第13話 解決編④


「だ、大丈夫なんですか、ミシュレオン。それ、死んでません?」


「大丈夫よぉ、ちゃんと死なない程度に手加減してるんだから!」


 エルカミニオンがにっこりと笑った後、腰を落として、ミシュレオンの頭をボカっと殴った。


「いつまで寝てるの?ほら起きなさーい?」


「うぐぅ!き、貴様はぁ、うぐぁ!!」


「貴様?今私のことを貴様って言ったのかしら?ん?」


「っ!!!」


 エルカミニオンがミシュレオンの頬を片手で持って顔を無理やり上げさせている。ミシュレオンは苦しそうな表情でバタバタしている。側から見れば、エルカミニオンが一方的に暴力を振るっているように見えるが、これまでのことがあるのでエールカは黙ってやり取りを見守ることにした。


「随分と好き勝手にやってくれたわね?」


「ど、とうして貴方が!こ、殺してはず!魂はエールカに受け継がれてるはずなのに!」


「えぇ、そうよ。私は死んだの。あなたに殺されてね?」


 エルカミニオンがクスクスと笑う。





「エルカミニオン…なの…か?」


「お姉様…?」


 呆然とした声が聞こえる。そちらを見ると、カイとスイが目尻に涙を浮かべながら、エルカミニオンを見つめていた。


「えぇ、そうよ。貴方たちのエルカミニオンよ。」



「っ!」


「お姉様ぁ!!!」


 2人が勢いよく駆け出して、エルカミニオンに抱きついた。カイはエルカミニオンの頭に顔を埋め強く抱きしめている。スイはその胸に顔を寄せてボロボロと泣いていた。


「エルカミニオン!エルカミニオン!会えた!やっと会えた!」


「お姉様!私、ずっとお姉様に会いたくて!一緒に死にたかったけど、でもお姉様が世界を頼むって言うから!だから!」


「えぇ、分かってるわ。2人とも本当に頑張ったわね。ありがとう。」


 エルカミニオンがそれぞれの頭を優しく撫でると、嗚咽の声がさらに大きくなった。


(よかった。)


 エルカミニオンが無事だった。そして何より、カイとスイがとても嬉しそうで良かった。いつも自分は2人に喜ばせてもらってばっかりで、喜ばせることは出来なかった。そんな2人が涙を流しながら喜んでいる。


(たとえ、私のことを大事に思ってたわけじゃなくても、それでも優しくしてくれたのは本当だから。)


 あの喜びようをみると、先ほどのミシュレオンの話は本当なのだろう。自分を使ってエルカミニオンを呼び戻す。そのために2人は自分に近付いたのだ。



(じゃあアウラは?)




「エールカ。俺のエールカ。良かった、無事だったんだな。良かった、本当に良かった。」


「あっ…。」


 後ろから強く強く抱きしめられる。ふわりと香る慣れ親しんだ匂い。さらりと流れてくる真紅の髪。


「アウラ…?」


「すまん、油断した。俺がお前の気配を見失うなんてもう二度としない。さっき見えたお腹の穴は幻だったんだな?良かった。」


「いや、それは。」


「あぁ?」


 余計なことを言ってしまったと気付いた時には、アウラが正面に回ってきてエールカの腹の辺りの匂いをスンスンと嗅いだ。


「血の匂いがする…。っ!!!!」


「アウラ!」


 アウラの表情が一瞬で怒りに染まり、とんでもない速さで未だエルカミニオンの下敷きになっているミシュレオンの元へ向かおうとする。



「待って古龍。手を出すことは許しません。」


「殺されたいか、創世の女神?」


 アウラの重い重い拳を受け止めたのはエルカミニオンだった。興奮のあまり喉を鳴らし、瞳孔が開ききっているアウラとは対照的に、エルカミニオンはうっすら笑みを浮かべていた。



「あなたでは私に敵いませんよ。カイが持っていたのは私の欠片。女神として力を持っていた当時の私の欠片。私が死ぬ時にカイが掬い取った神の一部です。エールカが受け継いだエルカミニオンの魂である私と神の力が一つになった今、エルカミニオンは神として復活したと言っていいでしょう。創世の女神に勝てるものなどこの世界にはいません。」


「黙れ、どけ。そいつをよこせ。八つ裂きにして殺してやる!」


「駄目だと言ってるのです。しつこい子ね!」


「そいつの味方をするのか、創世の女神。ならたとえ敵わないとしても俺はお前と戦うさ。俺の大切な番いを傷付けたことは絶対に許さない。」


 アウラの言葉に胸が高鳴る。前から番いだ番いだとは言っていたが、本気だったのか。本当に大切に思ってくれていたのか。1番にエルカミニオンに駆け寄ったカイとスイとは違い、アウラだけはエールカの所に来てくれた。


「駄目、アウラ!やめて!」


 そんなアウラが傷ついて欲しくない。エールカはエルカミニオンとアウラの前に立ち塞がった。


「駄目よ、エルカミニオン!たとえ貴方が創世の女神でも、私の前世でも、私を助けてくれたとしても!アウラを傷付けることだけは絶対に許さない!」


 自分の身体の中から熱い何かが込み上げてくるのが分かる。それは身体全体を巡ってエールカに力をくれた。


「アウラを傷付けるっていうなら、まずは私を殺してからにして!!!」



「いい覚悟ねぇ。分かったわ。」


 エルカミニオンが自分に向かって腕を上げる。





「何をしているの2人とも?」


「だ、駄目だ。やめてくれエルカミニオン。」


「お姉様、お願いです。お姉様!」


 衝撃に備えてぎゅっと目を閉じていたが、一向に痛みはやってこない。不思議なやり取りが聞こえてきたので、ゆっくり目を開けるとカイとスイがエルカミニオンの身体にしがみついて動きを止めていた。



「貴方たちは、私に会いたかったのでしょう?私を愛しているのでしょう?ならこの娘はどうなってもいいはず。離しなさい。今ならお仕置きだけで許してあげるわ。」


「い、嫌だ!エルカミニオン、嫌だ!」


「お姉様!どうかやめてください!あの子は!あの子は!!」


 涙で顔をぐじゃぐじゃにした2人がぶんぶんと顔を横に振って抵抗している。


「あの子がなんなのです?私の魂を受け継いだだけの人間です。私が復活した以上、もう必要のないものです。処理します、離しなさい。」


 あんなにもにこやかに話してくれたエルカミニオンはいなかった。冷たい瞳でこちらを見て、腕を上げて力を放とうとする。


「私と貴方はまったく別の人間よ!貴方が復活したからなんだって言うの!自惚れないでこの寝坊助!!!」


「「エールカ!!」」


 カイとスイが悲鳴のような声を上げる。エルカミニオンを怒らせたっていい。こっちも何だかむかついているのだ。たとえ2人がそう思っていなくても、自分の大切な幼馴染をこれ以上泣かせないで欲しい。


「前世とかなんとか言ってるけど、今は私の幼馴染なの!そっちは何千年のブランクがあるだろうけど、私は生まれた時からずっと一緒なのよ!馬鹿にしないで!」


「エールカ、ちょっと落ち着け。」


 アウラがエールカの肩を触ろうとするが、素早く叩き落とした。邪魔をしないで欲しい。


「スイはね!誰よりも頑張り屋さんなの!自分が大変な時も相手のために尽くせる人なのよ!それにお酒が好き!美味しいお酒を飲むと嬉しそうに笑うの!そして寝てる私のところまで来て『エールカ大好き』って言ってくれるのよ!カイはいつだって私の側にいてくれる!私が辛い時や悲しい時はいつもよりそってくれるの!それにすごくたくさん食べる!好き嫌いもなくなんだって食べるのよ!みんな無表情って言うけど、美味しいものを食べてる時は幸せそうに目を細めるの!それで本当は甘えん坊で、疲れた時には頭を撫でてほしいって擦り寄ってくるのよ!貴方、それ知ってるの??」


 一歩一歩、ゆっくり前に出た。エルカミニオンは無表情のままエールカを眺め続けている。



「貴方なんかに2人は渡さないの!返してもらうわ!」


「「エールカ…。」」


 エルカミニオンにしがみ付いている2人の腕を無理やり引っ張ってこちらに引き戻す。2人意外にあっけなくこちらに戻ってきた。


「どうしても貴方が2人を連れていくっていうなら戦うわ!何度だって!私、努力し続けることだけが取り柄なの!何回だって何十回だって、何百回だって戦うわ!貴方に勝つまで!」


 2人を自分の後ろに隠して、エールカはエルカミニオンを強く睨みつけた。




カイside


 自分がなんなのかなんて分からなかった。ただ、色んな神、人、動物、自然から生まれたドロドロとした汚い感情が集まって生まれたのはわかった。


 黒い靄のような自分はどの世界からも嫌われた。出て行け汚い邪神と罵られた。何もしてない。ただ生きていただけなのに。そんなことを何回も繰り返すと、とにかく腹立たしくなった。憎くなった。殺してやりたくなった。


 そんな気持ちが最も高まった時に出会ったのがエルカミニオンだった。邪神としてはまだ幼体だった自分は、創世の女神として成熟してたエルカミニオンには全く敵わなかった。何度攻撃しても簡単にあしらわれる始末。


 たくさんの女神や人、動物に囲まれるエルカミニオンを見るとドス黒い感情が込み上げでくる。いつもひとりぼっちの自分とは違う、美しく愛される存在。


(俺とあいつの何が違うんだ!!!)



 今日も今日とて攻撃を幼子のようにいなされて遠くまで吹き飛ばされてしまった。気絶していたのか、ぱちりと目を覚ます。


「やっと起きたの?寝坊助さんね!」


「うわっ!」


 自分を美しい紫色の瞳が覗き込んでいた。その美しさに一瞬見惚れてしまった自分に腹が立ち、急いで距離を取る。


「ここ、夜になると花が光って綺麗なのよねー。お菓子持ってきたから一緒に食べましょう?」



「っ!同情のつもりか!!」



 差し出してきたお菓子を苛立ち紛れに叩き落とす。


「馬鹿な女神め!一人でのこのことやってくるとは!その命ここで、ぐぅあ!」


「食べ物を粗末にしない!」


 女神の拳が靄に打ち下ろされる。あまりの痛みに黒い靄はあっちにふらふらこっちにふらふらと漂った。それを見て、エルカミニオンはケラケラと笑う。


「もうやめなさい。貴方に破壊は似合わない。慈しむことの方がお似合いよ。」


 モグモグとお菓子を食べるエルカミニオンの言葉。愛されたことしかないものの生ぬるい言葉。


「黙れ!お前に何が分かる!ただ生きるだけで嫌われる俺と生きるだけで愛されるお前!何が違う!何が違ったんだ!俺だって憎みたくない!でももう無理なんだ!あと少しだ!あと少しで俺は完全な邪神になる!お前の命を取り込めば!」


「なりたいの?邪神に?」


 エルカミニオンが凪いだ表情でこちらに歩み寄ってくる。


「なりたいさ!邪神になって全て壊し尽くす!憎み尽くす!そうすれば!」


「そうすればあなたの気が晴れる?違うわ、また孤独になるだけ。また一人になるの。教えて、あなたは本当はどうしたいの?」


靄である自分の身体をエルカミニオンが優しく抱きしめる。初めて感じる温もりに、あるはずのない目から涙が出てこぼれ落ちた。



「もう嫌だ。憎みたくない。でももう自分を止められないんだ。壊すのを、憎むのを止められない。一人は嫌だ。邪神になんてなりたくない…。」


 ないはずの腕でエルカミニオンに抱きつく。すると彼女はにっこりと笑った。


「いいわ。一緒にいてあげる。貴方の心が落ち着くまで一緒に眠りましょう。だからその力は捨ててしまいなさい。」


 エルカミニオンが靄に優しく口付ける。そうか、一緒にいてくれるのか。ならいいか。こんな力はいらない。


 全身の靄を脱ぎ捨てるように力を抜く。すると靄は真っ黒な結晶となって、地面にカランと転がった。残されたのは生まれたての漆黒の少年。しかし、その身体の周りにはまだ黒い靄が漂っている。


「まだ邪神の力が抜け切ってないわね。心が荒れてるからよ。妹たちに説明したらきっと分かってくれるわ。長い眠りになるから寝具にもこだわらないとね。」


「ははっ。」


 邪神をやめ、生まれ変わった男、カイは初めてほんの少しだけ微笑んだ。




 なのに。なのに!あいつにエルカミニオンが殺された。捨てたはずの自分の力を使ったあいつのけいでエルカミニオンの腹に穴が空いた。


「エルカミニオン!!!!!!」


 慌てて駆け寄るが、もう命の灯火は尽きようとしている。嘘だ。嘘だ。


「駄目だ!俺と一緒にいてくれるって言っただろう!一緒に眠ってくれるって!死ぬな!死ぬな!!!!」


 エルカミニオンはただ笑った。


「いつか必ず会いに行くから。それまで待ってなさい。」



 そう言ってスッと目を閉じる。


 嫌だ、一人は嫌だ!そばに居て!


 その思いから、エルカミニオンの力の一部を抉り取って自分に取り込んだ。たとえ声は聞けなくても、笑いかけてくれなくても、その存在をずっと感じていたかった。


(これさえあれば待ち続けられるから。)



 本当はエルカミニオンとともに消えたかった。でも会いにくると言ったから。約束したから。せめてもう一目会いたかった。


 ずっと待ち続けてやっと感じたエルカミニオンの気配。


 しかし、生まれたのはエルカミニオンではなく、魂を受け継いだだけの存在。記憶も力も何ももっていないかった。


(こんなのエルカミニオンじゃない!)


 魂を受け継いで生まれてきたエールカの元に行くと、そこにスイがいた。何千年も顔を合わせなかった。お前の力のせいで姉が死んだと何度も罵られ殴られたから。


 でもこの女と協力すればエルカミニオンを取り戻せるかもしれない。かすかに女神の力が残るスイと自分が持つエルカミニオンの欠片を使えば、エールカの中にあるエルカミニオンの意識を覚醒させられる。彼女は戻ってくる。その代わり、エールカの意識は消えてしまうがそんなのどうでも良かった。エルカミニオンだけが大切だから。


 その提案にスイも乗ってきた。身体が幼いままでは、覚醒の衝撃に耐えられない。せめて18歳の身体が必要だった。


(それまでは慈しんでやろう。大切にしてやろう。)


 期限が決まった幼馴染のはずだった。エルカミニオンを取り戻すための道具なだけだったはずなのに。



 いつだって後ろからチョコチョコとついてくる。ひだまりのような優しい笑顔。どんなに失敗しても何度だって立ち上がる強さ。そして。


「ありがとう、カイ。カイがいてくれるから私頑張れるんだ。いつまでも一緒だよ!」


 欲しかった言葉を、欲しかった笑顔をくれた。




「俺の、大事な幼馴染を殺さないでくれ!」


 いつのまにこんな大事になってしまったんだろう。

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