第16話 解決編⑦
「行っちゃった…。」
ほんの短い付き合いだったけれど、何だか心に小さな穴が空いてしまったような喪失感がある。きっと、エルカミニオンが言っていた、ずっと側にいてくれたという話と関係するのだろう。ちょっぴり寂しいけれど、帰ってきてくれると約束してくれた。神様は永遠を生きると聞く。人間である自分は待っていられないかもしれないが、スイやカイがきっと彼女を出迎えるだろう。
「早く帰ってきてくれるといいね。」
2人に向かってにっこりと笑うと、何だか複雑そうな顔をしながらも頷いた。
「あのね、エールカ。私たちはね…。」
気まずそうな顔でチラチラとこちらを見ている2人。いつも自信満々の彼らがそんな顔をすることが面白くて、そしてそんな顔をさせられるのがきっと世界で自分だけであることが嬉しくて、エールカは腹を抱えて笑った。
「なーに、その顔!あははは!」
「エールカ、俺はお前が!」
「分かってる、分かってるよ。始まりは違ったかもしれないけど、2人が私のことを大事に思ってくれてたってこと。2人の涙で分かったよ。」
駆け寄って2人まとめて、ギュゥっと抱きしめてやる。するとそれぞれ強く抱きしめ返してくれた。
良かった。2人がエルカミニオンについて行かなくて本当によかった。エルカミニオンには連れて行ってくれと言ったけれど、本当は行って欲しくなかった。自分を選んで欲しかったのだ。
「2人が側にいてくれて嬉しい。これからも、よろしくね。」
そう告げると、2人は突然真顔になって地面に片膝をついた。スイは一瞬で男性体に変わる。
「エールカ。私の大事な大事なエールカ。貴方を騙すようなことをしてごめんなさい。すぐに許してくれとは言わないわ。一生をかけて償わせてほしいの。私の伴侶になってちょうだい。」
「好きだ、エールカ。お前だけが欲しい。お前が側にいないと俺は息も出来なくなる。俺と永遠の時を生きて欲しい。」
スイはエールカの右の掌に口づけし、カイは左手に自分の頬を擦り寄せた。
「な!突然どうしたの!?」
慌てて2人を立ち上がらせようとするが、2人は緩く首を横に振りそのままの姿勢を維持する。
「エールカ。確かに最初はお姉様のために貴方に近付いたわ。でもね、いつからか貴方自身に惹かれてしまったの。貴方が私を頑張り屋さんって言ってくれた時から、もう貴方に夢中なのよ。…久しぶりにお姉様に会えたから嬉しくなかったとは言わないわ。私が世界の果てに代わりに行くと言ったのは、長い旅になるし、帰って来られるか分からなかったから。決して貴方を蔑ろにした訳ではないの。」
「ひえっ、あの…。」
絶世の美貌が目に涙を溜めてこちらを上目遣いで窺ってくる。
「俺も一緒だ、エールカ。側にいてくれると君が笑ってくれた時から、もうエルカミニオンよりエールカを好きになったんだ。これからの長い時間はエールカのために使う。エールカの願いならなんだって叶えてやる。だから俺を選んでくれ。」
「カイ…、それ、やめて…!」
小動物のようにエールカの手に頬を擦り寄せて甘えてくるカイを見て身体が震えてくる。
前から好きだ好きだと言われていたが、幼馴染として何だろうと思い、話を流してきた。でもここまでされたら流石にわかる。
「ほんとに…私のこと好きなの…?」
「好きだ。」
「好きよ。」
2人の真剣な目が真っ直ぐにエールカを射抜く。真っ直ぐな気持ちには真っ直ぐに向き合わないといけない。
「ごめんなさい…。」
エールカは頭を深く下げて謝った。2人は無言でエールカの次の言葉を待っている。
「私、まだ恋したことがないの。誰もそういう意味で好きになったことがない。スイもカイも大好きだけど、2人が向けてくれる気持ちとは違う気がするの。だからここで適当に返事しちゃったら駄目だと思う。…これから考えるよ。2人のこと。2人とどうなりたいのか。その答えが出るまで待っててくれる?」
エールカは2人の手をぎゅっと握った。
「もちろんよ。そんな簡単に貴方が手に入れられるとは思ってないわ。なんたって邪神と古龍も狙ってるんだもの。これから時間はたっぷりあるわ。私の魅力に骨抜きにしちゃうから覚悟しといてね。」
「俺は待つのは得意だ。エールカの満足いく答えが出るまで何百年、何千年だって待ってやる。」
「流石にそんなには生きられないよ!」
あははーと笑うと「そんなことはない」とカイが真顔で言ってくる。
「俺たちがエールカのいない人生に耐えられると思うか?エールカを不老不死にする準備は着々と進んでる。」
「…え?」
不穏な言葉に思わず声が漏れた。
「女神と邪神と古龍がいるのよ?力を合わせればそれくらい簡単なの。それにお姉様がエールカの中に女神の力を少し残してくれているから、それだけでもかなり寿命が伸びてるわ!」
だから好きなだけ悩んで決めてねとスイがウインクする。
「そ、そんな、勝手な…。」
どこか遠くからエルカミニオンの「勝手なのが神ってものよー!ごめんねー!」という声が聞こえたようなか気がする。
「おうおう、随分と好き勝手やってくれてるじゃねーか。俺の番いによぉ。」
「きゃあ!」
後ろから抱き上げられたかと思うと、アウラがエールカの身体を横抱きにした。至近距離で見るアウラの顔に思わず顔が赤くなる。
「エールカを下ろせ、馬鹿龍。」
「あー?さっきまでぴえぴえ泣いてた奴らがデカい口叩くじゃねーか。もう一回泣かしてやってもいいんだぞ?」
「「殺す!」」
カイとスイの目が据わっている。今にも戦いが始まりそうなので、エールカはため息をついてアウラの頬を強めに引っ張った。
「意地悪なこと言わないの!アウラだっていつか泣くことがあるかもしれないんだから!」
「俺が泣くのはエールカが俺の番いになってくれた時と、俺の子供を産んでくれた時だけって決めてる。」
「っ!!!」
とんでもないセリフに、エールカはさらに顔が赤くなったのを感じる。息遣いさえ感じる距離で囁かれ、ゾクゾクと背中に甘い刺激が走った。
「エールカ、俺はどうなんだ?俺の番いになるって話は考えてくれてるのか?俺は金もあるし、権力もある。なんたって王様だからな。」
「…え?王様なの。」
「王様なんだ、俺は。」
「聞いてないんだけど?」
「聞かれてないからな。」
相変らずの態度に、エールカはまたアウラの頬を引っ張る。
「だから!何でそういう大事なことを教えてくれないのよ、アウラは!」
「王様だって知ったら俺のこと好きになってくれたのか?」
「それはまぁあんまり関係ないけど。」
別にアウラが王様だろうと何だろうと関係ない。アウラはアウラだ。自分の大事な幼馴染であって、その肩書きはただのおまけに過ぎない。
「そうだよなぁ、エールカはそうだよなぁ。流石俺の番いだなぁ。」
「ひゃ、ちょっとやめて!」
アウラがスリスリと頬擦りしてきたかと思うと、頬にキスをしてきた。それを見たスイとカイが烈火の如く怒り始めた。
「何勝手なことしてる!エールカに触るな!下ろせ!消えろ!国に帰れ!」
「エールカ、早くその変態男から離れなさい。勝手に女性に口付けるなんて本当に躾がなってないわ。これだから野蛮な龍は困るのよ!」
「あー、うるせえうるせえ。俺はエールカに聞いてるんだ。外野は黙ってろ!」
アウラがグルルッと喉を鳴らして2人を威嚇する。本当にこの3人は一時も仲良く出来ないんだろうかとエールカはため息をつく。
「カイもスイも大丈夫。後でちゃんとアウラにはお仕置きしとくから。…アウラ、スイとカイにも言ったけど、まだ好きって気持ちが私には分からないの。だからアウラにも待ってて欲しい。」
「俺のこと、好きになりかけてるのにそんなこと言うのか?エールカは本当に罪な女だなぁ!」
「っな!!!!」
アウラが自信満々に笑って発した言葉にエールカは目を見開く。
「何年お前と一緒にいると思うんだ?お前の気持ちの変化ぐらい分かるさ。お前は俺を意識し始めてる。後は少しだけ足を踏み出すだけだ。…まぁ、でもまだ16歳なんて子供だからな。龍の寿命で考えたらまだ生まれてないぐらいだ!待ってやるさ、俺を心から選んでくれるまではな!」
「この阿呆龍がぁ!」
「調子に乗るなよ!!!!」
「おーっと、あぶねー!」
とうとうカイとスイが本格的にアウラに攻撃してきた。アウラはエールカを地面に下ろして全速力で逃げ出す。その後をものすごいスピードでカイとスイが追って行った。
「ん…、あれ、ここ?」
終わるのに時間がかかりそうだなと思いながら追いかけっこを眺めていると、小さなうめき声が聞こえた。そちらに目を向けると、ミシュレオンがゆっくりと身体を起こした。すっかり彼女の存在を忘れてしまっていた。パッと見たところ怪我は無さそうだった。エルカミニオンにボコボコにされていたはずだったが、おそらく治してくれたのだろう。
「あ、大丈夫!?」
エールカは慌てて駆け寄り、身体を起こす手伝いをした。最初、ぼんやりとして、エールカの顔を眺めていただけのミシュレオンだったが、ハッと何かを思い出したかのように突然身を固くし、ボロボロと涙をこぼし始めた。
「ご、ごめんなさい!私、私、ずっと意識はあったの!でも身体を動かさなくて!貴方に本当に酷いことを!!!ごめんなさい!!!」
大号泣と言っても間違いない。貴族がそんな顔をしてもいいんだろうかと心配になるくらい泣いている。鼻からも水が出ている。確かにミシュレオンに虐められているが、本来の彼女ではなかった。それに意識はあるのに自分で身体を動かせず、好き勝手なことをされるというのはどれだけの恐怖だっただろう。エールカにミシュレオンを恨む気持ちはこれっぽっちもなかった。
「あ、あの、大丈夫だから!貴方がやった事じゃないって分かってるから!」
「ごめんなさいーーー!」
子供のようにギャンギャンと泣き喚くミシュレオンの姿が新鮮だった。いつも高慢ちきにこちらを見下していた彼女は、こんなにも親しみやすい女性に変わっている。そに美貌は以前と変わらないので、美女が大号泣している姿というのは何だか倒錯的だ。
「貴方の大事な鞄も壊してしまってごめんなさい。どうか修理させて!学校にも戻れるように私が掛け合うわ!いえ、絶対に戻れるようにするから!」
「…ありがとう。」
きっとミシュレオンは本当はとても優しい性格だったのだろう。その優しさに邪神が漬け込んだのかもしれない。
「貴方が戻れるんだったら、私が退学になっても構わないわ!貴方も私のことなんか見たくもないだろうし!お父様に話を通してから、それから!」
「ストップ!」
「ぶっ!」
エールカはミシュレオンの口に自分の指を当てて強制的に黙らせた。ミシュレオンは目を白黒させている。
「エールカ•モキュル。」
「え?」
「私の名前。エールカ•モキュルって言うの。初めましてだね。」
にっこりと笑ってエールカはミシュレオンに淑女の挨拶をする。
「私、すっごく田舎から出てきたの。だからマナーとか色々知らないことが多くて。友達も全然いないの。だからこっちで気が合う親友ができればなってずっと思ってた。私に色々教えてね。一緒に勉強しようね。お出かけもしよう。買い物とかすっごく楽しみ。ねぇ、貴方の名前も教えて?」
そう尋ねると、ミシュレオンは一瞬呆けた後、顔をクシャクシャにして笑った。
「私はミシュレオン•アグノス!アグノス公爵の娘なの。マナーやしきたりについては任せてちょうだい!小さな頃から叩き込まれてるの。勉強も買い物も楽しみ!王都には詳しいからいっぱいお出かけしましょうね!あとね、私、植物が好きなの。家でいっぱい育ててるのよ。いつか家に招待させて!」
一気に言い切った後、2人は顔を見合わせて笑い合う。
きっと仲良しになれる。
2人は強く抱きしめ合ったのだった。
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