものを馬鹿にすることは許されることではない。そんな当たり前のことに、取り返しのつかない状況になってから気付くとは。
「…本当に妖精族とは愚かで醜い生き物かもしれんな。」
ボソリと呟きながら、夜空を見上げる。どこに連れていかれるかはわからないが、木々しか見えなかった景色の中に、ポツポツと屋敷の明かりが見えるようになってきている。もうすぐ、自分は引き渡されるのだろう。もう遅いかもしれないけれど、女神に感謝してみよう。自分たち一族を助けてくれたことを。
「女神よ、あなたの慈悲に感謝いたします。」
「ふーん?」
「ほぉほぉ!これはこれは美しいではないか!なんと素晴らしい買い物をした!ほれ、羽を見せよ!」
「っ誰が!」
「いいから見せろって言ってんだろ!」
「いゃあ!!!」
到着したの一際大きな屋敷。その地下に檻ごと運び込まれた。自分を下卑た目で見ているのはでっぷりと太った男。舌なめずりをしてこちらを眺めている。
そんな男から命令され、無理やり羽を出された。妖精族にとって、羽は伴侶にしか見せない非常に大切なもの。変な薬を嗅がされ、己の羽が出てしまったことに、とんでもない羞恥心を感じ、思わず涙がこぼれ落ちた。
「見るな!見るなぁ!!!!」
「ほぉ!!!白銀の羽とは!これは美しい…!いいぞぉ、存分に可愛がってやるから覚悟しておけ!ほら、お前ら約束の金だ。」
レニアーリスを見てニヤリと笑った男が頭領と呼ばれた男に向かって布袋を放り投げる。重い音がしたところを見ると、自分はかなりの高値で買われたのだろう。
こうなった以上、きっと誰も助けに来てはくれない。古龍を怒らせたのだ。きっと父でさえも自分を見捨て、国を守る選択肢を取ったのだ。
胸に広がるのは絶望。でもこいつらにそれを悟られたくない。最後まで高潔で美しい妖精族の姫であり続けるのだ。
「たとえどんなことをされようとわらわの美しさが損なわれることはない!愚かな人間どもめ!地獄に落ちるがいい!!!」
座り込んでいたレニアーリスは立ち上がり、胸を張って高々と宣言する。負け惜しみだと思われてもいい。絶対に弱みなど見せたくない。
「あはー、やっぱりいいなぁ!この子、欲しいなぁ!」
「だよなー、やっぱりなー!お前のタイプだと思ったんだよなー!」
そんなレニアーリスの前に頭領と副頭領の兄弟が進み出てきた。副頭領は頬を赤くして自分を見つめている。頭領はため息をつきながら、頭をかいていた。
「なぁ、おっさん。俺の大事な弟がこいつ欲しいって言うからさ。もらうわー。」
「何を言っている!これほ私がっぐうっ!」
「勘違いするな、おっさん。俺たちはお願いしてるんじゃない。これは決定事項なんだよ。…殺されたくなけりゃあここで引け。」
「貴様ら!こんなことをしてただで済むと思っているのか!!!」
「許されんだよなぁ。なんたってこの屋敷は今日をもって消えるんだからなぁ!」
「っひ!や、やめろ!いったい何を!」
「さっさと引き渡せばいいものを。…やれ!」
頭領の一言と同時に、後ろに控えていた男たちが動き出す。そして屋敷のあちらこちらから悲鳴が上がり始めた。
「妖精のお姫様。あのデブに渡すの惜しくなっちゃったから僕がもらうね!」
「おう、ちゃんと世話しろよー。」
血を被って真っ赤に染まった兄弟がニヤリと笑う。
「い、嫌だ!お前らよりあの男の方がマシだ!!!」
「お、意外に人を見る目があるね!でももう遅いよ。その高慢な態度、僕がへし折ってあげるからね!」
「触るなぁ!嫌だぁぁー!!」
檻の鍵を外して中に入ってきた副頭領がレニアーリスの身体を持ち上げる。1番気に入られたくない男に気に入られたことを理解し、レニアーリスは絶叫したのだった。
レニアーリスside end
ウラノスside
「ウラノス、魔法の練習に付き合ってくれ!」
「ウラノス、この理論について質問したいが、今時間はある?」
「ウラノス、論文を書くのを手伝ってくれぇー!締め切りが近いんだ!」
「あー、うるさい!一気に話すな馬鹿!1人ずつにしろ!」
自分の研究室で黙々と魔法理論についての本を読んでいると、勢いよく部屋の扉が開き、3人の男たちが雪崩れ込んできた。しかも3人一斉に話し出すので、ほぼほぼ何を言っているのか分からない。それぞれの頭を書きかけの魔法理論の論文で叩いた。
アセラとこの国に渡ってきてから約1年。魔法の実力がものを言うこの世界で、アセラはメキメキと実力を上げていき、あっという間に魔法防衛省へと入り、出世街道を突っ走っている。
一方自分は、もうアセラに対抗意識を燃やすことは止めた。あまり得意でない魔法よりも、座学である魔法理論の方に注力することにしたのだ。それが自分には大変合っていた。
我が国よりもはるかに蔵書数の多い図書館に通い詰め、寝食を忘れて魔法理論の書籍を読み漁った。それが楽しくて堪らなかった。以前のように、魔法を使わないことを馬鹿にするものなどこの国にはいない。それぞれの得意分野で魔法防衛に貢献することが最も重要だと考えられているからだ。
そして自分は今、国の魔術師養成学校の教師として働きながら、新しい魔法理論をいくつも発表し、アセラとは違う分野での有名人となってしまった。
「ウラノス〜、お前の理論を使ってみたら風魔法が前よりも簡単に出せるようになったんだよー!早く見てくれよー!」
「先日発表されたお前の理論だが、古代魔法の転移術について記載があった。かなり詳しく書いてあったが、お前は見たことがあるのか!?」
「助けてくれよ、ウラノス!この論文提出できないと、俺この学校クビになっちまうんだよー!」
「だからうるさいと言ってるだろう!1人ずつ話を聞いてやるからとりあえずそこに座っておけ!」
頻繁にやってくる3人のために購入したテーブルと椅子に座らせて、黙らせるために目の前に焼き菓子を置いてやる。魔術師は頭を使うためか、甘いものを好きな奴が多いのだ。案の定3人とも黙ってお菓子を食べ始める。その間に湯を沸かし、お茶を入れてまた3人の前に置いてやった。まるで生き物に餌付けでもしている気分だ。
話を聞いてやると言われて安心したのか、3人はお茶を飲みながら雑談を始めた。
「そういえば知ってるか?どっかの国の魔術で有名な貴族が捕まったらしいぞ?」
「何でも魔法研究のために奴隷を殺してたらしいな。その家の当主は責任を取って処刑されてらしいな。まぁ、当たり前か。」
「魔術研究のために人を殺すなど愚の骨頂。自分の頭で組み立て、証明できてこそ本物の魔法理論というものだ。」
その話題にピクリと身体が震えてしまった。間違いない、モリア家のことだ。そうか、父は死んだのか。大きくなってからのことは別として、本当に小さい頃。まだ魔法など使っていなかった時、少しだけ優しくされた覚えがある。両親の絵を描いてプレゼントした時。不器用に笑って頭を撫でてくれた。
「もう遠い夢になってしまったな…。」
小さく呟いたつもりだったが、3人に聞こえてしまったらしい。くるりとこちらを振り返り、心配そうに伺ってくる。実はこの3人、かなりの魔法の使い手で、この国でも上位の地位を占める。聡い3人のことだ、きっと自分が話題の家の出身であることは気付いている。故郷を思い、ため息をついていた自分のために調べてくれたのだろう。
(他国で人に恵まれるとはな…。)
クスッと笑って立ち上がると、また3人の頭を連続で叩いてやった。
「おい、俺はこの後久しぶりにアセラと食事に行くんだ。遅れるわけにはいかない。ということでお前らの用事は可及的速やかに終わらせるぞ。まずは風魔法を見るんだったな、ほら中庭に行くぞ!とっととついて来い!」
「あ、待てよ!俺が先に行って準備しとく!」
1人が駆け足で中庭へと向かっていった。ウラノスはゆっくりとそれを追いかける。ほかの2人がその隣に並んだ。
「お前らは聞かないのか?俺が何者なのか?」
1年前、突然国に現れた兄弟。その正体は未だ伏せられているはずだ。
「そんな情報を頭に入れるくらいなら新しい魔法理論に容量を使うさ。」
「出自は魔法には関係ない。大切なのは学ぶことと努力することさ。」
なんでもないことのように言う2人の気遣いがくすぐったくてなんだか嬉しい。
「馬鹿だな、お前たちは!ほらさっさと行くぞ!」
2人の背中を思いっきり強く叩いてから駆け出す。後ろから「いってぇ!」という声が聞こえてきて、思わず笑みがこぼれた。
自分の笑い声が高い空に伸び伸びと響いていく。ウラノスは姉とともに掴み取った幸せを心から噛み締めていた。
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