第12話 解決編③


起きてと遠くで声が聞こえる。起きたくない。ずっと微睡んでいたい。声は無視しよう。そしてもう一眠りしよう。


「起きないとチューするわよ?」


「きゃあ!」


 耳元で聞こえたドスの効いた声に慌てて飛び起きる。


「あれ…ここ、どこ?」


 エールカは冷たい地面の上に転がされていた。ほのかに明るいが、ジメジメと湿っている。暗さに目が慣れてきて、周りを見てみると、どうやら洞窟のなかのようだ。


「一体なんで…っひぎゃああ!血が出てるー!」


 視線を下に向けると、自分の腹に穴があき、そこからダラダラと血が流れてきている。見たこともない夥しい量の血液に頭がクラクラする。


「大丈夫よー、血が流れてるようにみえる幻影をかけてるだけだから。穴はすぐに塞いだわ。その証拠に痛くないでしょ?」


「え?あ、ホントだ痛くない。ってぎゃああ!」


 エールカはまた悲鳴を上げる。


「元気そうで良かったわ、エールカ。」


 目の前でふわふわと浮きながらにっこりと笑う女性。ふわふわのウェーブがかかった足元まである金糸の髪に、ミシュレオンの濁ったそれとは違う透き通った紫色の瞳。スイと同じ白く透き通った肌に、自分と同じように張り出した胸。美しい。とても美しくはあるのだが。


「透けてるーーーーーーー!」


目の前の女性はあらあらとでも言うように、頬に手を当てながら微笑んだ。





「大きい声を出すとあの子が見にきちゃうわよ。落ち着いて落ち着いて。」


「むぐぅ!」


 女性の手が自分の口を塞ぐ。透けているはずなのに何故か自分の口を塞ぐ事ができるようで、エールカはもう声は出さないという意味も込めてブンブンと何度も頷いた。


「いい子ね。じゃあ自己紹介させてもらうわね。私の名前はエルカミニオン。簡単に言うとあなたの前世の姿なの。」


「前世?」


「えぇそうよ。初めましてがこんな形になるなんて。もっと劇的にハッピーな感じでやりたかったのに、あの子が変なことするから!」


 自分の前世とやらの女性は腰に手を当ててプンプンと怒っている。見た目はとんでもない美女という感じだが、中身は意外に幼いのかもしれない。


「あの、前世ってそんなことがあるんですか?」


 普通なら馬鹿らしいと信じない話だが、いかんせん目の前に透明な美女がいると嘘だと断じ難い。おそるおそるたずねてみると、美女は自信満々に頷いた。


「普通の人間や生き物ならないけど、私たちは別なの。なんたって創世の女神なんだから。」


「創世の女神…?」


 子供の頃に読んでもらったおとぎ話だ。美しい2人の姉妹神が世界を憎む邪神と戦い、それに打ち勝つ。女神たちは、力を合わせてこの世界を造り、天から我々を見守っている。有名な話だ。


「そうなの。おとぎ話にもなってるから有名よね!その力を使ってエールカのお腹を治したのよ。普通の治癒魔法じゃあんな傷治せないでしょう?」


確かに、自分が受けた傷を見て正直致命傷だと思っていた。もう助からないと。だから目が覚めた時はかなり驚いたのだ。


「透けちゃっててもそのぐらいはできるのよ、私。なんたって創世の女神なんだから!!」


 えっへんと胸を張るエルカミニオンを見て、エールカは苦笑する。


「えっと…とにかく助けてくれてありがとうございます。私に何か用が?」


「うん。本当は関わるつもりはなかったんだけど、あの子が暴走しちゃったからしょうがなく始末をつけに来たの。」

「目が覚めたか?覚めたとしてもすぐに死ぬことになるがな!」


 洞窟内に汚い声が響き渡る。入口と思われる方から歩いてくるのはミシュレオンだった。しかし、その姿は様変わりしてしまっている。


 綺麗な金髪はヘドロを被ったかのようにと所々が汚い茶色に染まっている。肌も浅黒く変色し、瞳は濁った紫色で、爛々と輝いていた。


「あぁ、エールカ!エルカミニオンの成れの果て!男に堕ちた汚らしい創世の女神よ!」


「ホント失礼ね、コイツ!」


 自分の腹に穴を開けた人物だ。恐怖で涙が出てきてもおかしくないのに、ミシュレオンの周りをエルカミニオンがふわふわと動き回るものだから、恐怖が削がれてしまう。


「痛いだろう?あぁ、可哀想に。血がそんなに流れ出ては死んでしまうなぁ。でもそんな傷は誰も治せない。苦しみながら死ぬしかないんだ。あぁ、可哀想に可哀想に。エルカミニオンの魂を受け継いだばっかりに!」


 実は全く痛くないですとは言えない。エルカミニオンは「この子にバレないなんて私の魔法も捨てたもんじゃないわね!」と胸を張っている。どうやら、エルカミニオンの姿は自分にしか見えないらしい。前世の縁があるからだろうか。


「あぁ、早く死ね。苦しんで死ね。我らを、我を裏切った愚かな女神よ。もう一度生まれたならまた殺してやる。何度でも何度でも殺してやる!」


 ミシュレオンが狂ったようにケラケラと笑い始める。のけぞって天を仰ぐその姿は異様で、エールカは顔が引き攣ってしまった。


「あ、あの。どうしてそんなにエルカミニオンを嫌ってるんですか?この世界を造ってくれたんでしょ?」


 あまりの言い草に、エールカは口を挟んでしまった。すると、グインと首だけ動かしてミシュレオンがこちらを見やる。動きが大変気持ち悪かった。


「どうして?どうしてだと!!!!あの女は我らを裏切ったのだ!我々を救うためだと言って、邪神と眠りにつくと言っていたが、本当は邪神と恋に落ちていたのだ!」


「…はぁ。えと、邪神はそんなに悪い人だったんですか?」


「何も知らぬ愚か者め!邪神はエルカミニオンたちが造っていた世界を壊そうとしていてのだ!」


「壊したんですか?」


「壊せるわけがないだろう!エルカミニオンが守っていたのだから!」


「…誰か殺してんですか?」


「エルカミニオンが守っていたから誰も死ぬ訳なかろう!」


「…ならいいじゃないですか。」


「邪神と愛を交わしたのだ!許されるべきことではない!」





「だから殺したのか?」


「きゃあ!!!」


 突然目の前に漆黒が躍り出てミシュレオンに強烈な蹴りを放つ。しかし、目に見えない障壁に阻まれてその攻撃が届くことはなかった。その衝撃にエールカは悲鳴を上げて後ろにのけぞる。


「おい、貴様。エールカに何しやがった…、エールカ??」


「エールカぁ!」


 アウラとスイが自分を見て目を見開く。何故かわからず首を傾げかけたが、エルカミニオンの魔法で自分の腹に穴が空いたように見えていることを思い出した。慌てて大丈夫だと言おうとしたが、ふわりと降りてきたエルカミニオンに口を塞がれてしまった。


「ごめんなさいね、今はまだバラしては駄目。」


 訳がわからずエルカミニオンを見ると、口に手を当ててしっーと黙るように促される。助けてもらった恩もあるし、仕方ないので黙っておくことにした。


「エールカ!エールカあぁ!」


「殺してやる!!!」


 アウラとスイが半狂乱になってこちらに駆け寄ってこようとするが、またも見えない障壁のせいでできなかった。


「あは!あはははは!創世の女神の妹神ともあろうお方が情けない。何千年も世界の調整を続けて力がほとんどなくなっておられますな?」


「貴様ぁ!ぐぅ!」


 スイが目を吊り上げてミシュレオンに向かっていこうとするが、その場に縫い止められたように動かなくなった。アウラがそれを助けようとするようにミシュレオンの方へ駆け出すも、やはり身体が動きを止める。


「あは!古龍ごときが我に敵うとでも??あとはお前だけだ邪神のなり損ない。」


 ミシュレオンが膝をついて息を荒くするカイに視線を向ける。


「え?女神?邪神?」


「おやー?知らなかったのかぁ?スイラーンは創世の女神の妹神。死にかけの姉神に頼まれて何千年もこの世界を守ってきたのだ。そしてカイ、カイネ•ルフォンは創世期に女神たちと争っていた邪神だよ。…結局姉女神との取引で邪神としての力を全て捨てたがな!」


「それをお前が拾ったんだろう!」


「そうだ!その通りだよ!お前が捨てた邪神の力は我が!俺がもらった!捨てたんだからいいだろう!勿体ないことをしたな!この力さえあれば世界など容易に壊せる!お前の代わりに俺が邪神になってやろうと思ったんだ!死ぬ間際にお前の捨てた力を見つけて良かったよ!世界を裏切った女神に代わって、俺がこの世界を慈しんで、愛して、苦しめてやろうってな!」


 そう言って、ミシュレオンはカイの顎を蹴り上げた。鈍い音がして、カイが地面に倒れ込む。


「カイ!!!」


 そばに駆け寄ろうとするが、やはりエルカミニオンに止められる。後ろから強く抱きしめられて身動きがとれなくなってしまった。


(離して!)


 エルカミニオンが何かしたのか、とうとう声を出すことも出来なくなってしまった。心の中でエルカミニオンに訴えるもの、彼女は全く反応せず、無表情でミシュレオンとカイのやりとりを見守っている。


「エールカぁ、お前の幼馴染はなぁ。お前が好きなんじゃないんだよ。お前の前世であるエルカミニオンが欲しかっただけなんだ。」


「えっ?」


「っ!やめろ、聞くなエールカ!」


 カイが言うも、ミシュレオンに腹を蹴られて大きく咳き込む。


「カイネとスイラーンはお前の魂を取り出して、死んだ姉女神を復活させたいのさ。小さい身体では負荷に耐えられないから、大きくなるのを待っている。お前が死んでしまわないように、小さい頃から見張ってただけなんだよ!」


「違う!違うのよ、エールカ!」


 スイが悲鳴のような声を上げるが、頭に入ってこない。


 カイ、スイが大事な幼馴染になったのは、彼らが自分を大事にしてくれたから。いつだってそばにいて、自分を守ってくれた2人。でも2人は自分を通して違う誰かを見ていた。


(それがエルカミニオン…。)


 自分を抱きしめ続けるエルカミニオンはやはり何も言ってくれなかった。



「はは!可哀想なエールカ。カイ!お前が持つ姉女神の力の欠片を取り込んで、俺は完全な邪神となる!その力でお前を殺してやろう、エールカ!さぁ、寄越せ!!!!」


「ぐぅああ!!!」


 ミシュレオンの手が、カイの胸の中に埋まる。苦悶の表情を浮かべたカイが暴れるも、ミシュレオンは意に解さず、さらに深く腕を沈めていく。


「どこだー?どこにある?どこにいる、エルカミニオン?おぉ、あったあったぞぉ?」


 ニヤリと笑ったミシュレオンがゆっくりと腕を引き抜く。すると、その手の中に金色に輝く結晶体が握られていた。






「でたーーーーーーーーー!」


 緊迫した雰囲気をぶち壊すような元気な声が響き渡る。しかし、やはりその声が聞こえるのは自分だけのようで、他のみんなは全く気付いていない。


「あ、ちょっと!エルカミニオン!」


 自分を抱きしめていたエルカミニオンがものすごい速さで結晶体に突進していく。エルカミニオンまでがミシュレオンにやられてしまうと、エールカも急いで駆け出した。


「ほぉ、これが何だか分かるのか。でももう遅い!お前が1番に死ね、エールカぁ!」


 自分に向かって禍々しい紫の光が放たれる。先程受けた攻撃だ。あの時の激痛を思い出すと足がすくみそうになるが、自分の前にエルカミニオンがいる。彼女だけでも助けないと。だって、彼女は幼馴染2人の大切な人だから。


「エルカミニオン!伏せてぇ!!」


 彼女の身体を抱きしめようとした時。



「きゃあああ!」



 凄まじい光が結晶体から放たれた。誰も目を開けていられない。それどころか目を閉じてもその光が直接頭に入ってくる感覚。



「やーっと身体が戻ったわ。ごめんなさいね、エールカ。あの結晶体って神の力を持つものじゃないと触れないの。だからこの子に取り出してもらう必要があったのよぉ、悲しい思いさせてごめんね?」



「えっ?あ、ひぃ!」


 光が落ち着いてくると、エルカミニオンの声が聞こえてきた。クラクラする頭をふってなんとか目を開けると、そこには透けていないエルカミニオンが笑顔で立っていた。


「ほーんと、この子って失礼なのよね。勝手に暴走して私のこと殺しちゃうなんて。」


「きゃあーー!」


 とうとうエールカは大きな悲鳴を上げる。エルカミニオンが立っているのは地面ではなく、ボコボコにされて身体のあちこちから血を流しているミシュレオンだったからだ。

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